第81話 従魔の扱い

 ヒツジの面倒くさい熱弁を受け流して、アルたちは屋敷を辞した。昼食を食べていくことを提案されたのだが、またヒツジに絡まれるのは嫌なので断った。でも、正直お腹が空いている。


「もうお昼か~」

『今日の昼飯は何にするのだ? 我はまた屋台飯を食いたいぞ』

「それもいいけど、時間はあるんだし、どこか食堂とかに入らない?」

『おお! それもいいな』


 来た時と同じ馬車に揺られながらブランと相談する。馬車の窓から外を見ると、ちょうどエルヴィンが近くにいたので声をかけた。


「エルヴィンさん、僕らは庶民街の方に行きたいのですが、途中で降ろしてもらえますか?」

「ああ、構いませんよ。では、冒険者ギルド前につけますね」

「え……、それはちょっと。人通りが少ない場所で降ろしてもらえるとありがたいです」

「そうですか? 分かりました。では、庶民街の門近くにしましょう」


 エルヴィンが不思議そうに首を傾げたが、すぐに場所を変更してくれた。冒険者ギルド前に馬車で乗り付けるなんて貴族や富裕層みたいなことをしたら、絶対に冒険者の中で悪目立ちしてしまう。アルが冒険者という身分から配慮してくれたのかもしれないが、エルヴィンはその辺の機微には疎いようだ。近衛騎士と言えばほとんどが貴族階級の者がなるのだから、冒険者について詳しく知らなくても不思議ではないが。


『飯を食った後はどうするのだ? 魔の森を探索するか?』

「う~ん、そうだね。まずはギルドに行って依頼をチェックしようかな。ランクをもうすぐ上げられるって言われてから、全然依頼を受けていないし。あんまり依頼を受けていないと、冒険者資格を停止させられちゃうかもしれないしね」

『そんな面倒な仕組みがあるのか』

「うん。魔物素材とかを買い取ってもらうことなんかでも冒険者活動実績にしてもらえるから、差し迫って問題があるわけでもないけどね」

『最後にギルドに行ったのは、ノース国での魔物暴走のときか』

「そうだね」


 ノース国での思い出をブランと話していると、馬車がゆっくりと減速して止まった。窓からはちょうど門が見えて、警備兵が不思議そうに馬車を見ていた。


「こちらでよろしいのですか?」

「はい。ありがとうございます」


 馬車の扉を開けてくれたエルヴィンに礼を伝えて身軽に降りる。


「姫様との話に関しては俺の方から閣下へ報告を上げておきます。明日のお迎えは、ヒツジが手配しているようなので俺は来ませんが、それでよろしいですか? 何か不安がありましたら、明日以降も護衛兼事務官として付き添いますが」

「いえ、大丈夫だと思います。ありがとうございます」


 エルヴィンは帰る前にヒツジと何事か話し合っているようだった。おそらく今後の計画の進め方や人員調整など事務的なことをまとめていたのだろう。既にエルヴィンがアルに付き添って行うような仕事はないようなので、アルはエルヴィンの申し出を断った。毎回近衛騎士を連れた馬車に迎えに来られるのも気が引ける。


「では、俺はこれで。もし何か不都合なことがありましたら、ヒツジ伝いにでもお知らせください。城でのアルさん担当は俺だと決まっているので」

「……分かりました」


 アルさん担当ってなんだろうと思いつつ頷く。おそらくコメ栽培計画に関して、城と研究所の間の調整役ということなのだろう。

 エルヴィンと馬車が去ったところで、アルは警備兵たちの不思議そうな視線から逃れるように庶民街へと足早に進んだ。昨日の屋台帰りに、いくつか食堂らしき場所があったのを見ていたので、ひとまずその店を目指す。


「お日様ぽかぽかだねぇ」

『うむ。だいぶ春に近づいたな。この国はすぐに暑くなりそうだ』


 冬毛のままのブランがアルの肩でだらりと項垂れる。既に相当暑いようだ。これは換毛の時期も早まるかもしれない。

 今はまだモフモフの頭を撫でながら歩くと、人で賑わっている店を見つけた。アルが目的地としていた食堂だ。開け放たれている扉をくぐり店内を見渡すと、食欲を誘う良い匂いが立ち込めていた。


「いらっしゃい! あら、魔物使いさんかしら、困ったわねぇ……」


 元気良い掛け声で迎えてくれた女性が、ブランに目を止めた途端に眉尻を下げて頬に手を当てた。その仕草を見て、アルはすぐに頭を下げる。


「すみません、こちらは従魔の入店はダメですか?」

「そうねぇ、あまり従魔自体を見かけないから規則なわけではないのだけれど。不快に思うお客さんもいるからねぇ。もっと空いているときなら良かったんだけど」


 女性の言葉を聞いて店内を見ると、数席の空席があるだけでほぼ満席状態だった。座るとなったら誰かとの相席になるだろう。冒険者は魔物の存在に慣れていて、従魔を見ても物珍し気にするだけだが、普通の町民たちは従魔であっても忌避する者もいる。今もアルたちに険しい顔を向けてくる者がいた。


「分かりました。他のところに行きます。忙しい所をお邪魔してしまってすみません」

「あら、そう? ごめんなさいね。今度は空いているときにぜひいらっしゃいな」


 女性自身は従魔について何とも思っていないようで、むしろブランを可愛らしいものを見る目で見つめてから、申し訳なさそうに微笑んだ。アルは従魔が街で受け入れられないことがあることは重々承知だったため、機嫌を悪くすることもなく、もう一度謝って次は空いているときに来ると約束して店を出た。


『……人は難しいな。我はこんなに可愛かろう?』

「自分で言う、それ?」


 ブランがわざとらしく拗ねたように言うので思わず吹き出して笑ってしまった。ブランの尻尾がアルの頬を撫でる。どうやら、今の対応を何も気にしていないと言いたいらしい。人の世界にブランを引っ張り出しているのはアルなので多少申し訳なく思っていたが、ブランがそんな調子なのでアルも気にしないことにした。


「あの店の料理は美味しそうだったから、今度は空いているときに行こうね。料理を持ち帰りにしてもらってもいいかも」

『うむ。アイテムバッグに入れれば邪魔にもならんし、魔の森探索に行く前にでも寄って買うのも良いだろうな』


 ブランが楽しそうに言うのに頷いていると、道の脇に小さな看板があるのが見えた。大きな道から脇道に入る方へと矢印が書いてあって、〈にゃんにゃん食堂〉と書いてある。ネコをデフォルメしたような絵まで描いてあって、思いのほか上手いその絵に惹かれて看板前で立ち止まった。


「〈にゃんにゃん食堂〉だって」

『……なんだか、むずむずする名前だな』

「そう?」


 ブランが嫌そうに顔を顰めているがアルは可愛らしい名前だと思う。おそらく猫好きがやっている店なのだろう。矢印の先を見ると、少し寂れた雰囲気のある細道だった。


「面白そうだし、行ってみよう」

『……行くのか。我は、猫は好かん』

「あれ、ブラン、猫を見たことあるの」


 さすがに魔物が蔓延る森の中に猫はいないと思うのだが、ブランは猫を見たことがあるらしい。アルとの旅が始まってから見たのだろうかと思うも、アルはこの数か月猫を見た記憶がない。


『あるぞ。いつだったか森に迷い込んできたのだ。何故か白魔豹が親代わりになって育てていた』

「へぇ! 魔物が動物を育てるの?」

『うむ。魔の森の魔物はそうしたことはしないだろうが、我の森では極稀にそんなこともあった。……だが、動物は魔物と比べて弱く儚い』

「そっか」


 表より暗い細道を歩きながらブランの話を聞く。魔物に育てられた動物というのは興味深いが、基礎的な力の違いはあまりにも大きいだろうと思う。迷ったときに魔物に拾われて一命を取り留めても、弱いものが生き抜けるほど、森という場所は優しくない。猫はきっと長生きしなかっただろう。

 その猫のことを思い出しているのか、ブランの雰囲気が少し沈んでいるように感じられた。ここですぐに思い出すくらいだ。おそらくブランはその猫のことを気にかけていたのだろう。だからこそ、好きじゃないと本心とは違うことを言う。亡くした悲しみがあるから、あえて自分から近づこうとはしない。


「あ、ここだ。〈にゃんにゃん食堂〉」


 可愛らしい扉にかかる〈にゃんにゃん食堂〉と書かれた看板。扉のすぐ横にある出窓から、一匹の黒猫がアルたちを興味津々で見つめていた。


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