第99話 迷惑な大繁殖
アルがレイとアカツキについて紹介することでなんとか場の混乱が収まった。深々と挨拶し合う二人を促してアカツキの部屋に向かうと、以前よりも生活感のある空間になっていた。敷物や家具の類も色合いがまとめられて居心地が良い雰囲気だ。
「へぇ、不思議な魔力が満ちているが良いところだな。普通に人間が暮らしている感じだ」
「どもども、俺、人間ですよ?」
「ダンジョンマスターなんだろ?」
「うっ、そうなんですけどぉ、曇りなき眼差しで言われると否定しにくい。……だがしかし、人間という主張は曲げられない! なぜなら俺の心が折れてしまうから!」
「妙なテンションの奴だな」
「俺は人間! 職業はダンジョンマスター! つまりはそういうこと!」
「……全く意味が分からないが、つまりは人間として扱え、つうことだな?」
「その通りです! 流石アルさんのお友達、話が分かりますねぇ」
アカツキのテンションに気圧され笑顔を引き攣らせているレイを見て、アルは静かに苦笑する。レイがアカツキへの対応に困っているのは分かったが、アカツキが人と話すことを心から喜んでいるのも分かっていたので止める気はない。
『カラアゲはまだか?』
「ブラン、ご飯のことばかり考えているのはどうかと思うよ? まずはアカツキさんに再会の挨拶をしたら?」
『うむ? 仕方あるまい……』
目をキラキラさせて唐揚げを期待しているブランを諫めると、面倒臭そうにため息をつかれた。ぽてぽてと歩いてアカツキの足元まで近づき、キャンッと鳴く。アカツキが輝かしい笑顔でブランを見下ろして、抱き上げようと手を伸ばした。
「狐君も久しぶりですね!」
『我に気安く触れるでない』
「っ痛いっすー、狐君……」
アカツキの手に噛みついたブランがフンッと顔を逸らして戻ってくる。アルとしてはそれを挨拶とは言わないと思うのだが、ブランの顔は『ちゃんと挨拶したぞ。これでいいだろう?』と言わんばかりだったので苦笑するしかなかった。とりあえずアカツキに謝っておく。
「ブランがすみません、アカツキさん」
「いやぁ、無遠慮に触れようとした俺も悪かったんです……」
そう言いつつアカツキの目がブランのふわふわの尻尾を追っている。モフモフを楽しみたいけれど不快にはさせたくないという葛藤が窺える眼差しだった。
「昼ご飯はカラアゲがいいって言っていましたけど、お肉はどこですか? 氷室にあります?」
そろそろ昼ご飯の用意をした方がよいのだろうかと思ってアカツキに聞く。アカツキの目が外に向けられた。
「扉の向こうですね。妖精さんたちがお世話してくれているんです!」
「……つまり、まだ生きている状態?」
「はい! やっぱり唐揚げには鶏肉だろうと思って、白鶏たちをそこに放し飼いにしているんですよ。俺には生き物をさばく技術なんてないので、増える一方なんですけどね! 卵の消費が追いつかない! だからアルさんたちもいっぱい持って帰ってくださいね。最近増えすぎて妖精さんたちに怒られるんです……」
「……そうですか」
ちらりと窓を覗くと、花畑でたくさんの白い生き物が動いているのが見えた。それをキラキラ光る小さなものが追いかけまわしている。折角の幻想的な場所だったのに、白鶏のせいで牧歌的な雰囲気になってしまっていた。アルと同じように窓から外を見たレイが苦笑する。
「じゃあまずは狩ってこないといけないですね……」
「綺麗なところだな……って言いたいところだが、白鶏多すぎねぇ?」
アカツキの考えなしの行動により住処を侵されつつある妖精たちには同情を禁じ得ない。できる限り狩ってやろうと、苦笑しているレイをつれて外に向かった。
『あらぁ、久しぶりね』
『でも、そんな昔のことじゃないわよね』
『それよりあの獣たちよ! 退治して!』
『多すぎるのよ! うるさいのよ!』
『アカツキは全く頼りにならないのよ!』
花畑に足を踏み入れた途端に、アルを見つけた妖精たちが近づいてきた。どうやらアルのことを覚えてくれていたようだが、鬼気迫る様子で今も動き回っている白鶏を指さし、憎々し気に訴えてくる。
「……これは、妖精か?」
「そうですね。……これからできる限り狩ってきますから、少しお騒がせしますね」
驚いた様子で目を見開くレイに軽く頷きつつ、切々と言い募ってくる妖精たちを宥める。白鶏たちとの共存は妖精たちにとって受け入れがたいものだったようだ。
『ふむ。旨そうな肉が大量にいるな』
「美味しいはずだよ。卵もたくさんあるはずだから、たくさん集めてきてね」
ついてきたブランに言うと、ニヤリと笑って飛び出していった。よほどカラアゲが待ち遠しいらしい。ブランは食に関することなら普段より積極的に働いてくれるので頼りになるはずだ。素早く動いて一撃で白鶏を仕留め、アルの元までせっせと運んでくる。
「狐君随分張り切っているなぁ」
「僕たちは卵を取ってきましょうか」
素早く逃げ惑う小さな魔物を狩るのは、できなくはないが面倒くさい。ブランに任せることにして、アルはレイと共に卵を探しに散らばった。ついてきていたアカツキは妖精たちから叱られて地面に蹲って小さくなっている。ひたすら謝罪を繰り返しているその姿を見ないふりをしていると、足元にスライムがすり寄ってきた。
「あれ、スライムもここに来られたんだね?」
『ぅん、たまに、たべる……』
ぽよんと跳ねたスライムが、近くに隠れていた白鶏に跳びついて飲み込んでいく。スライムはあまり速く動けないので白鶏の数を減らすには力不足のようだが、たまに頑張って捕まえていたようだ。時々白鶏につつかれてダメージを負い逃げ惑う個体もいるようだが。
「卵を食べていったら、ここまで白鶏は増えないと思うよ? ここの白鶏は卵から孵って増えているみたいだし」
『わ、かった。これ、から、たまご、たべる』
近くにいたスライムに言うと、ぽよぽよと跳ねつつ卵を吸収していった。スライムがここに常駐するなら、今後ここまで白鶏が増えて妖精たちが怒ることもなくなるだろう。アルでもすぐ分かることなのに、なぜアカツキがそのように命じていなかったのか不思議だ。この場所を管理するダンジョンマスターのはずなのに。
「あー、スライムに頼めば良かったのかぁ」
「今気づいたんですか?」
「普段ここにスライムをつれてくることはなかったので……、っていうか、スライムどうやって来たの? え、俺、つれてきてないよね?」
「アカツキさんの部屋に僕らと一緒に来ていたじゃないですか」
「うっそぉ、全然気づかなかった!」
妖精たちの説教から抜け出してきたアカツキが愕然とした様子で肩を落とす。アカツキはスライムたちの行動を全く把握していなかったようだ。
『だいぶ捕まえたぞ!』
「え? あ、本当だ、いつの間に。早いね」
ブランに声を掛けられて周囲を見渡すと、数えられるほどしか白鶏がいなかった。狩った白鶏はアルが地面に置いたアイテムバッグに収納しておいてくれたようで、アルもとってきた卵をアイテムバッグに仕舞う。
「じゃあ、昼ご飯作ろうか」
「唐揚げ!」
『カラアゲ~!』
アルが言った途端に一人と一匹がキラキラと目を輝かせて喜んだ。アカツキの背後にまでブンブン振られる尻尾が見えた気がして苦笑してしまう。
「カラアゲってそんなに旨いものなのか? 楽しみだな」
「美味しく作りますね」
レイが苦笑しつつも楽しみにしているようなので、精一杯腕を振るおうと思う。足元で跳ねて主張してくるスライムたちの分まで作るとなると、どれだけの量の肉を揚げることになるのかと少し遠い目をしてしまったけれど。
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