第94話 成果の報告

『おお! この蟹をほぐしたヤツは旨いぞ!』

「旨味が凝縮されている感じで、何も付けなくても美味しいね」


 日が落ち暗くなった森の中で、アルたちは賑やかに夕食をとっていた。今夜のメニューは、ブランが獲ってきた大水蟹である。火の上に大きな網が置かれ、様々に調理された蟹身が美味しそうな匂いを放っていた。

 大水蟹は、鑑定の結果、殻部分が硬すぎて調理しにくいということが分かり、魔法陣を使って解体した。蟹が獲れる港町では殻ごと調理するというのを聞いたことがあったので、アルはそういう調理をしてみたかったのだが、これほど大きな蟹を殻ごとというのは無理だったようだ。ぜひ今度は小さめな蟹を捕まえて殻ごと調理というのに挑戦してみたい。

 解体した後に可食部として出てきた身を焼いたり茹でたり蒸したりと様々に調理してみたが、凝縮した蟹の旨味が強く、用意したタレはいらないくらいだった。


『我はこの焼いているのがいいぞ! 香ばしさもあり旨い! このショウユタレを垂らして食べてもいいな』

「ショウユは合うよねぇ。僕はこの蒸しているのがいいかな。しっとりしていて、噛むとジュワッと肉汁が溢れてきて、濃厚なスープみたいになる」

『うむ。それも確かに旨い』


 ブランが重々し気に頷く。どの蟹の調理法が美味しいかという話題で、そこまで真剣にする必要があるのかとアルは少し疑問に思ったが、食い意地が張っているブランだから仕方ないとすぐに受け流す。


「そういえば、この蟹はどこで獲ってきたの?」

『ん? ここより奥にある川だ。川幅は狭いが水深はかなり深そうだったぞ』

「川があるんだ? 知らなかったな」

『うむ。どうやら魔の森の奥から水が湧いて川になっているようだ。途中でせき止められて湖になっていたから、この辺には川はないぞ。そこの沼地で湧いている水は、その湖の水が地下を通ってきたものかもしれんがな』

「へぇ、湖か。そんな情報、あったかな?」


 ソフィアに見せてもらった地図にはそのような記載はなかったはずだ。とはいえ、その地図に書かれていたのは冒険者が調べた情報だったので、ブランが見つけた湖は普段冒険者が行くことのない場所なのかもしれない。魔の森は広い。浅いところは冒険者に調べつくされているが、奥地はほぼ手付かずの状態だ。


『ふわぁ、旨かった……。アルは魔道具を作り終わったのか?』

「うん! 見る? 見るよね!」


 調理した蟹をブランが食べ尽くしたところで、アルはさっさと網などを片づけて、仕舞っていた魔道具を取り出した。ブランがちょっと嫌そうな顔をしているが気にしない。ブランの方から話題を振ってきたのだから興味はあるはずなのだ。


「これが改良した結界と迷いの魔道具ね」

『ふむ。……見たところで何も分からん!』


 アルが机に並べた魔道具を見比べたブランがすぐに諦めてプイっとそっぽを向いた。確かに魔道具は同じ魔軽銀の箱型なので、外見に差はない。中に魔法陣と魔石が収められているのだが、それを見たところでブランには理解できないだろう。

詳しく説明したところでブランには意味がなさそうなので、簡潔に結果だけを述べることにした。


「結界の魔道具は魔物を察知すると結界を張るようにしたよ。普段は結界を張らないから、消費魔力削減だね」

『ふむ』

「迷いの魔道具は、視覚と聴覚に作用する部分だけ残して強化したよ。魔力感知と精神に作用する部分を削除したから、これも消費魔力削減になっているんだ」

『そうだな』

「そして、削減した魔力感知を妨げる機能を持つ魔道具がこれ!」


 満面の笑みで新たな魔道具を机に置くと、ブランの視線が移った。見た目は他のものと変わりないが、アルの自信作なのだ。説明にも熱が入る。


「微弱な魔力波を放つ魔道具だよ。一定の周波数を保つのに苦労したんだ。魔石から吸い出す魔力って一定じゃないみたいでね? そこを調整するために、この部分にこの魔法陣を――」

『詳しい説明はいらん!』


 苦労したポイントを説明していると、ブランの尻尾の一振りがアルの頭を襲ってきて、慌てて避けることになった。ブランは非常に嫌そうな顔をしている。今日は散々魔法理論などに付き合わせているから、もう嫌になってしまったようだ。残念だが仕方ない。


「……魔物の魔力感知を阻害できる魔道具だよ」

『ふ~ん、本当に効くのか?』


 ブランは疑わし気だ。確かにミラの論文を基にしているため、アル自身はまだその効果を確認できていない。論文通りの魔力波に調整したが、実際に使うまでは実用性があるか確かではないだろう。

 アルはふむ、と頷いて、魔道具のスイッチを入れた。既に魔石をセットしていたから、ボタンを押すだけで作動できる状態だったのだ。


『ぬわっ、なんだこれは! 止めろ!』

「あ、そうか。ブランにも効くのか」


 魔道具を作動させた途端に、ブランが盛大に顔を顰めて、頭を抱えるようにうつ伏せた。どうやら魔力感知阻害の魔力波に当てられて不快感があったようだ。アルは魔道具を作るのに集中しすぎて、この魔道具がブランにも効いてしまうのを忘れていた。慌てて魔道具の作動を止める。


『むぅ、酷いな。我に効かぬように調整できないのか』

「ごめんごめん。これをブランに効かないようにするには、どうしようか。他の魔道具みたいにブランの魔力を登録しても意味ないしねぇ。この魔力波を浴びるとどんな感じなの?」


 魔道具の効果を確かめるには、ブランの感想はとても役に立つだろう。まさか野生の魔物一匹ずつに感想を聞けるわけはないのだから。


『どんな感じ? むわっと視界が覆われて、鼻が塞がれて、感覚が鈍る感じだ。全く分からなくなるわけではないが、周囲の状況が掴み難くなって……とにかく不快だ』

「へぇ、視覚や嗅覚も鈍る感じなの」

『厳密には違う。普通に見えているし嗅げるのだが、それが狭い範囲なのだ。恐らく普段は目で見えない範囲については魔力を感知して把握しているから、見えにくくなったと感じるのだろうな』


 ブラン自身が一つずつ確かめるように呟く。感覚を説明するというのは難しいことなのだろう。だが、その説明はとてもアルの役に立った。魔物にとって魔力感知というのが重要な感覚なのだと分かったからだ。魔物がこれほどまでに魔力感知に頼っているとは思わなかった。


「そっかぁ、これだけで不快に感じるなら、追加で魔物避けを使わなくてもいい感じなのかな?」

『魔物避け?』

「そう。迷いの魔道具から精神に作用する部分を除いたでしょう? それを補うために魔物避けの薬を使えばいいかなって思っていたんだけど」

『魔物避けの薬か……あれは確かに多少嫌に感じるが。……魔物避けの薬を使えば、魔物が近づいてくるのをより防げるのではないか? 感覚が鈍ったところで、元々魔道具の範囲にいた魔物が自然と離れていくとは限らんだろう。獲物の魔力を感知できなくなったのと同時に耐え難い不快感があれば、わざわざ魔物避けの匂いの方へ向かおうとは思わん』

「ああ、そうだね。感覚を妨げたところで、魔物は普通に動けるわけだし、より近づかなくさせる為に魔物避けの薬を使えばいいのか」

『うむ』


 ブランの意見を聞くことで魔道具のより良い運用方針が定まった。後はこの魔道具がブランに作用しないように改善するだけ。この方法ももう考えついていた。

 細く長い魔軽銀を取り出して魔法陣を刻む。この魔法陣は魔力感知阻害の魔道具に使ったものを少し変えたものだ。この程度なら紙に書いて試行錯誤しなくても完成できる。


『なんだ、それは』

「特定の魔力波を打ち消す魔力波を放つ魔法陣だよ。……よし、これでいいね」


 魔法陣を刻んだところで、魔軽銀をくるりと輪にしてブランの首にかける。魔法陣がお洒落な模様になっていて、なかなか良い装飾具のように見える。


『首輪か⁉ 我に首輪をかけるつもりか⁉ 従魔の首輪は町中だけ我慢してやったが、まさか四六時中これをつけろというつもりか!』

「これはブランが普段から放っている魔力を少しだけ吸収して、微弱な魔力波を放つんだ。ブランの周囲一メートルくらいで外部の魔力波を阻害するよ。付けていても不快感はないでしょう?」

『首に巻かれているのが既に不快だ!』

「えー、それくらい我慢してよ。この魔道具を使っている間だけだから」

『い・や・だ‼』


 ふわふわの白い毛に埋もれるようにして鈍い銀色の首輪がかかっているのは、なかなかカッコいいと思うのだが、ブランは心底気に入らない様子だ。仕方がないので首輪ではなく腕輪に変更した。それでも少し嫌そうだが我慢してもらうしかない。

 魔力感知阻害の魔道具を使っても不快感が出なかったので、ブランもこの腕輪の有用性は分かってくれたようなので問題はない。


「魔道具はできたし、いつ拠点づくりを始めても大丈夫だね」

『これだけ魔力効率の良い形にできたのだ。ノース国やアカツキのダンジョン前に置いてきたものも新しくするのか?』

「え? ああ、そうだね。そうしようか。ノース国か」


 ノース国とアカツキのダンジョン前の魔の森には転移の印を置くために結界の魔道具を残している。今の状態だとたくさんの魔石を必要としているので早急に新たな魔道具を設置しなおすべきだろう。ノース国を出てから一度も残してきた拠点の様子を確認していないが、そろそろ備え付けの魔石が空になっているかもしれない。


「なんだか、懐かしいな。……明日はノース国に戻ってみようか」

『うむ。転移ですぐだしな』

「そうだね」


 レイはどうしているかなと思いつつ、出していた魔道具などを片づけていく。ふと思い出して取り出した転移箱を開けてみると、大量の紙が溢れてきた。レイからではない。アカツキからの手紙だ。


「……そろそろアカツキさんにも会いに行かないといけないかな」


 とりあえず紙は見なかったことにしてアイテムバッグに放り込んだ。


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