第92話 問題点を探る
木の根を無事に取り除くことができたので、その穴が開いたところを土で埋めて暫く放置することにした。これで数日様子を見れば、ここに再び木が生えてくるか確認できるだろう。
「じゃあ、僕は小屋に取り付ける魔物除けの魔道具について考えるね」
『……楽しそうだな』
満面の笑みを浮かべて言うアルをブランが呆れたように見た。しかし、すぐに諦めた様子で小さい姿に変化して近づいてくる。
アルは魔道具作成のために作業用の机を取り出した。その上に紙と魔道具作成用の魔軽銀を用意する。
「まずは今の迷いの魔道具と結界の魔道具の二段活用の問題点から整理してみようか」
『うむ。我には問題点なんぞないように思うが』
「それがねぇ、重大な欠点があるんだよね」
アルの向かいの椅子に座ったブランが手を机に乗せ、にゅっと身を乗り出して紙を覗き込む。今日はアルの魔道具作りを観察するつもりらしい。
『重大な欠点。……ああ、魔石の数か』
「そう! これはなかなか難しい問題だよね」
暫く首をひねって考えていたブランが、答えにたどり着いて視線を上げアルを見た。どこか誇らしげな様子のブランを褒めるように、その小さな頭に手を伸ばして撫でる。
現在アルが用いている迷いの魔道具と結界の魔道具の二段活用の最大の欠点は、この魔道具を作動させる為に多くの魔石が必要なことだ。魔石はアルが自分で魔物を倒して手に入れられるものだが、無尽蔵にあるものではない。当然、魔道具に使う魔石の数は少なければ少ないほど良い。
『もっと魔力効率を上げられんのか?』
「それが簡単にできるなら、もうとっくにしているよね」
なかなかの無茶ぶりをしてくるブランに苦笑する。
迷いの魔道具と結界の魔道具をより少ない魔石で作動させるというのは、言うのは簡単だが実行するのは極めて難しいことだ。少ない魔石で魔道具を動かそうと思うと、どうしても出力が下がり十分な効果を得られなくなる。つまり、迷いの魔道具と結界の魔道具の効果が弱まり、魔の森で使うと簡単に魔物に壊されてしまう程度の強度になってしまう。
強度を保ったまま必要魔石量を減らすための工夫が必要だが、アルは今以上に魔力効率を上げる方法を思い浮かべることができなかった。
魔法技術の天才と言われるソフィアでも、一般に使われる結界の二倍程度しか魔力効率を上げられなかったことからも、その大変さはよく分かるだろう。ソフィアが作った魔道具の設計図をチラ見したところ、その魔力効率はアルが今使っているものよりだいぶ低かった。魔力効率を上げる工夫というのは、魔道具作りにおいて一番難しい部分なのだ。
『ふ~ん、そうなのか……』
よく分からないながらもとりあえず頷いたという様子のブランを受け流して、アルは紙に現状の問題点を書き出していった。
「では、なぜこの二つの魔道具はこんなに魔石を必要とすると思う?」
『む、なんだ、試されている気分だな……』
珍しくアルの作業に興味があるようなので問いかけてみると、ブランが嫌そうに顔を歪めた。ブランの魔道具に関する知識はあまり多くない。しかし、聞かれたからには自分で答えを見つけ出したいようで必死に考えていた。
「ヒント。結界はあらゆるものを防ぎます」
『……それはほぼ答えではないか? 結界が莫大な魔力を食うのは、物質・非物質問わずに干渉を拒むためだな。体当たり等の攻撃のみならず、魔法や衝撃さえも防ぐ』
「その通り! だけど、考えの順番が違うね」
『どういうことだ?』
「結界が魔法を防ぐのは簡単なんだよ。問題になるのは体当たりとかの物理的攻撃」
『……うむ?』
ブランが首を傾げてアルを見る。アルはその様子を見て楽しくなりながら解説を続けた。ブランにこうして何かを教えるという機会はあまりないことだ。
「魔法って、そもそもどうやって効果を発現させていると思う?」
『……そんなこと考えたこともない。魔法は魔法だ。火の魔法を放てば対象が燃える』
「そうだね。魔法理論的に言うと、魔法は魔力に属性を付けて放ち、対象の魔力を変質させることで効果を発現するんだけど」
『……急に難しいことを言い出したな』
ブランが顔を顰めた。アルも分かりにくい理論だと思う。
「普通の火は物質の燃焼によって生じるよね」
『うむ』
「火の魔法は、魔力に火の属性を付けて放ち、対象――木等の燃焼できる物質――が内包している魔力の一部を火の属性へと変質させる。火の属性に変質した内包魔力により対象が燃焼し、火が生み出される」
『ほー』
なんだかブランの意欲が低下してきた気がするが、気にせず続ける。
「この世にある全ての物質は魔力を内包しているから、基本的に魔法の効果に逆らうことはできない」
『そうだな』
「では、どうして魔力の塊とも言える結界が魔法を防ぐことができると思う?」
問いかけてみるとブランがパチリと瞬いた。暫く首を捻って考えていたが、諦めた様子で答えを求めてくる。
「結界は圧倒的魔力量で魔法による内包魔力の変質を防いでいるんだ。コップ一杯の水を沸騰させるのは小さな火があれば十分だけど、それで海を沸騰させるのは難しいよね」
『なるほど。量にものを言わせた抵抗ということか』
「そう。だから、外部魔力に抵抗できるだけの魔力量があれば、結界として十分に効果を示せる。この時に魔力は大して消費されない。多くの魔力量を保持してさえいればいい」
これだけでも結界を展開するのに多くの魔力を必要とする理由としてはあっているのだが、十分ではない。結界が魔力を消費するのは、魔法を防ぐよりも物理的な攻撃を防ぐときの方が大きいからだ。
「じゃあ、結界がどうやって物理的なものを防いでいると思う?」
『むぅ……分からん』
「結界は物理的衝撃を瞬時に判断して、魔力を物質化するんだよ。魔力を極めて固く凝固させて壁を作っているイメージかな」
『ほう』
「魔力の物質化をすると物凄く魔力を消費するんだ。衝撃を受ける度に、使われた魔力は霧散していくからね。雨とかの軽い衝撃ならそこまででもないんだけど、魔物の突撃とかを食らったら、びっくりするくらいに魔力が消えていく。本来物質的要素のない魔力を無理やり物質に変えるんだから、莫大な魔力を消費するのは当然なんだけどね」
『……確かに、魔力の物質化とは、どうやっているのかまるで分からんくらい常識外れなことだからな』
「そういうこと」
ブランが結界の魔道具の作動に多量の魔石を必要とする理由に納得したところで、迷いの魔道具の話に移る。
「じゃあ、迷いの魔道具はどうしてたくさんの魔力を消費すると思う?」
『むぅ……また問題か』
嫌そうに呟きながらも必死に考えているブランをアルは微笑みながら見つめた。
「ヒント。迷いの魔道具は様々な感覚を誤魔化します」
『……アルは、ヒントの出し方が下手だな。それではほぼ答えではないか』
呆れた表情をするブランにあれっと首を傾げる。そんなに言うほど下手なヒントだろうか。
『迷いの魔道具は、登録されている者以外の感覚を狂わせる。設定されている範囲のものの認識を妨げるが、感覚を狂わせるためには多くの魔力を必要とする。……どうだ、合っているだろう?』
自信満々に胸を張るブランを生温かい視線で見つめた。
「残念~、それでは回答として十分ではありません~」
『なに⁉ 何が足らんというのだ!』
不満そうに抗議してくるブランを宥める。解答に自信があったからか、その抗議は激しかった。
「大まかには合っているんだよ? でも、今後のことを考える上で、魔力消費の原因はより細かく分析しないとね」
『……これ以上細かくなんて、我に分かるわけがなかろう』
不貞腐れて机にだらりともたれるブランの頭を撫でる。
「迷いの魔道具は、あらゆる感覚を狂わせるけど、それぞれに対して使う魔力量は異なるんだよね」
『……』
ついには返事もしなくなったブランに苦笑しつつアルは説明を続けた。
「視覚と聴覚を誤魔化すにはそれほど大きな魔力は消費しないんだ。他に人や魔物が物事を認識するために使う感覚は何だろうね?」
『……我ならば、真っ先に使うのは魔力感知だ。視覚や聴覚が意味を成さない距離でも、魔力感知は十分に意味を成す』
「そうだね。魔物は人よりも魔力感知を重視する傾向が強い。魔の森の魔物は人の気配を察知すると積極的に襲おうとして移動してくる。魔物が察知する気配というのは、人が無意識に放っている魔力であることが多い。魔物の魔力感知を誤魔化そうとすると、迷いの魔道具は多くの魔力を消費するんだ。魔力を認識させないって、結構難しいことなんだよね」
『つまり、問題は魔力感知を誤魔化す際の魔力消費の多さということか』
ブランが納得したように頷く。機嫌も回復してきたようだが、アルはもう一度否と返した。迷いの魔道具の問題点はそれだけではないのだ。
「迷いの魔道具は意識に作用して自然と近寄る意欲を消失させるんだ。これも凄く魔力を消費するんだよね」
『……意識にも作用するのか。それは魔力を食うのも当然だ』
一般的に、火などの属性魔法よりも身体に直接効果をもたらす精神魔法や神聖魔法の方が、遥かに消費魔力量が大きいとされている。神聖魔法を使えるブランは実感としてその魔力消費量の大きさを知っているので、すんなりと納得した。
「これまでに挙げた問題点を解決させないと魔力消費は抑えられない。どれも魔の森で生活するには必要な機能だから、ただなくすというわけにはいけないんだけどね」
『……アルの中では、もう答えは出ているんだろう?』
分かりきっているぞと言わんばかりの口調で言われてアルは苦笑する。
「もちろん。僕が考えているのは、結界の魔道具と迷いの魔道具の機能を最低限に減らして、新たな魔道具とかで補う方法なんだけどね」
『……よく分からんが、好きにすればいいんじゃないか』
もうすっかり議論に飽きてしまった様子のブランに冷たく言われてしまったが、アルは新たな魔道具作りの構想に静かに熱を上げた。
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