第108話 お得情報に注意
「ほう……、これは美味だな」
「お口に合ったようで何よりです」
「そーれーはー、おーれーのー……」
リアムにおかずを横取りされたアカツキが、小声で訴えつつ肩を落としている。アルは苦笑して自分の分をアカツキの皿に分けてやった。途端にアカツキの目がキラリと輝き、リアムに取られる前にと急いで口に放り込む。
「食後のお茶を飲むと、落ち着く心地がするな。質はあまり良くないが、こういう紅茶が庶民の味というものか」
「普通の庶民は紅茶を飲む機会なんてほとんどありませんけど……」
慌てて口いっぱいにおかずを詰め込んでいるアカツキの様子は一切視界に入っていないようで、食事に満足したリアムはアルが用意した紅茶を優雅に味わっていた。騒々しいアカツキとは対照的だ。
『急に他所の家に上がり込んでおいて、優雅なもんだな』
「狐の傲慢さには敵うまい。飯を食っては寝て、大して働いておらんのだろう? 狐が豚になる日も近いな。いや、それは豚に失礼か」
『誰が豚だ⁉ お前こそ、タダ飯食っているだけじゃないか!』
以前にも増して刺々しいやり取りをする一人と一匹を、アルはきょとんとして見つめてしまった。何故彼らはこれほどまでに気が合わないのだろう。
「ふむ、国に繋がりを作ってやったのは対価にならんのか」
『こちらが望んだわけでもなし、対価になるわけあるまい。そういうのを有難迷惑というんだぞ』
ブランが偉そうに胸を張って言うと、リアムが腕を組んで首を傾げた。何やら思案しているようだ。
食事を終えたアカツキがススッと気配を殺して近づいてきて、ヒョイとアルの膝に乗って来る。ちょいちょいと胸元をつつかれたので見下ろすと、半眼になった黒目がリアムとブランを見つめていた。
「なんでリアム様、狐君と険悪な雰囲気なんです?」
「なんででしょうねぇ」
アルにもその理由は分かっていないのだから答えようがない。受け流したようなアルの態度に、アカツキのジト目が注がれた。
「……アルさんたちって、仲良いのに、お互いに放任主義なところありますよね」
「そうですか? ベタベタしすぎているのも居心地が悪くなりますからね」
「……距離感って、難しい」
顔を顰めて黙り込んだアカツキから視線を逸らすと、真っ直ぐな眼差しとぶつかった。リアムだ。どうやら考え事は終わったらしい。
「どうしました?」
「余は狐と違って礼儀正しいのだ。飯の礼を考えていたのだが、一つ良案がある」
「良案?」
『……誰の礼儀がなっていないと言うのだ。我はアルの護衛役もできるし、食料だって狩ってこられるんだぞ。何より、我と一緒にいるだけで癒し効果があるのだ。こんなに可愛く美しい我といられること自体がご褒美だろう』
不満げにぼやくブランの頭を撫でて宥めながらリアムを見つめると、ニヤリと笑い返された。リアムの指が机をトントンと叩く。
「ここだ」
「どういう意味ですか?」
「魔の森は近隣の国が権利を有する土地だ。ここで何かを得て、売る場合は国に税を納めねばならない」
「ああ、確かに、ギルドで税が自動徴収されているんでしたね」
魔物などの素材をギルドで売ると、自動的に納めるべき税を引かれてお金が渡される。これは町中の商店に売る場合も同様で、ギルドや商店が冒険者から税を集め、まとめて国に納めるのが一般的だ。ほとんどの冒険者が魔物素材を得ると近くの町で売るので、その前提で成り立っている仕組みである。
「土地は全てが国の物だ。住居や耕作のために土地を貸し、貸し賃は税として納めてもらう」
リアムが言いたいことが分かってきた。つまり、アルの今の住居は、土地の不法占拠状態ということだろう。野営程度ならともかく、しっかり家を建てているならば国に申告して税を納めなければならない。
「……この地は、いかほどの税になります?」
「前例がないから、それが決まるまで時間がかかるだろう。……だが、余の口添えがあればどうなるか、分かるだろう?」
『詐欺みたいな話し方だな』
ケッと吐き捨てるように言うブランを抱きかかえて宥める。
「ご飯のお礼がそれじゃあ、僕の貰いすぎのように感じますけど」
「うむ。もちろんアルにはやってもらいたいことがある」
「……何ですか?」
ブランが言ったように、詐欺みたいな展開になってきた気がする。表情には出さずに警戒するアルをリアムが不思議そうに見つめた。
「そなたに悪い話ではないんだが。余の望みはいち早いコメの栽培だ」
「え?」
「どうやら帝国本土がきな臭くなってきた。本土からの食糧供給の予定が滞っている。ドラグーン大公国としては、主食の生産を急ぎたいのだ。民を飢えさせるわけにはいかない」
「帝国本土が……」
元々マギ国と争っていたが、帝国の兵力は大きく、戦況は悪くなかったはずだ。それなのに一体何が起こったのだろうか。
「ソフィアと魔の森での食糧生産を考えているのだろう? 国の上層部もその仕組みに注目している。一刻も早く食糧の自給が必要になった今、魔の森内での栽培は重大な課題だ。必要ならば今以上の予算も計上できる」
そこまで真剣な表情で滔々と語っていたリアムが、一転して悪戯坊主のような笑みを浮かべた。
「国は主に麦の生産を考えているようだが、余はコメが好きだ。そなたは、コメを栽培して魔の森内での作物栽培の方法を確立してくれ。麦栽培にも転用できるだろう。それは十分な功績だ。魔の森の一部、ちっぽけな土地の権利くらい、国は喜んで進呈する」
何だか面倒くさい話になってきた。帝国本土の話くらいから身構えていたのだが、魔の森に住処を作っただけで、こんなことになるとは思わなかった。いや、リアムと知り合ってしまった時点で、面倒事は決まっていたのか。
「……ソフィア様と僕が協力して魔の森内での作物栽培方法を確立することで、この地の権利が得られる。当然税金は納めなくていい」
「ああ。だが、一般に知られる名誉はソフィア個人の物になる。冒険者という身分に難色を示す者もいるのでな。その分、褒賞は上乗せされるはずだ」
「名誉は欲していないので、それはいいんですが……。リアム様の礼って、別名面倒事っていう名前だったりしませんか?」
「うぅむ。元々ソフィアとコメを栽培することは決まっていたのだから、今なら褒美が上乗せされるというお得情報を提供したつもりだったのだが……」
難しそうな顔をするリアムの言葉を聞いて、アルはなるほどと頷いた。朝ご飯の礼とお得情報は確かに釣り合っているのかもしれない。
『話が回りくどい。つまり、アルが今していることが完了し次第、褒美を増やし、この土地の権利を貰えるようお前が口添えするということだな。最初からそう言え』
「確かにまとめて言えばそれだけのことだが、狐に指摘されるのは些か腹立たしい」
再びいがみ合いを始めるのを横目に、アルは朝食の片づけに取り掛かった。今日は魔の森を探索する予定だったが、ソフィアとの面会を優先すべきだろう。
国と国との取り決めである食糧供給を滞らせてまで、帝国が何をしようとしているのか疑問が残っているが、冒険者でしかないアルにリアムがこれ以上の情報を与えるとは思えない。頭の隅に懸念事項として留めて、思考を打ち切った。
「……何か俺のせいでややこしいことになってしまったみたいで、すみません」
「気にしないでください。コメ栽培については元々僕がやり始めたことですから。魔の森で住むことも、僕が決めていたことですし」
リアムとの話の間、じっと黙り込んでいたアカツキが、落ち込んだ声で頭を下げる。アルは苦笑しつつポンポンと頭を撫でた。
そもそもリアムにこの家のことがバレなければ、税がどうのと問われることもなかったはずなのだ。国に所在を明確にしたくないアルは、家を建てたことを誰かに言うつもりはなかったし、バレないように結界や人除けをしていたつもりだった。
「……そういえば、リアム様は何でこの場所に辿り着けたんだろう?」
受け流されてしまった疑問が再び頭を過る。リアムの能力には謎が多い。いつかその謎の答えを知るときがくるのだろうか。
皿を運びつつ振り返ると、リアムとブランが相変わらず喧々諤々と言い合っている。ブランのリアムに対しての態度は珍しいものだ。これほどまでに誰かとぶつかり合う様子は見たことがなかった。
「見た目詐欺爺、か……」
ブランがリアムを評した言葉が脳裏に蘇る。
リアムは二十代から三十代ほどの年齢に見える。それを爺と呼び、詐欺とまで言うということは、リアムを一体いくつだと思っているのか。
「そもそも、ブランの方が長く生きている爺じゃないか。見た目詐欺はブランの方だよね」
そう呟いてから、ふとある考えが浮かんだ。
「……まさか、ね」
リアムをまじまじと見つめたが、それで答えが得られるわけではない。アルは思考を打ち切って、さっさと片づけを済ませることにした。
ーーーーーーーー
……年が明けてもう2週間経っただと!?
皆様ご挨拶、更新が大変遅れてしまい申し訳ありません。
本年ものんびりお付き合いいただけましたら幸いです。よろしくお願いいたします。
ここでご報告なのですが、
『森に生きる者2』書籍出版が決定しました~!!
発売は3月を予定しております。
まだ全然イラストなど確認できていないので、とても楽しみです。
アカツキが登場する話ですが、果たして彼の姿は描かれるのか?! (゚∀゚*)(*゚∀゚)
続報がありましたらまた報告させていただきます。
今年の目標:執筆をもっと頑張る!寒さに負けない!
(タイピングする指先の冷えの解消法を知りたい……)
厳しい寒さが続きます。新型コロナも再び流行し始め、落ち込みがちな日々ですが、皆様どうぞご自愛くださいませ。
少しでも明るいお話を提供できるよう頑張ります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます