第104話 自画自賛

 暫し感慨に浸ったところでパチリと手を合わせて気分を一新し、現実的な問題に向き合う。何もないガランとした家は、雨風が防げて安心して眠れるという意味では上等なものだが、あまりにも何もなさすぎる。家具とか寝具とか調理道具とか、生活に必要なものは何もまだ設置していないのだ。


「もうひと頑張りだね……」

『なに⁉ もう飯の時間だろう⁉』

「ふふふ……、この空間で、どうやってご飯を作るというのかな……?」


 既に今日の仕事は終えたという脱力感に満ちていたブランが、ギョッと目を見開いて跳ね起きた。ポカリと口を開いて愕然としている。

 ブランを揶揄う気持ちで怪しく笑って見せると、しょんぼりと耳と尻尾が垂れ下がった。哀れげな様子が可哀想で可愛らしい。アルは一転して吹き出すように笑ってから、項垂れた真白の頭を軽く撫でた。


「冗談だよ。調理道具とかはアカツキさんのおかげで一通り揃っているし、家具類は今まで使っていた物を適当に取り出しておこう」


 アイテムバッグに仕舞っていた物を取り出し、適当な所に設置する。調理場はアカツキがシステムキッチンと呼んでいたものになっており、水の確保も簡単だし調理用の魔道具を設置するだけで十分使いやすい仕様だ。

 ブランは余程お腹が空いていたのか、アルがすぐにご飯を作ることを伝えると安堵した表情になった。調理を手伝うつもりは一切ないようで、アルが取り出しておいた机と椅子のセットのところにいそいそと向かうと、椅子に跳び乗って机に顎を乗せ完全に寛ぐ体勢だ。

 今日はたくさん働いてもらったので、ブランを咎めるつもりは全くない。だが、アルも疲れてはいるので、今日は手抜き料理にすることにした。ブランは肉と甘味があれば満足するだろう。


「とりあえずコメを炊いて、後はミソスープ? 肉は……、白鶏がたくさんあるから、これを揚げてみようかな。卵もたくさんあるし、親子丼みたいにコメに乗せて卵とじにしよう」


 呟きながら調理を開始する。白鶏の肉を大きめに切って塩コショウで下味をつけ、小麦粉や溶き卵、パン粉をまぶして揚げる。

 肉が揚がる良い匂いが漂ってくる間にも、別の小鍋にオイルを垂らしてオニオンを軽く炒め、作り置きのダシとショウユを入れた。軽く味を確かめて、何か足りないなぁと思いながら調味料を探り、結局ミリンを足す。味見してみるとまろやかな甘みがあってなかなか美味しかった。コメが進みそうだ。

 溶き卵は仕上げに入れることにして、次にミソスープを作る。具はイモとオニオンだ。ミソスープは既に作り慣れているのですぐに作り終わった。

 肉も良い具合に揚げ終えたので、網に乗せて軽く油を切っておく。


「甘味は……」

『アル! 久しぶりに糖蜜花を食いたいぞ!』

「ああ、そういえば、まだ残っているね。もう少なくなってきたし、この近くで栽培を試してみようかな」


 背後から聞こえてきた声に振り向くと、期待に満ちた目がアルを見つめていた。ブンブン振られる尻尾を見ても、相当楽しみにしているようだ。

 疲れると甘いものを欲しくなるよねぇと心の内で呟きながら、アルはアイテムバッグから糖蜜花の水飴を取り出した。瓶を軽く傾けると淡い色合いの蜜がとろりと揺らめく。残り少ないが、今日使うだけなら十分だ。この蜜は少し使うだけでも華やかな甘さで美味しいので、他はシンプルでいい。


「ビスケットとクリームチーズ、生クリーム、後は……あ、ベリーもあるな」


 ビスケットの上にクリームチーズと泡立てた甘さ控えめの生クリームを乗せ、ベリーを飾った後に、上から軽く糖蜜花の水飴をかける。ふわりと甘い香りがして、ベリーが艶やかに輝き、見るからに美味しそうだ。


『良い匂いだ! 早く食うぞ!』

「はいはい。ちょうどコメも炊き終えたみたいだし、甘味より先にご飯ね」

『うむ。そちらも旨そうな匂いだ』


 ブランが言い終えた途端に、どこからかグーッと間の抜けた音が聞こえた。音の発生源はモフモフの毛で覆われたお腹。ブランがすりすりとお腹を掻いた。


「……そんなにお腹が空いていたんだね」

『今日は働いたからな!』


 ブランが動いた分だけお腹が空くのが早まるらしい。普段から驚くほどの量を食べているのに、何とも燃費が悪いことだ。本来の姿を考えれば当然のことなのかもしれないけれど。


「よし、揚げた肉をダシに入れて、後は溶き卵」


 卵に程よく火が入ったところで、皿に盛られたコメの上にのせる。こうしたら、コメにも肉や卵、ダシの旨味が染みて、ブランも好んで食べてくれるだろう。

 ミソスープも添えて机に並べ夕飯の支度は終了。


「じゃあ、食べようか」

『おお、汁ごとコメにかけているのか。コメにも味が染みて旨そうだ』


 アルの思惑通りのことを言うブランに秘かに笑った。

 垂れた涎を舌で拭ったブランが、身を乗り出してぱくりと一口。モグモグと動く口はそのままに、目尻が垂れた至福の表情を浮かべた。それだけでブランがこの料理を気に入ったのが分かる。

 アルもスプーンで掬って食べてみると、ダシと卵のまろやかな味わいと揚げた肉のしっかりとした旨味が口いっぱいに広がって、思っていたよりも美味しい。コメにもダシの味が染みていて卵とオニオンと合わせて食べるだけでも十分な美味さだ。


「美味しいねぇ」

『旨いぞ! 肉も食べ応えがあるしな』


 ブランはアルよりも三倍はありそうな量を今にも食べきりそうな勢いで食べている。コメとダシは残っているから、足りないようならダシかけコメで我慢してもらおうと思いつつ、アルも順調に食べ進める。


『これはなんという料理なのだ?』

「え、名前? 揚げ白鶏の卵とじでいいんじゃない?」

『味気ない名前だな。……よし、我が名前を付けてやろう。また作ってもらうからな』

「また作るのは構わないけど、特別な名前が必要かなぁ?」


 よく分からないこだわりを見せ始めたブランに首を傾げつつ、アルはブランのお代わりを作るために席を立った。明日用に多めにコメを炊いたが、使い切ってしまおうと、全部を浅鍋に投入する。残っていたダシと合わさってクツクツと煮立ってきたところで溶き卵を追加。肉はもうないが十分美味しそうだ。


「ブラン、肉はもうないけど、お代わりするでしょ?」

『くれ!』


 予想通りの返答に笑いながら、空になっていた皿に入れる。アルはもう十分なので、鍋を片づけるついでに空いた食器も片づけて、湯を沸かしてお茶を準備した。甘い物にはやっぱりお茶が必要だろう。


『そうだ! この肉は白鶏でこの卵は白鶏が産んだものだ。ならば白鶏と卵は親子同然。一緒に食べるということは親子を食すということ。これは揚げ親子煮込みだ!』


 お代わりを食べつつ何事かを考えていたブランが、きらりと瞳を輝かせて自信満々に宣言した。淹れたての紅茶を手にして椅子に座ったところだったアルは、突然の言葉に首を傾げるしかない。


「揚げ親子煮込み? ああ、今日の料理の名前ね。……いいんじゃない?」


 結構考えて自信満々な割には無難で普通な名前だが、ブランがそうしたいと言うならアルに否やはない。アルはいちいち料理の名前を気にすることはないので。


『反応が薄いな。我のこの天才的なひらめきを褒め称えろ』

「さすがに自画自賛過ぎない?」

『アルでは思いつかん名前だろう⁉』

「そもそも僕は料理の名前にこだわりないからなぁ」

『むぅ……、きっと、アカツキならば、絶賛してくれるはずだ』

「ブランの中のアカツキさんってどういう印象なの?」

『単純でテンションの高いアホ』

「……それは、ちょっと、酷くない?」


 ブランの正直な言葉をたしなめつつも、否定できないなと苦笑した。


「食べ終わったんなら、デザート食べよう」

『……うむ』


 ブランはアルの反応の薄さに納得がいかない様子ながらも、甘味の誘惑には勝てなかったようだ。不機嫌そうに尻尾を振っていたが、甘味を一口食べた途端にふわりと表情がとろけた。ブランの満足のいく出来だったようだ。

 アルもフォークで一口大にして食べる。ビスケットのさっくりとした歯ごたえとクリームのまろやかで溶けるような甘み。鼻に抜ける華やかな香りとベリーの爽やかな酸味。全て合わさって完璧な美味さ。


「……僕って天才かも」

『……認めてやろう。アルが作るものは旨い』


 思わず漏れた自画自賛ともいえる感想は、ブランの重々しい頷きとともに受け入れられた。その素直な言葉を聞いて微笑む。一緒に食べて喜んでくれる相棒がいるから、更に美味しく感じるし嬉しいものだ。


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22/03/22 一部改稿

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