第86話 依頼達成
アルが設置した籠にはちゃんと森蛇が入っていた。鷲掴んで捕まえることにならなくて良かった。ブランも感心したように魔道具を観察しているし、なんだか嬉しい。
捕まえた森蛇は当然のように逃げようとして、あるいはアルに攻撃しようとして籠に体当たりを繰り返している。だが、森蛇程度に壊されるものではないので、アルは気にせず籠の取っ手を持って運んだ。
「門兵さんたち、凄い二度見していたね」
『それはそうだろう。使役してもいない魔物を町に持ち込むような奴、アル以外にいないぞ』
魔の森から町に入るときは、門兵に何度も安全性を確かめられた。町に入ってからも、通りすがる人々がぎょっとした様子でアルの持つ籠を見て、首を傾げている。まさか使役していない状態の魔物を持ち込んでいるとは思わず、随分暴れる魔物を従魔にしているなとでも思っているのだろう。
「暗くなってきたね。ギルドは人が多いかなぁ」
『知らん。……お、あれ旨そうだ。寄ろう』
「寄らないよ? 流石にこの籠を持ったまま屋台に立ち寄ったら営業妨害になるでしょ」
『むぅ。ではさっさと依頼を済ませて飯を食うぞ!』
「昼ごはん遅かったんだから、そこまでお腹空いてない気がするなぁ」
『我は腹が減った!』
「ブランって、満腹状態の時があるの?」
『流石にドラゴン一匹食ったら満腹になるぞ』
「ドラゴン一匹……」
ドラゴンは小さいものでも体長十メートルを超えると聞いたことがある。ブランの腹を満たすには、それほどの量が必要なのかとちょっと戦慄した。尻尾を振って道端の屋台を楽しそうに眺めているブランを見て、本来の大きいサイズでも三メートルほどなのに、一体どこにそれほどの量が入るのかと心底疑問に思う。
『お? ギルド通り過ぎるぞ?』
「おっと……」
他所事を考えていたら目的地を過ぎてしまいそうになる。気を取り直してギルドに入ると、昼とはまるで違う雰囲気が広がっていた。武装した大勢の冒険者たちがギルド内に詰まっていて、大変圧迫感がある。その光景を見て少しげんなりとしてしまった。
ギルド内にいた冒険者たちのいくらかは、新たにギルドに入ってきたアルを見てすぐに興味をなくしたように視線を逸らしたが、一瞬で顔ごとアルに向き直っていた。アルの手元にある籠を見て思わず二度見してしまったようだ。
「……そんなに驚くこと? 冒険者なら片手間で倒せるような魔物でしょう?」
『倒すのと捕まえるのとではまるで意味合いが違うということだろう』
あまりに驚かれることにアルが納得できない気持ちで呟くと、ブランに心底呆れたように言われて尻尾で頭を叩かれた。なぜ魔物であるブランの方が他の冒険者の気持ちを察することができるのか。
『お前は常識外れだからな』
「ちょっと、それ心外すぎる! ブランに言われたくない!」
まさかブランに常識を説かれるとは思わなかった。思わず抗議の声を上げると、周囲にいた冒険者に不思議そうに見られてしまった。ブランと会話できると知らない冒険者から見たら、アルが大声で独り言を言っているようなものである。ちょっと恥ずかしい。
「――とりあえず、列に並ぼう」
『全然取り繕えてないぞ?』
周りの目に気付かない振りで列の最後尾に並ぶ。ブランの言葉は無視して、籠を胸元で抱えるように持った。相変わらず森蛇は籠に体当たりを繰り返している。魔物の体力はすごいなと思いつつぼーっと待っていると、周りの冒険者たちがアルから距離をとりだしているのに気づいた。みんなアルが生きた魔物を抱えていることに気付いたらしい。暴れている魔物を見て、警戒感から距離をとったようだ。
「……これは、ちょっと迷惑になっているかな? 凄く目立っちゃっているし」
『当たり前だろう』
「アルさーん、まずはこちらへ!」
この遠巻きにされている状態をどうしようかなと迷っていると、カウンター脇の方からリンシェイが手招きしていた。夜はカウンターの担当ではないらしい。並んでいる人を差し置いて前に行っても大丈夫なのかと不安になったが、周りの冒険者の方が通り道を作るように避けだした。よほど生きた魔物が後ろにいるのが嫌なようだ。
「すみません……」
一応頭を下げつつ前の方まで行くと、カウンター脇から奥へと通された。
「小会議室をおさえているので、そちらで」
「はい、ありがとうございます」
使役していない魔物を生きたまま持ち込むというかつてない状況に、ギルド側も普通に依頼完了手続きをするわけにもいかなかったのだろう。アルも籠の魔道具の説明をすると約束していたこともあり、素直にリンシェイの後に続いて会議室に入った。
「ご苦労。……それが、魔物か」
「えっと……?」
会議室には中年の男が待ち受けていた。眼光が鋭く、体格が良いので、冒険者のように見える。ドアを開けて控えていたリンシェイが小声で「ギルドマスターのドワンです」と教えてくれた。
「いかにも、俺はこのギルドのマスター、ドワンだ。悪いが、依頼の完了手続きの前に、その魔物の危険性を確かめんとならんのでな。その魔道具の説明を頼む」
「はあ、それは構いませんけど」
ドワンはリンシェイを一睨みしてからアルに席に着くよう促した。しゅんとした様子のリンシェイから察するに、魔道具の説明も聞かずに依頼を受理してアルたちを送り出したことにギルドマスターは怒っていたようだ。それは、時間がないからと説明を疎かにしたアルにも責任がある。叱られただろうリンシェイに申し訳なくなった。
「えっと、この魔道具は、この魔石を使って人の気配に似た魔力を発するようにしています。ご存じだと思いますが、魔の森の魔物は人を積極的に襲います。ですから、この魔力で魔物を誘引できるのです」
「……なるほど」
「そして、この中に魔物が入ると、自動的に籠が閉まるようになっています。籠自体は結界魔法を利用して強度を増していますから、森蛇程度では壊されるものではありません」
「ふむ」
ドワンが興味深そうに何度か頷いて籠をじっと見つめた。その間も籠の中の森蛇はドタバタと暴れまわっている。会議室の中で籠の中の暴れまわる森蛇を見つめる光景はなんだか奇妙だ。
「こいつを出すときはどうやる?」
「籠を開けるには二段階の開錠作業が必要です。まずこちらに魔力を流します。その後、この鍵を差し込んで、再び魔力を流します」
「やってみる必要はないぞ」
取り出した鍵を籠に近づけるとすぐさま注意された。もともとこの籠をここで開けるつもりはない。すぐに鍵を机に置いて、ドワンに向かって首を傾げる。
「それで、この魔道具に納得していただけましたか?」
「……ふむ。俺は魔道具に詳しいわけではないが、ここまで見ていてもその籠が壊れる可能性が微塵も見えないのでな。お前の魔道具を信用しよう」
思ったよりあっさりと納得してもらえてほっとした。肩に乗っているブランが暇そうに尻尾を振って、首元がくすぐったい。用件が終わったならさっさと行くぞと催促しているようだ。
「では、これで依頼完了ということで良いですか?」
「ああ。リンシェイ、手続きを」
「分かりました」
一礼したリンシェイが部屋から出ていく。アルは出ていくタイミングを見失って少し困ってしまった。ドワンが楽しそうに見つめてくるので、余計に早く立ち去りたくなる。
「この依頼を受ける奴がいるとは思わんかったから、対応が後手後手になってしまって悪かったな」
「いえ。……でも、どうして冒険者が受けないだろう依頼をギルドが受け付けたんですか?」
「ん? まあ、それは、大人の事情だな」
理由を語るつもりはないようで、アルの疑問は軽く流されてしまった。アルとしても、どうしても聞きたいわけではなかったのでいい。
「……この依頼を完了させたお前に、あいつも興味を持つかもしれんな」
だからこのドワンの不穏な言葉も聞き逃させてほしい。アルはのんびり自由気ままに生活したいのだ。これ以上面倒そうな人に関わりたくない。
「アルさん、こちら報酬です」
良いタイミングでリンシェイが帰ってきてくれたので、アルはにこやかに報酬を受け取って、挨拶も簡単にそそくさと会議室から出ていくことにした。
「あいつがお前に興味を持ったら、紹介してもいいか?」
「いえ、お断りさせてください」
不穏なフラグは叩き折った。……はずだ。
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