第111話 リアムの事情

 可憐な花々が咲き誇る中に一本の木が立っている。探し人はその根元に座り空を見上げていた。


「こんにちは。今日は昼寝をしていたのではないのですね」

「余は昼寝が好きだが、空を流れゆく雲を眺めるのも好きだ」

『暇人だな』

「ブラン、喧嘩はやめてよ」

『むぅ……』

「ふっ、余とそなたはそもそも反する存在。感づいたそなたが受け流すことはできまい。それが本能であり、衝動というものだ」


 毛を逆立てるブランを抱きしめて宥めていると、リアムが空から視線を下ろしブランを見つめていた。顔に表情はなく、人間離れした容姿が際立っていた。


『ふんっ、涼しい顔をしているが、お前だって我のことが気に入らないのだろう。自分ばかり達観しているように見せるのが上手だな』

「そなたより長く生きているが故、受け流すのは得意だが、確かにそなたのことは心底気に入らんな」


 嫌味な言い方をするブランに語気を強めたリアムを見ていると、その言葉が心からのものだと分かる。アルは仲裁を諦めてため息をついた。彼ら曰く、これが本能であるなら、アルの言葉如きで変わるものではないのだろう。

 一呼吸ついてさっさと本題に入ることにする。


「……以前、僕はここで、貴方に人間かと問いました。その時、貴方はまだ答えられないと言いました」

「そうだな」

「僕はもう一度問うてもいいですか? 貴方が何者なのか、と」


 アルが言った途端、リアムの目がキラリと光ったように見えた。ジッと見据えてくる視線を受け止め、アルは意識して微笑む。ここでたじろいでは答えをくれないだろうという気がした。

 ブランはため息をついて、ヒョイとアルの腕から跳び下りる。居心地悪そうに毛繕いを始めていた。ここまで問うてしまったら止めようがないと諦めたようだ。


「アルよ、余を何者だと思う? そなたのことだ。何かしらの予想は立てていよう」


 張り詰めた空気を破るように、リアムが愉快げに呟いた。悪戯に摘み取った花を弄び、緩やかに振っている。どうやらアルが自分の考えを述べないと答えをくれないようだ。

 アルは頭の中の考えを整理して口を開いた。


「……まず、僕はリアム様に初めて会った時から、人とは違う気配を感じていました」

「うむ、そう言っていたな。人にしては随分と鋭い感知能力だ」

「貴方は人間ではないことを否定しなかった」

「余は嘘を好まぬ故」


 アルが一言告げる度に、リアムが鷹揚に頷く。ブランがじれったそうに地面をガリガリと引っ掻いていたが、アルもリアムもそれを気にしない。


「……話は飛びます。この国の名前はドラグーン。これはこの地域が帝国の支配下に置かれる以前からずっと呼ばれていた名前ですよね」

「余は人の世に詳しくないが、遥か昔からそう呼ばれていたのは確かだ」

「ドラグーンとは昔の言葉です。今の言葉に直せば、……ドラゴン」


 リアムが花びらを千切り手放した。風に攫われた桃色がアルの傍を通り過ぎていく。


「貴方は大公閣下より重視されている存在だ。そして、魔物であるブランより長生きをしていると明言している。これはもう、それが答えなのではないかと、僕は思うんです」

「……そこまで考えておいて、わざわざ答えを求めるのは何故だ?」


 不思議そうに首を傾げるリアムにアルは肩を竦めて見せた。確かにアルの中ではこれが答えだろうと確信している。それでもわざわざ問うたのは知りたいことがあるからだ。


「ドラゴンは神の使徒とも呼ばれ尊ばれています。それ故、大公や貴族たちが貴方を尊ぶのは理解できる。ですが、僕はドラゴンが人の姿を模るとは寡聞にして知りませんでした。何故それを隠しているのでしょう?」

「……ドラゴンといえど、その性格は様々。余は人好きに分類されるのであろうなぁ」


 リアムの視線が遠くに向けられた。ドラグーン大公国首都がある方向だ。


「それ故に余は理を破ってしまった。大公一族が陰でなんと呼ばれているか知っているか?」

「いえ……」

「年取らぬ一族だ」


 その言葉を聞いた瞬間にアルは目を見開いた。


「ドラゴンを食べると永遠を得るという伝承は聞いたことがありますが、まさか……」

「彼らは食うてはおらぬよ。血が交わっただけだ。遥か昔のことで薄まっているだろうがな。今の彼らは人より年を取るのが遅いだけで、永遠なわけでもない」

「交わった?」

「それが、余が犯した禁忌だ。人を好いたが故に形を偽り、血を混ぜてしまった。今思えば可哀想なことをしたものだ。人の心は永遠を生きられるようにはできておらぬというのに。余以外にあってはならないことだから、ドラゴンが形を偽れるという事実は隠されている」


 何かを思い返し深く悔いるように言うリアムの目には、隠しきれない愛情があった。かつて禁忌を犯すほどに愛した人を思い浮かべているのだろうか。遥か昔のことだろうに、その愛情に変化は生じなかったようだ。人として十数年しか生きていないアルには、その思いを想像することしかできない。

 黙り込むアルとは対照的にブランは冷めた様子で尻尾を揺らし、鼻で笑っていた。


『あれらも異質な雰囲気がすると思ったが、血が混ざっているのか。残酷なことをするものだ。払うべき代償も凄いものになりそうだな』

「ふんっ、獣如きには分かるまい。代償を背負うているのは余だけだ。末の者らに背負わせるほど愚かではない」

『どうだかな。神は秩序でありながら理不尽だ。ドラゴンといえど把握できるものではあるまい』

「……」


 ブランに反論したリアムだったが、思わず黙り込んだ。思い当たる節があったようだ。


「リアム様が背負っている代償とは何なのですか?」

「……余はこの地を離れられんのだ。この地の管理者としてあることを求められている。森に巡らせる魔力を提供するのも仕事だ。この森は既に余の手足のごときもの」

「なるほど。だから僕がアカツキさんと作った拠点をすぐに異質な物だと見つけ出し近づいて来られたのですね」

「うむ。身に杭を打たれるような不快感であったな。それでもこの森の範囲は余の管理下。入ることに障害はない」


 それほどの不快感を少し脅すだけで許してしまえるリアムは寛大すぎる気がする。


「……そういえば、魔の森以外の地は金気が多すぎて作物が育ちにくいようですが、それはいつからなのでしょう?」

「……昔は緑豊かな地であった」

『明らかにお前が原因だろう。国民全てで代償を負うているではないか』

「それはリアム様の性質によるものなのかな?」

『神によってこの地に縛られているならば、自らの性質が大地に及ぼす影響を防げまい』

「……余が金気を司るものだということも分かっているのか」


 リアムがため息をついた。

 ドラゴンは様々な事象を司る存在だと言われている。多くの場合、嵐や日照りなど自然現象を性質として持ち、ドラゴンが住む地は人が生きられない環境である。

 リアムは金気という根源要素を司るもののようだ。それ故に魔力と共にその影響は国全体に広がり、植物が育たないという弊害を生んでいる。土地を定期的にでも離れられるならばその影響は最小限に抑えられたのだろうが、この土地に縛られている以上どうしようもないことだ。ブランが言う通り、神が課した代償はリアムだけで負えるものではなかった。


「……分かっておる、代償が国土に影響を及ぼしていることは」

『だから、アルを巻き込んだのか?』

「え?」


 リアムの言葉を遮るように放たれたブランの言葉にアルはきょとんと目を瞬かせた。ブランが呆れた表情で振り仰いでくるので首を傾げて見せると、面倒くさそうにため息をつかれた。


『そもそも始まりがおかしかっただろう。我がすぐにこやつの正体に気づかなかったのは不覚だったが、あまりにも展開が早すぎた。国の主にすぐさま目通りさせるなんて本来ありえないことだ。こやつが何か企んでアルを国の施策に巻き込んだに決まっている』

「えー……、でも、僕を巻き込む理由が分からないよ? リアム様が望むなら、僕がいなくたって魔の森の開墾は進んだだろうし」

『ドラゴンが守るべき理を二度も破るつもりがなかったからだろう』

「理……」


 視線の先のリアムが両手を挙げて肩を竦めた。やれやれと言いたげだ。


「やはりそこを突いてくるか。語らずとも済むと思ったのだがなぁ」

『ふん、いいように利用されたままでいられるか!』


 アルはよく分からなかったが、ブランが代わりに問い詰めてくれるようなので、リアムの言葉の続きを待った。


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