第101話 観察と警戒

 食事が終わり、レイが提供してくれた紅茶の葉でのんびりティータイムを始めた。食べたばかりだが一応クッキーを茶請けとして出している。アルの膝の上に座ったブランが、手を伸ばしてクッキーを取りもしゃもしゃ食べていた。あれだけたくさんのご飯を食べたのに、食欲は全く落ちていないようだ。


「そういや、妖精を見たのは初めてだが、あれはなんだかアルに近い雰囲気があるな」


 紅茶を飲みつつ窓から外を見たレイが首を傾げている。アルもつられて外を見るが、そこは相変わらず花畑にちらちらと光るものがあるだけだ。


「近い雰囲気、ですか? 僕はあんなに小さくないですよ?」


 親指と人差し指で妖精のサイズを示してわざとらしく憮然とした表情を作ると、レイが笑って否定した。


「ちげぇって、そういうんじゃなくてな……あれだ、魔力の質、的な?」

「魔力の質……」


 そういえば以前妖精たちからも似ていると言われた気がする。あまり気にしていなかったので記憶があやふやだ。ちらりとブランを見下ろして視線で問いかけると、面倒くさそうにそっぽを向かれた。答えてくれる気はないらしい。


「あー、そういえば、妖精さんたち言っていたかも? 仲間かと思ったって。アルさん、いつから妖精さんの仲間入りをしたんです?」

「してないです」


 不思議そうにアカツキに問われて速攻で否定する。妖精に仲間入りをした記憶なんて全くない。


「へぇ、……まあ、それは置いといて。聞いてください、俺の成果を!」


 何かを持ち上げて横に避ける仕草をしたアカツキが、急に身を乗り出してアルに迫ってきた。思わず背を逸らして避けてしまう。ブランが鬱陶しそうにアカツキを見て、アルの膝から抜け出した。机に乗り、クッキーが積まれた皿を引き寄せて机端に避難している。


「一体どうしたんですか」

「ふふふん、俺は今までの俺じゃないんです! アルさんがいなくなって寂しくて、頑張っていろいろ考えたんですよ。ちょっと待っていてください」


 ニヤリと笑ったアカツキがいそいそと倉庫に向かった。意図の読めない行動をレイとアルはきょとんとして見送るしかない。


「……あいつ、おかしな奴だな」

「否定はできませんけど、いい人であるのは間違いないですよ」

「ふ~ん、……人なのかどうかもあまり分からんが、人らしい思考を持っているのは分かる。だが、いくらなんでもアルの友人だからって、俺に気を許すのが早すぎると思うが」


 アカツキに聞こえないくらい小さな声で呟くレイの顔を窺う。アカツキが消えた倉庫の方を冷静な目がじっと見つめていた。


「俺はアルにこの件について他言しないと誓ったが、それをあいつは知らねぇだろ? なら、警戒を解くべきじゃねぇと思うんだけどな。最初の方こそ警戒して騒いでいたが、そんなのコロッと忘れたみたいにしてやがる。人間が何をしようと自分に害はないと判断しているのか? それくらいダンジョンマスターの力は強い、と?」


 アルが思っていた以上にレイはアカツキを危険視していたらしい。最初の出会いの時以外、一切そういう素振りを見せていなかったが、これまでずっと秘かに観察していたのだろうか。アルはアカツキに慣れてしまって忘れていたが、普通の人にとってダンジョンという存在もそれを管理する存在も等しく警戒すべきものなのだ。これはアルの配慮が足りなかった。


「……アカツキさんはダンジョンマスターですけど、そういう役目とか全部抜きにして、普通の人間として見た方が分かりやすいですよ。まあ、僕たちと違って、日ごろから命のやり取りをする考えはないでしょうけど」

「あいつの警戒心って、森から離れた町中で暮らす子どもくらいだよな。町から一歩も出たことがない子どもは、一歩先に当たり前に死があることが分かってねぇから」

「そうですね」

「見た目は普通の大人の癖に、態度も思考も変だな。こう、なんて言っていいのか分からんが、俺の常識からはみ出た存在だ。お前とはまた違う意味でな」

「僕は常識人ですけど?」

「自覚がないのが一番厄介だよな」


 酷い評価だ。しれっとした顔をしているレイをじろっと睨むが堪えた様子は全くない。むしろ面白そうに笑われてしまった。


「……あまり警戒しないであげてください。凄く人間が好きで寂しがりで、ちょっと特殊な能力と体質を持っているだけです」

「……そうだな。向こうが一切警戒していないのに、俺が警戒し続けるのもおかしな話だ。俺もあいつは害のない存在だとは思う」


 どうしてもダンジョンという存在を考えるとその脅威を頭から追い出すことはできないようだが、人を見る目も柔軟な思考も持っているレイならアカツキを受け入れてくれると思っていた。再び国に対して隠し事を作らせてしまうことは申し訳ないが、レイなら大丈夫だと思ってここまで連れてきたのだ。思ったように進んで一安心する。


「っつうか、遅くねぇ?」

「遅いですね」


 倉庫の方から「あれ~? どこだ~?」という声と共に、ごそごそと荷物を動かす音がし続けている。一体どれだけ物を詰め込んでいるのか、一向に目当ての物が見つからないようだ。


「僕は何を探しているのか知りませんし、待つしかありませんけど」

「……助けなくていいのか」


 ついには物が雪崩を起こして落ちていく大きな音が聞こえたが、アルは何も聞こえなかったように無視をした。大丈夫。アカツキは怪我をしない。物に潰されて呻いている可能性はあるが、まだ様子見でいいだろう。

 レイは立ち上がりかけてはアルの様子を見て落ち着かなそうにしている。あれだけ警戒がどうのと言っていたのに、アカツキに甘いのはレイの方だ。お人よしだなと思いながら、ブランが確保している皿からクッキーを一枚手に取る。


『何をする⁉ 我のクッキーだぞ!』

「ブランだけのじゃないからね? ほら、レイさんにもあげなよ」

『むぅ、一枚だけだぞ……』


 嫌そうなしかめっ面でブランがクッキーをレイに差し出すと、手のひらで受け取ったレイはパチリと瞬きをして戸惑ったように礼を言う。


「……前々から思っていたんだが、狐君、器用すぎるよな」


 掌に置かれたクッキーをまじまじと見つめている。これをどうやって肉球のある手で掴んだのかと不思議そうだ。それに返事を返そうとしたとき、倉庫の方からアカツキが駆けてきた。所々埃で汚くなっている。


「あったー‼ ありましたよ! お待たせしました!」

「ようやくですか」


 とりあえず濡れタオルを手渡すと、嬉しそうに礼を言いながら手や顔を拭っている。その時机に置かれたものが、アカツキが探していた物なのだろう。半透明な真四角の立体は、見ただけでは何なのか全く予想がつかない。


「なんだ、これ?」

「うーん? 魔道具……?」


 魔法陣は見当たらないが、雰囲気は魔道具に近いと思う。不用意に触れるのもどうかと思って観察するだけのアルとレイに対し、アカツキが得意満面な笑みでそれを持ちアルに差し出してくる。


「じゃじゃーん。ダンジョンマスター特製、領域支配装置~!」

「は?」

「なんだ? 侵略でも企んでんのか?」

『お前にそんな度胸があったのか?』


 真顔になるアルとレイが目に入っていない様で、アカツキはにこにことそれを揺らしている。


「侵略じゃないですよ~、ちょっと空間をいじって、僕のものにするだけです」

「それを侵略と言うんだぞ⁉」

「……う~ん、よく分からないですね」


 ついさっき捨てたはずの警戒を蘇らせたレイと装置に興味津々になるアル。そんなアルを呆れたように見るブラン。アカツキはそのどれも視界に入っていないかのようにただ嬉しそうに笑っていた。

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