第100話 弱肉強食

 ぴょんぴょんとスライムたちが跳ねている。

 たくさんのスライムたちがカラアゲを狙って押し寄せてきたが、ここにいるのはその内の五体だけだ。というのも、やって来るスライムの群れに顔を引き攣らせたアカツキが、ダンジョンマスター権限で部屋への立ち入りを制限したからだ。

 スライム同士のよく分からない戦いの後に、選ばれた五体が部屋に入ってきて喜び勇んでアルの足元で跳ねている。


『……こ奴ら与えれば与えるだけ食う魔物だぞ? 我の分は決して分け与えてはならんぞ!』


 スライムたちの勢いに負けたブランが、レイの足元から訴えてくる。偉そうに言っている癖に、遠くからしか抗議できないのはちょっと情けないと思う。

 レイはスライムたちを興味深そうに観察しては、アイテムバッグから取り出した魔物図鑑と見比べていた。スライムは絶滅したと言われているし、図鑑や歴史書にはその経緯もしっかり載せられている。人間の所業により種自体が消されたとされていることに随分同情的なようだ。


「なるほど……、スライムはなんでも食うのか。だが、アルの飯を楽しみにしているってことは、しっかり味覚はあるってことだよな。そりゃ、ゲテモノ食わされた過去の個体は可哀想だな」


 少しばかり同情の理由が違ったようだ。アルはこれまでその点について考えたことがなかったが、過去の個体も味覚を持っていたならば可哀想だ。アルならば世を儚んで消えたい。


「いやいや、レイさん。こいつらはしっかり使い分けができるんですよ」

「どういうことだ?」

「こう、アルさんのご飯は全神経を集中させて味わうけど、それ以外の大して美味しくなさそうなものは、ただ栄養分として吸収するだけって感じです」

「ほー、このよく分からん軟体生き物、結構知能があるんだな?」

「そうっすねぇ、たぶん、魔物の中でも知能が高い種類でしょうね」


 アカツキとレイがのんびり論議している。観察されているスライムたちが揚げあがったばかりのカラアゲをつまみ食いしようとしているのをトングで阻止しつつ、アルもその会話に耳を傾けた。


『スライムがどういう生態かなんてどうでもいいが。アル! 絶対にスライムにカラアゲを奪われるんじゃないぞ! 我の食う分が減る!』


 不機嫌そうに尻尾を床に打ち付けているブランをちらりと見てから、一体のスライムをブランの方へと軽く蹴った。スライムにとってこの程度は全くダメージにならないのは知っている。綺麗にとんだスライムがべしゃりとブランに覆いかぶさると、ブランが全身の毛を逆立てた。


『ぎゃあー! 何ということをするのだ! 我が食われてもいいというのか⁉』

『ん……これ、でも、いい、かも?』

『いいわけあるまい! 離れろ!』


 のほほんとしたスライムに対し、ブランは体を振って抗う。魔物としての格が段違いなので、ブランがスライムに食われるなんてことは万が一にも起こりえない。スライムとしてもただ遊んでいるだけだろう。その証明に、カラアゲをつまみ食いできないと学んだ他のスライムたちもブランの元に集いべしゃりとくっついたり離れたりしている。なかなか楽しそうだ。

 最初に覆いかぶさったスライムがぴょんと離れると、体を震わせて形を変えた。みるみるうちにブランのような狐の姿になる。ただし透明に近いので割と不気味である。


「お、スライムが形態変化を覚えた。なんでだ。いつレベルが上がったの? ……ああ、さっきの行動が、遥か上の魔物と戦ったことにカウントされたのか。……って、全然戦ってないし、倒してないよね? どこに経験値の要素が……?」

「レベル? 経験値? なんだそれは」

「あれ、もしかして、現地人にはそういう概念がない感じなの? 何それ辛い。魔物倒すとか、ゲーム要素がないとやってられなくないです? 何を励みに頑張っているんです?」

「ゲーム? 俺たちが魔物を倒すのは生きるためだし、食うために決まっているだろ? 時々見栄のためもあるが」

「知っていました! これは現実! ザ・サバイバルの世界だって!」

「なんでそんな当然のことを嘆くんだ……」


 何かに絶望したように打ちひしがれるアカツキと困惑したように見つめるレイの間に深い認識の溝を感じる。アルもアカツキの言うことはよく分からないが、恐らくそれはアカツキが別の世界の記憶を持っているからなのだろうとは思う。


『アル! なぜ、こ奴らを止めないのだ⁉』


 スライムの群れからなんとか抜け出してきたブランが、アルの足にパンチを繰り返す。全く痛くはないが鬱陶しい。

 ようやく揚げあがったカラアゲを大皿に盛り、スライム用とブラン用にも取り分ける。こうしないと本当にスライムたちに食べ尽くされてしまうだろうと分かっていた。

 準備していたミソスープと白ご飯も皿に盛る。


「そんな暇がないからだよ? 揚げ物から目を離せるわけがないでしょ。……誰も手伝ってくれないし」


 思わず付け足した言葉の裏を敏感に察知したアカツキが、用意した皿の配膳を慌てて請け負った。


「神様、仏様、アル様! 素晴らしいお食事をありがとうございますー!」

「いや、そこまで感謝されるほどのことじゃ……」


 怒っていたわけではないので、皿が並べられた机の横で正座をして深々と頭を下げるアカツキに困ってしまう。いつものブランとの言葉遊びのつもりだったのだが、アカツキにここまで過剰に反応されるとは思っていなかった。


「いやいや、胃袋を掴んでいる人のご機嫌は俺の中で最優先すべきことなので」

「胃袋を掴むって、いきなり血生臭いですね? 僕そんなことをしたつもりはないんですけど。いや、魔物を解体するときは確かに胃袋を掴むことはありますけど、今は持っていないですよ? というか、なぜ胃袋限定。美味しそうな肉を持っている人の機嫌を取る方がいいのでは?」

「言葉のままで受け取らないで! ……考えてみたら、めっちゃグロい。食事前なんでやめてもらっても?」

「言い出したのはアカツキさんでは?」

「……そうでした。いや、なんでこんな普通に会話できるのに、時々物凄い認識の違いが生まれてしまうの? 言語翻訳ちゃんと仕事して……」


 がっくりと肩を落とすアカツキの横に座る。レイも美味しそうな香りに目を輝かせながら席に着いた。ブランは既にカラアゲの山に顔を突っ込んでいる。熱くないのだろうか。スライムたちはすぐさまカラアゲを食べ終えてしまうのではと思っていたが、一つ一つ大事そうに味わっているようだ。表情は分からないが、喜色に満ちた雰囲気が伝わってくる。


「とりあえず、熱いうちに食べましょう?」

「そうでした。ではでは、犠牲になった白鶏たちと美味しく調理してくれたアルさんに感謝して、いただきます!」

「犠牲になったって言われるとちょっと罪悪感生まれちゃうんですけど」

「確かに、犠牲って言葉はなぁ」

「……すみません、言葉を間違えました」


 失言を悔いる様子のアカツキを受け流してカラアゲを食べる。ジュワッと肉の脂が溢れだし、ショウユタレの旨味と合わさって実に美味しい。今回はシュウユタレの他にも塩タレや香辛料など様々に味を変えたカラアゲを作った。食べ比べるのが楽しい。


「うめぇな、これ! 肉の旨味がすげぇ! もっと白鶏狩っておくか?」

「いや、肉の在庫はまだまだ十分ありますから。なんならレシピも添えてお渡ししましょうか? 宿の人に作ってもらってもいいかも」

「お、いいのか? ぜひ頼む」

「後で書いておきます。あ、塩味のカラアゲには、このレモンを絞っても美味しいと思いますよ」

「お、……確かに旨い! ちょっとさっぱりして、いくらでも食えそうだな」

「ですよねぇ。美味しい。たくさん肉はあるんで、夜はまた違う料理にしますね」

「おう! 楽しみだな」

「……ねぇ、実は罪悪感なんて、これっぽっちも感じてないでしょう?」


 レイとカラアゲを楽しんでいたら、何故か恨みがましそうな眼差しでアカツキに咎められた。


「まあ、そうですね。肉を食べるのは人として生きる上で当然のことですし、さして気にしませんね」

「そうだな。魔物は狩って食わねぇとな。いつか俺たちの方が魔物の腹に収まるかもしれねぇし。その時に魔物が罪悪感なんて抱くわけもないし、な」

「……うわぁ、分かっていたけど殺伐としているぅ。俺にはそういう割り切りは無理です。魔物に食われる想像とかしたくない……」


 落ち込むアカツキを見て首を傾げつつ、その前に置かれた取り皿にカラアゲを乗せてやる。アカツキがあれほど食べたがっていたのに、一向に食べようとしないのが不思議だ。


「よく分かりませんけど、そろそろ食べてくださいよ。冷めちゃいますよ?」

「……ありがとうございます。うぅん、美味しい! 流石はアルさん!」

「喜んでもらえて良かったです」


 カラアゲを口に運んだアカツキが一気にテンションを上げる。次から次へと美味しそうに食べてもらえると、作った者としても嬉しい。


「美味しく食べるのが、命を頂く上で大切なことでしょうからね」

「そうだな。無駄なく食べて命は巡らせるものだ」

「……そうですね」


 アルとレイがのほほんと言うと、アカツキが真剣な表情になってカラアゲを嚙み締めた。


『世の中は弱肉強食。弱いものは食われて命を巡らせるものだ。我は強いから、いつだって食う方だがな! アル、おかわりくれ!』

「ないよ」

『なんだとぉ……』


 いつの間にかカラアゲの山を完食していたブランが、アルの返事に耳と尻尾を下げる。スライムの方を見て足に力が入ったのを察知して、アルはその首元を掴んで持ち上げた。


「横取り禁止」

『カラアゲ……、カラアゲ……』


 悲し気に宙を掻く姿がなんだか哀れに見える。しょうがないのでアルの分を口に放り込んでやった。途端にご機嫌に振られる尻尾に苦笑する。この狐の食い意地、いい加減どうにかしてほしいものだと思うが、こういうところを可愛く思うこともあるから諦めるしかない。



――――――――

1日遅れの更新!

楽しみにしてくださっていた方、お待たせしてしまいすみませんm(__)m

ついに話数が大台に。めでたい(*’ω’ノノ゙☆パチパチ

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