第90話 好きを超えて愛?

 研究所を出てきたアルたちは、屋台が立ち並ぶ通りまで来ていた。今日は冒険者ギルドで依頼を確認していないが、屋台で昼食をとった後はそのまま魔の森に向かう予定である。


「今日は何を食べようか」

『我は肉を食いたいぞ!』


 ちょうど昼時の屋台街は、良い匂いが至るところから漂ってきていて、人もたくさんいた。目移りしてしまうほど美味しそうなものが色々とある。

 ブランと相談しながら一つずつ屋台を覗いていくと、ある料理に目を奪われた。


「これは肉を煮込んでいるのかな?」

『うむ。旨そうな匂いがするぞ』


 ブランの口端からヨダレが落ちそうになっている。盛大に尻尾が振られて、アルの頭をパシパシと叩いていた。

 アルはその騒がしい尻尾を掴んで固定する。いつまでも叩かれるのは、それほど痛くなくても嫌だ。


「これ食べよう」

『食うぞ! 我は二つ、……いや、三つだ!』

「はいはい。これ食べたら森に行こうね。ブランもたまには運動しないと、ブクブク太っちゃうからね」

『我はこの程度では太らんぞ! むしろもっと食わせろ!』

「ブランって、食べた量に対して仕事量が釣り合ってないよね? 働かざる者食うべからずって昔の諺があるらしいよ」

『そんな難しい言葉は知らん』


 シラッとそっぽを向くブランの頭を乱暴に撫でる。この後の森では大いに働いてもらわなければ。


「それを四つください」

「あいよ! ちょいと待ってくれよ!」


 屋台の店主は威勢のよい応答とともに、手際よく料理を作り上げていった。煮込まれた肉の塊から手際よく肉を切っていき、それを蒸しパンらしきものにドサッと挟み入れる。肉はパンからこぼれ落ちそうなほどの量だった。


「できあがり! うちのチャーシュー饅は旨いぞ!」

「ありがとうございます」


 薄い紙に包まれたものを四つ受け取る。周囲には人がたくさんいたので、邪魔にならないように道の端まで移動した。待ちきれない様子のブランが、アルが持っているチャーシュー饅になんとか食いつこうと首を長くして落ちそうになっていたので、とりあえず片手で支えてやる。なんとも世話が焼ける相棒だ。


「この辺でいいか」

『早く食うぞ!』


 アルが言った途端にひょいと地面に下りたブランが二本足で立ち、『くれ!』というように手を伸ばしてきた。珍しい仕草だったので一瞬マジマジと見つめてしまう。


『なんだ?』

「いや……、うん、食べようか」


 ブランに包みを一つ渡すと、ちょこんと座って器用に包みを開けて両手で持ち、ぱくりと食いついた。その美味しさは、至福の表情になったブランの様子でよく分かった。

 アルは二つの包みをブランの頭にバランスよく乗せて一つ頷く。なかなか重量のあるものだが、小さい頭に上手く乗せられた。ブランは包みが頭から落ちないか少し気にした様子だが、アルは気にしない。片手が空いたので自分の分を食べるのに専念できるのだ。

 包みを開けるとふわりと香辛料の香りが漂ってきた。溢れそうになっている肉を落とさないように上手く紙で抑えつつ、端の方にかぶりつく。途端に豊かな肉汁と共に肉の甘みと香辛料の辛み、コクが口内に広がった。肉は少し硬めだが、これぐらいの方が歯ごたえがあっていいかもしれない。


「美味しいねぇ」

『うむ。旨いぞ。飽きない味だ』


 いつの間にか器用に頭の上の包みを手に取ったブランが二つ目を食べ始めていた。頭の上の包みは、尻尾で抑えておけば安定すると学んだようで、もふりとした尻尾が残り一つの包みを支えている。

 アルが一つ食べ終える間に、ブランは三つとも完食していた。相変わらず食べるのが速い。


「この時間は、町に帰ってきて食事をとる冒険者も多いみたいだね」

『そうだな。森でゆっくり飯を食う時間はなかなかとれんからな。……普通の冒険者は、だが』


 アルならのんびり食事をとれるが、ほとんどの冒険者は森で食事をとる場合、立ったまま携帯食を齧るくらいしかしない。いつ魔物が襲ってくるか分からないので、警戒は怠れないのだ。

 行き交う多くの人々を暫く眺めて休憩した後に、アルはゴミを回収箱に入れた。屋台の周りには多くの回収箱があり、ここに入れられた容器類は回収されて再利用されるのだろう。ソフィアが言っていた通り、資源を無駄にしない工夫がされているようだ。どういう魔道具を作れば資源を再利用可能にできるのかと考えそうになる思考を強制的に切り替える。今日はこれから魔の森に向かうのだ。あまり魔道具のことばかり考えていたら、ブランに呆れられてしまいそうだ。


『また、魔道具について考えていたな?』

「え、何のこと? それよりそろそろ森に行こうか」


 ブランにはしっかり読み取られていたようだ。アルはにこりと笑って誤魔化すが、それは何の意味も持たなかった。ブランがジト目でアルを見て、ため息をつきつつ肩に跳び乗ってくる。


『……魔道具について考えるのが悪いわけじゃない。だが、あまりそれに熱中したら、我が退屈になるだろう?』

「もしかして、寂しいの?」

『違う! 退屈なだけだ!』

「ふふ、そっかぁ、じゃあ、今日は魔の森探索を楽しもうね」

『むぅ、信じてないな?』


 アルに放っておかれるのが寂しいらしいブランの頭を撫でながら森に向かう。拗ねた様子でバシバシと尻尾を打ちつけてくるのは、愛情表現の一種だと受け入れよう。





 昨日コメを蒔いた水場まで来ると、見覚えのある植物がすくすくと伸びていた。まだコメは実っていないが、明らかにアルが蒔いたコメが育った姿だ。


「……さすが魔の森。適当に放っただけで、しっかり育っているね」

『うむ。魔物が食い荒らすこともなく、上手い事育ったな。実るまでもう少しか?』

「そうだね。明日くらいには実るかな」

『ふ~ん?』


 コメを重要視していないブランは興味なさそうだが、この成長スピードをソフィアに報告したら、魔の森での畑作成により意欲的になること間違いなしだろう。


「……魔物除けの魔道具については宿に帰ってから考えよう」

『もう宿に帰らんでもいいのではないか? アルに用がある奴は、宿で連絡がつかなければ冒険者ギルドを通して連絡してくるだろう』

「それもそうかも」


 ブランに指摘されて、アルはぱちくりと目を瞬く。この国でアルに連絡をとろうとするのは、ソフィア達かリアムくらいだ。どちらもアルが冒険者だと知っているので、連絡は冒険者ギルドを介したもので大丈夫だろう。


「それなら、この森に拠点を作る?」

『うむ。宿の部屋は飽きた。我は森が好きだ』

「そうだね。僕も」


 宿で生活するのは快適だけれど、どこか息苦しさを感じる時もある。やはり自然の中の開放的な雰囲気が好きなのだ。


「久しぶりの拠点づくりだね。ノース国に作ったものより、ちょっとこだわってみようか」

『お前はそもそもモノづくりの時に妥協せんだろう。あれ以上、どうこだわるというのだ?』

「それは、ほら。……せっかく魔物除けの論を読んだし、それを活用してより効率的な安全対策を」

『……早く魔道具作りをしたいだけだろう』

「バレた?」


 ブランに呆れられるのは分かっていたが、やはり頭の中で考えた魔道具を早く実際に作ってみたいという思いは消せなかった。


『……まあ、いい。では今日は、いつもの結界を設置して魔道具作りに専念しろ。我は森を散策してくるぞ』

「そう? ごめんね」

『ふん。お前が魔道具を愛していることは重々承知のことだ。今更謝られることではない』

「愛しているっていうのはちょっと語弊がある気がするなぁ」

『愛だろ、愛。お前のそれは、好きの範囲を超えているぞ』

「……」


 自分でもそうかもしれないと思ったので、アルはそれ以上の抗議を差し控えることにした。



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更新が遅れてしまい申し訳ありません!m(__)m

今後は予約公開の活用を検討します……。

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