第109話 計画は順調?

「ようやく来てくださいましたわね。一体どちらにいらっしゃっていたのか気になるところですが」

「ソフィア様。あまり冒険者の時間を拘束するような発言は……」

「分かっているわ」


 用意を整えて研究所に向かったアルたちは、ソフィアの不貞腐れた表情に出迎えられた。

 ちなみに、アカツキはダンジョンに戻り、リアムは待ち構えていたオーウェンに連れられて不服そうな表情で城に帰ったのでここにはいない。

 ヒツジにたしなめられて文句を飲み込んだソフィアは、気分を変えるように一度手を合わせ、メイリンにお茶の用意を頼んだ。


「さあ座ってちょうだい。リアム様が説明されたようだけど、国が食糧生産事業を急いでいるものだから、あまり時間がないの。さっさと計画書を提出して、実際に魔の森での栽培を試してみなくちゃいけないわ」


 国って我儘よねぇと呟きつつも、ソフィアは随分と楽しそうだ。研究することや実際に理論を試してみることが楽しくて堪らないのだろう。アルもその気持ちはよく分かる。


「お待たせしてしまったようで申し訳ありません。ですが、僕の方でもご報告できることがありますよ」


 つまらなそうに身を伏せたブランを膝に乗せたまま、アルはアイテムバッグから数枚の紙を取り出した。ここに来るにあたって、急遽まとめた魔の森内でのコメ栽培報告書だ。


「あら……、もう試していたのね! ずるいわ……」


 受け取ったソフィアが歓喜なのか羨望なのかよく分からない表情で報告書を確認していく。

 報告書には、魔の森内で木を伐採・抜根した後の土地の変化、適当に蒔いたコメの種の成長について書いてある。


「書いてある通り、魔の森内での栽培は、コメの場合約一週間で収穫まで行えると思います」

「……そうね、これは水場での栽培と書いてあるけれど、陸地では無理なのかしら」

「それはまだ試していません」


 頷いたソフィアが顔を上げて微笑んだ。


「では、私は魔の森の陸地での栽培法の確立を目指したいと思います。広大な魔の森といえども、水が満ちた場所は多くありません。畑として使うならば、一定以上の広さと町からの近さは絶対的に必要な条件ですもの」

「そうですね」


 ソフィアが言うのはもっともなことだ。国民を賄えるほどの食糧を得ようと思えば、畑の広さは重要である。


「この報告書には足りないものがあるわね?」

「……魔物避け、ですね」


 わくわくとした表情を隠さず問うソフィアに、アルもニヤリと笑んだ。ソフィアとアルは魔道具を愛する者同士。食糧栽培は大切だけれど、やはり一番興味があるのは魔物避けの魔道具についてだった。


「僕は特定の魔力波を放つ魔道具を中心に、魔物感知式結界魔道具や旧来使われている魔物避けの薬などを合わせて使う方法を試してみました」

「あら、私と同じだわ」


 迷いの魔道具についてはまだ世間に公表するつもりがないので説明を省いた。

 アルが示した設計図の横にソフィアの物が並べられる。細かい部分で違いはあるが、使っている理論は同じもので、効果もほぼ同一と思われた。


「あ、ソフィア様の結界の魔道具は魔物の魔力の大きさによって、張られる結界の強度が微調整されるようになっていますね」

「そうなの。でも、魔力感知と出力調整にかかる魔力量とその成果が見合っているかは微妙なところなのよね。町の近くに畑を整備できるなら、日中は魔力波による魔物避けと薬を使って、それを超えてくる魔物に対しては冒険者に対処をお願いする方が経済的かもしれないわ。結界は夜間にだけ使うようにして」

「国の事業として行うならそれで十分でしょうね」


 魔道具の作り甲斐があまりないのは残念だが、事業として継続していくためには削れるところは削らなければならない。魔石代より冒険者を雇う方が安く済む場合が多いのだ。ソフィアのもっともな意見にアルも頷いた。


「私の試作はもうできているの。これから試しに行きましょう。今日中に国に計画書を提出したいわ」

「え、今から?」


 突然のソフィアの提案に、アルは思わずヒツジを見た。ヒツジは疲れで表情を無くし、肩を落としている。


「冒険者の手配は?」

「ここにいるじゃない」


 輝くような笑顔がアルに向けられていた。


「……僕、冒険者としては中位のDランクなんですが」

「護衛はつくから大丈夫よ」


 本当に大丈夫なのか甚だ疑問だったが、公女様の勢いには逆らえない。早速準備を整えてくると駆けて行ったソフィアを見送るしかなかった。




 町の門から出てすぐのところで馬車を下りる。門兵たちの視線がなかなか厳しい。


「……護衛は?」

「ヒツジとメイリンがいるでしょう?」

「それは護衛なんですか? 執事とメイドでしょう」

「実力は保証するわ」


 馬車を下りたのはアルを含めて四人。護衛の騎士はいなかった。思わずヒツジとメイリンを見ると、ヒツジは肩を落としつつ胸に手を当て、メイリンは無表情で腰元に下げた剣を示した。


「ソフィア様は私の命に代えてもお守りします……!」

「お嬢様には指一本、魔物の毛すら近づけさせません」


 ヒツジの決死の表情がとても不安だし、メイリンの驚くほど自信に満ちた態度もとても気になる。


「護衛料はアルさんにもきちんとお支払いしますが、基本的にはこの二人に任せても大丈夫よ」

「そうですか。まあ、僕も魔物討伐は日常的に行っていることですから、頑張りますよ」


 と言ったものの、魔の森に入って少ししたところで魔道具を作動させると暇でしかなかった。ここまでの道中は多少魔物に対峙したが、魔道具の効果で今は魔物の姿が全く見当たらない。

 ぼんやりと周囲を見渡して一応警戒するアルとつまらなそうに欠伸をしているブランの横では、メイリンが忙しそうに動き回っていた。

 ソフィアのために折り畳み式のテーブルを設置し、紅茶やお菓子を用意した後は、時間経過とともに魔物の襲来頻度を記録している。今のところただ『0』が並んでいただけではあるが、一人だけ仕事をしていることには変わりない。適当に地面に埋めたコメの種を何度か確認してもいた。魔の森と雖も、そこまで早く育つとは思えないのだが。

 ヒツジは緊張感に満ちた表情で周囲を見渡しながら、幾度か懐を握りしめていた。そこに護身用の道具が入っているようだ。それが何なのかはアルには分からない。

 ここまで色々思考を巡らせたが、やはり言いたい。


「暇だ……」

『これは何の時間なのだ。我は狩りに行ってきてもいいか?』

「一応護衛の仕事でもあるから、置いていかないで」

『暇の道連れにしたいだけではないか……』


 呆れたようにため息をつくブランの頭を撫でる。


「お暇そうですわね? お茶を飲みます?」

「……いただきます」


 立っているのも馬鹿らしくなって、お茶をご相伴に預かった。ブランがクッキーを口に放り込むのを横目で見つつ、テーブルの上に広げられた紙に視線を落とす。


「計画書はまとまりましたか?」

「そうね。ここまでの道中での魔物との遭遇頻度を魔道具設置後と比較する資料が出来上がれば、十分国に提出できるものになるわ。後は陸地での生育速度を水場でのものと比較できるとより良いのだけれど、さすがに数時間では芽が出ないかしら」

「……どれだけここにいるつもりですか」

「そうねぇ、暫くは冒険者ギルドに頼んで、定期的にここを確認しに来てもらいましょう。芽が出ないようなら、水場での栽培を考えるしかないわね」


 ソフィアがそう言うと、メイリンが無言で周りの木々に目印の赤いリボンを結び始め、コメの種を埋めた周囲に木の杭を打ち、簡易の柵を作り上げた。仕事がとても速いし、メイドとはとても思えない手際の良さだ。『大公家所有物。許可なく侵入不可』と書かれた札を至る所に貼り付け、満足そうに頷いている。


「もうちょっと魔物避けの効果を確認出来たら、魔道具を設置したまま帰りましょう。この狭い範囲なら一週間くらいは魔力がもつ計算なの。それも確認しなくちゃね」

「……ソフィア様自身がここに来る必要ってありました?」

「私は、自分が作った魔道具の効果は、自分の目で確かめないと気が済まない性質なの!」


 魔道具を作る者としては心から理解できるので、それ以上問うことはできなかった。時間が経つごとに疲労感を増していくヒツジの姿はもう見なかったことにする。ソフィアに振り回されるのはきっと慣れているだろうから大丈夫だ。そう思うしかなかった。



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週一更新達成!

でも話があまり進んでいない……?

この章は後数話で締めて、次の展開に進む予定です。

次の章は前話で少しだけ触れた帝国本土の内情が絡んでくると思います。


指冷え解消法を教えてくださった方、ありがとうございます!

手袋でタイピングできるのか試してみます。

運動も……頑張ります。血流が良くなって健康にいいですしねぇ。

皆様もしっかり寒さ対策・感染症対策をして、風邪など引かないようお気を付けくださいませ。

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