第91話 その重みには愛がある(?)
魔の森の中に拠点を作ろうと決めたアルたちは、周囲を見渡して条件の良さそうな場所を探した。なるべく人が来なさそうな場所が良い。そのためには有用そうな植物がない場所がいいのだが、水辺周辺はその条件にしっかりと当てはまっていた。見渡す限り、冒険者からすると雑草としか言えない草ばかりで、木々も特徴のない雑木だ。地面が水分で緩いので、その点は気を付けなければならないが、アルたちの拠点には良い場所に思える。
「コメの成長の観察もできるし、この近くに作ろうか」
『だが、あまり開けた土地はないぞ?』
ブランが言う通り、水辺周辺には多くの木が並んでいて、小屋を建てるのに十分な広さはなさそうだ。アルの移動式のテント程度ならギリギリ建てられるが、そんな余裕のないことはしたくない。
「……木、抜いてみようか」
『すぐに生えてくるのではないか?』
「アカツキさんのところで畑を作った時は、根っこごと抜いた木が自然に生えてくることはなかったよ?」
『あれはアカツキが管理する空間だったからなぁ』
思案気にするブランの言葉にも一理ある。この魔の森にはアカツキとは違う管理者がいると思われる。その管理者が一体どういう考えで森を管理しているかはまるで分からない。
「とりあえず試してみようよ。駄目だったときはまた考える」
『お前は時々脳筋だよな。木を抜いた地面の上に小屋を建てて、寝ているうちに木が小屋を貫いて生えてきたら、我は流石に嫌だぞ?』
「……それは僕も嫌だ」
想像してみるとアルも渋い表情になる。折角作った小屋をそんな形で壊されたら、行き場のない怒りがこみ上げてきそうだ。
「じゃあ今日は木を抜いた後、暫く放って観察してみよう。移動型のテントは辛うじて木々の間に張れるし、今晩はそれで我慢ね」
『……仕方あるまい』
宿に戻るよりは、狭く感じても森の中でテントを張る方が良いと判断したようだ。頷いたブランを確認してアルは準備を始めた。まずはできる限り開けた場所にテントを張る。結界の魔道具と迷いの魔道具をつければ、一時的な拠点は完成だ。ノース国で作ったように迷いの魔道具が作用することで基本的に魔物も人も近づいてこない。迷いの魔道具の作用を超えて近づいてくるものは、結界の魔道具で妨げられる。魔の森で快適に暮らすのには十分な機能だ。だが、問題が一点ある。
「結界を常時発動させるよりは良いけど、やっぱり魔力消費は多いよなぁ」
アルは予備の魔力源として、これまで得てきたたくさんの魔石を魔道具に備え付けている。これほどの数の魔石が必要なほど、迷いの魔道具自体の魔力消費は多い。もちろん結界を常時発動させるよりは少なくて済むが、畑などで活用すると考えると利益よりも魔石用の経費が嵩む結果となるだろう。やはりより効率的な魔物除けが必要だ。
『このベッドはやはり快適だ』
ブランがテント内を占めるベッドにごろりと寝転がってのびのびと寛いでいた。人の気配がたくさんある町中の宿ではあまり休めていなかったらしく、目がウトウトと細まっている。今にも眠りに落ちそうだ。
アルはちょっと申し訳ないなと思いつつ声を掛けた。
「ブラン、寝る前に木を抜くのを手伝って」
『……むぅ、仕方あるまい』
渋々という様子で身を起こしたブランを抱き上げて、アルは近場の木に向かった。抜くのは細めの木がいい。流石に大木を抜くのは手間がかかる。
条件に合う木を見つけたアルは、剣を抜いて魔力を注いだ。淡く光る剣を木に向かって振ると、木の根元近くに一直線に傷が入った。
「今日は上手い具合にできた!」
『うむ、過不足ない魔力具合だったな。今日は森の破壊者にはならなかったようで、我も安心した』
大げさに胸を撫で下ろして見せるブランは、以前に魔力を剣に込め過ぎて森の木々を盛大に薙ぎ倒したことを皮肉っているのだろう。ちょっとイラっとしたので、肩に乗せていたブランを乱暴に地面に振るい落とした。
『何をするっ⁉』
「根元に縄を巻くから、ブランはそれを引っ張って、根っこを抜いてね」
『なんという重労働をさせる気なのだ……』
嫌そうにぼやくブランを受け流して、アルは切った根元に直立したままの木をアイテムバッグに収納し、根元に縄をしっかりと結び付けた。流石のブランでもこのまま根っこを引き抜くのは難しそうなので、魔法で地面を適度にほぐすことにする。
「我風を纏うもの。我望むは一風の貫通。我の望みを叶え給え。――風の刃」
アルの詠唱により、淡く緑に光る魔力光が地面へと飛び込んでいった。ドンっという音と共に地面に一筋の亀裂が走り僅かに土が盛り上がる。風の刃が地面を切りつけ、その後霧散した風が地面の中から土を上へと押し上げているのだ。それを何度か繰り返すことで、根元周辺の細かい根等を切って抜きやすくなる。
『アルの詠唱を久しぶりに聞いた気がするぞ』
「そうだったかな? ……確かにそうかも。最近はこの剣のお陰で、魔法を使わなくても簡単に魔物を倒せるからね」
アルが持っているのはノース国で手に入れた精霊銀製の剣だ。魔力に対する親和性が高く、魔力を込めることで抜群の切れ味になり、高位魔物にも傷を負わせられるほどの魔力波を放つことができる。
この剣を得てからは、魔法で攻撃する機会が減った。というのも、アルは保持している魔力が大きすぎて、魔法を放つ際に魔力の調整をするのが難しく、想定するより高威力の魔法を放ってしまうことが多かったのだ。それは森で放てば周囲を破壊してしまう可能性もあり、魔法を使うのに消極的になっていた。
「よし、これで抜きやすくなっているはずだよ」
考えている間にも、根元周りを満遍なく切る作業が終わった。いい笑顔で根元に巻き付けた縄の一端をブランに差し出すと、面倒そうな表情でため息をつかれた。
『まったく……、アルなら我が手を貸さずとも、如何様にも根元の処理くらいできるだろうに』
文句を言いながらも、ブランは尻尾をふわりと振った。
アルが瞬く間に、目の前にいたのは小さな子狐の姿ではなく、大きな狐の姿になっていた。シュッとした目がアルをじろりと睨む。ブランの本来の姿を見たのは久しぶりだ。木々が立ち並ぶ空間なのでちょっと窮屈そうにしているのが可愛くて、笑ってしまいそうになるのを堪えた。
『ほれ、縄を寄こせ』
「お願いね」
銜えやすいように輪を作った縄を渡すと、ブランはそれをグイっと引っ張った。それにつられて根っこがググっと動く。思いの外手強かったのか、癇に障った様子のブランが更に勢いよく力を込めた。
『根っこ風情が抵抗するなど腹立たしい』
根っこは意思を持って抵抗しているわけではなかろうに、強い魔物としてそれなりにプライドがあるブランは、一度で引き抜けなかったのが気に入らなかったようだ。過剰に力を込めた結果、根っこは呆気なく地面から離れて宙を飛んだ。そう。勢いよく飛んだのだ。
「……ブラン?」
『…………悪かったとは、思う』
見事に土に塗れることになったアルはじろりとブランを睨んだ。視線の先で、気まずそうに目を泳がせる姿にため息をはく。
ブランが引き抜いた根っこは、勢いよく宙を飛んだ結果、アルの方に向かってきた。慌ててしゃがんでかわしたアルの頭上を、土を落としながら通り過ぎ、その先の木に衝突してへし折った後に落ちた。へし折られた木は他の木にぶつかって斜めに倒れている。
「僕のことを言えないくらい、ブランも森の破壊者だね」
『……不本意だ』
言葉通りの渋面の鼻面をアルは手荒く撫でてやった。
「森の破壊者仲間だ、いぇーい」
『少しも喜ばしくない』
棒読みで言ってハイタッチを求めたら、嫌そうに拒否されて重量のある尻尾で押しつぶされた。尻尾で弾き飛ばされなかっただけ、愛のある対応と言えるだろう。多分。尻尾が思った以上に重くて窒息するかと思ったけれど。
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