第85話 自信と確信は違う

 町中をのんびり観察しながら魔の森側の門まで行った。途中ブランが屋台に釣られて寄り道を主張したが、今日は時間がないこともあり即座に却下。不貞腐れるブランを受け流しつつ、門兵にギルド証を見せて門を通る。その際に、門兵たちはアルに対し何やら言いたげな表情をしていたが、アルは首を傾げつつそのまま森に入った。


「……あ、もしかして、リアム様と一緒にいたこと覚えていたのかな?」


 森に入って暫くして、漸く門兵たちの表情の理由に察しがついた。近衛騎士たちに迎えに来られていたリアムとそれについてきていた冒険者は、門兵たちにとっても疑問と興味が湧く存在だろう。あの日は大層目立ってしまっていたので、門兵たちに覚えられていても不思議ではない。


『なんだ?』

「ううん、なんでもない」


 まあ、門兵たちに覚えられていたところで何も問題はないのだが。彼らも不躾に事情を聞いてくる様子もなかったし、アルが気にする必要はないだろう。恐らく偉い人とつながりのある冒険者にどう対応すべきか迷っていたのだと思うが、アルがそれに対し何かを言うつもりはない。


『森蛇か角兎を捕まえるんだったな。どうやって捕まえるんだ? 鷲掴みしてその籠に放り込むのか?』

「それ、なんて脳筋的方法なの。普通にこの籠を罠として設置して捕まえるつもりだよ」


 ブランが提案した方法があまりに大雑把なので、思わず呆れてしまう。そんな方法をするなら、魔道具を使わずとも生きた状態でぐるぐる巻きにして持って行ってもよいだろう。周りからはぎょっとされそうだが。


『ふむ。……餌も入っていないようだが、魔物がこの籠に入るか?』

「ふふ~ん、これは魔道具だって言ったでしょう?」


 ブランと話しながら、籠を設置するのに良さそうな場所を探す。この森で浅いところに出るのは森蛇か角兎だと、リアムとここを通った時に知っていたので、この辺に仕掛ければ問題ないだろう。ちょうど良い茂みが見つかったので、そこに籠を隠すように置いた。籠の入り口だけがぽかりと開いている。他の冒険者に不審がられないように、一応看板を立てておいた。


『〈魔物捕獲用罠設置中〉。……余計、不審に思われないか?』

「そうかな? 変なものが置いてあっても、この看板が置いてあったら、気にせず通り過ぎてくれるんじゃない?」

『……ちなみにお前は、この看板を他所で見たとして、興味津々で観察しないのか?』

「……え?」


 ジトリと見られて、アルはブランが言う状況を想像してみた。森の探索中に看板を見つけて、そこには魔物を捕獲する用の罠がある。……それは、絶対に興味をそそられるだろう。何気にブランはアルのことをよく理解している。アルは何も答えずに、罠設置を終えた。


「さあ、魔物がかかるまで、森の探索をしよう!」

『露骨に誤魔化したな』

「何が出るかな~。とりあえず、水場を探したいねぇ。コメ作りに使えるかも。できたら拠点に良い場所も見つけたいね」

『……はあ。では、向こうが良いのではないか?』


 なぜか呆れたようにため息をつくブランにアルは気付かない振りをした。散々魔道具好きの変人みたいに見られてきたのだ。魔の森の中でまで、そんなやり取りをしたくない。

 ブランが鼻先で指したのは、わずかに右に逸れた方だ。他と変わらず木々が生い茂り、特別なものは何も見当たらない。


「あっちに何かあるの?」

『水の匂いがする』

「へぇ、僕には分からないな」


 鼻をヒクヒクさせるブランを真似てみるが、所詮人間であるアルには何も分からなかった。ブランが物凄く馬鹿にしたような目で見てくるので、とりあえずその頭を叩いておく。


『痛いな! せっかく我が教えてやったというのに!』

「その目が凄く僕を馬鹿にしている」

『人間は鈍感だと思っただけではないか!』

「それが馬鹿にしているっていうんだよ?」

『本当のことを言って何が悪い!』


 人間が感覚という分野において魔物に敵わないことは分かり切っていることだが、露骨にそれを指摘されて馬鹿にされると気分が悪い。余裕ができたら、ブランの探知能力にも勝る探知用魔道具を開発しようかと真剣に検討した。


 ブランが指した方へと道のない森を進む。木々や草花を道すがら観察すると植生がノース国の魔の森とは異なっていることが分かった。図鑑で見たことがあるものが多いが、多くの知識をため込んでいるアルをして、見たことのない植物も多い。


「あ、これ、こっちでは普通に生えているんだな」

『なんだ?』

「グリンデル国でたまたま見つけた薬草だよ。向こうじゃ環境的に合わない植物だったらしいけど、ここだと普通に生えているみたい」

『ふ~ん』


 興味がない様子のブランに苦笑しつつ、アルはいくつか摘み取ってアイテムバッグに収納した。旅に出てからこれまでずっと調薬はしてこなかったが、そろそろ落ち着いた拠点を見つけて色々な薬を作ってみてもいいかもしれない。難点は、アルが怪我をしたり異常状態になったりすることがほとんどないため、薬の使い道がないことだ。

 この町で需要がある薬を調べてそれを作るのが良いのだろうが、売るとなるとその品質保証などをつけてもらうために大分手数料を取られるはずだ。この町での調薬資格を持っていればその手数料はいらないので、薬師ギルドを訪ねてみるべきかもしれない。


「……薬師ギルドには僕が知らない知識がのった本がたくさんあるかもしれないし」

『また本か』


 心の声が外に漏れてしまっていたようだ。ブランに呆れたように言われて、視線を逸らした。最近、こういう風に呆れられるのが多すぎる気がする。何も悪いことしていないのに。


「あ、本当に水場があったね!」

『……そうだな』


 都合の悪いことから話題を逸らしたわけではない。ただ、木々の合間から目的地が見えただけだ。だから、ブランのジト目はやめてもらいたい。


「これは池とか湖じゃなくて、沼地?」

『そうだな。どこかから水が湧いているのか』


 アルの肩から飛び降りたブランが鼻を地面に近づけて、ヒクヒクと動かしていた。

 この沼地は水深が浅く、水場というより泥場という感じだ。だが、水が腐った匂いはしないし、むしろ清々しい空気が漂っている気がする。魔の森の中ということを考えても、少し異質な気がした。


「なんだか不思議なところだな。ソフィア様のところで見た地図にあったように、ここは葦科の植物が生えているみたいだね。ちょっとコメの葉と似ているようだし、近い種類なのかな」

『うむ。この沼地の水は中央あたりから湧いているようだ』

「え? どうやって分かったの?」

『我に不可能はない』

「料理できないよね」

『……むぅ。そういうことではないだろう……』


 ドヤ顔になるブランに対して冷静に指摘すると拗ねたように視線を逸らした。アルに褒められたかったようだ。


「ブラン凄いー、さすが聖魔狐ー」

『棒読みで言うな! 余計腹が立つ!』


 適当に褒めるとさすがに怒られてしまった。ブンブンとぶつけられる尻尾をかわしながら沼地の中央あたりを観察すると、ブランが言う通り水が湧いていると思われる水面の揺らぎが見えた。


「あそこから湧いているのか。土が凄く柔らかい泥みたいだし、近づいたら泥まみれになりそうだね。あ、ブランは肩に上る前に手足を入念に綺麗にするからね」


 ブランがアルの肩に跳び上がろうとするのを見てすかさず止めた。沼地の手前で立ち止まったが、今いる場所も湿った地面だ。それに触れた手足で肩に上られたら、確実に泥で汚れる。


『……うむ。確かに、汚いな』


 真っ白な手足が泥で汚れているのを見て、ブランの耳が僅かに垂れる。意外と綺麗好きのブランにとってこの汚れは許容できないものだったようだ。早く拭けというように手を差し出された。


「はいはい。とりあえず、向こうの木の根に退避ね」

『うむ』

「あ、そうだ。この辺に適当にコメを蒔いてみるかな。上手くいけば芽が出るかも。ここもダンジョン性能がありそうだし」

『ああ、アカツキのところと似ているなら、適当に蒔くだけでもいいかもな』


 日差しは既に傾いてきている。この沼地を詳しく調べるには時間が足りないだろう。今日のところはこの沼地の確認と手を掛けずにコメが育つか検証する下準備だけで、アルたちは帰路につくことにした。


「あ、帰りに魔物がかかっているか確認しないと」

『かかっていなかったらどうするんだ?』

「……鷲掴んで放り込む」

『結局、お前も脳筋ではないか』

「うるさいよ。きっと罠にかかっているから大丈夫」

『どうだかな』


 大丈夫。魔物はきっとかかっている……はずだ。

 森に入った時から度々襲ってくる森蛇と角兎をさっさと倒しながら、一応一体くらい生きた状態で確保しておくかなと頭の隅で思った。自分が作った魔道具に自信がないわけではない。ただ、念のためというやつだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る