第78話 変人なだけじゃない
ソフィア以外からの視線を受けて気を取り直したアルは、何かを言われる前にコメを炊く準備を始めた。といっても、あらかじめ洗ってあるコメと水を魔道具に入れてスイッチを入れるだけである。
「ああ、それだけでいいのね? とても簡単だわ。私でもできそう」
「ソフィア様がなさるなんてとんでもないことですよ!」
興味津々で魔道具を観察しているソフィアの言葉にアルが返事をするより先に、ヒツジが語気強く否定した。ソフィアに飛び蹴りをすることには躊躇いがないくせに、彼女が調理をするということは許せないらしい。ソフィアは魔道具作りの第一人者なのに、普段は作った魔道具を試しに使ってみることがないのだろうかと、アルは首を傾げた。
「あら、何か疑問に思われたのかしら?」
「いえ……。姫様は普段魔道具を自分で作ってらっしゃるのですよね? 作ったものを試すことはないのですか?」
「そうねぇ、基本的には他の者が使うかしら。私はそれを近くで観察することが多いわね。私が使う魔道具は、この防御用の魔道具くらいかしら。身の周りの魔道具を実際に使うのはメイリンやヒツジだものね」
ソフィアはドレスの袖口を少し上げて、手首につけられたブレスレットをアルに見せてくれた。それがソフィアの防御用の魔道具らしい。魔石などの動力源はついていないので、接しているソフィア自身から魔力を吸収して効力を発揮するもののようだ。
「それは、先ほどヒツジさんに……攻撃? されそうになった時に使われたものですね」
「ええ。ヒツジのあれは攻撃ではないのよ? なんというか、……じゃれあい、かしら? ほら、猫同士でパンチを繰り出したりするでしょう?」
おっとりと微笑むソフィアだが、アルの目にはヒツジの飛び蹴りはじゃれあいの範囲で済むものではないように見えた。しかし、ソフィア自身がそれを気にしていないのだから、アルも気にしないことにする。アルの後ろでエルヴィンが「それはねぇよ……」と呟いていたが、アル以外には聞こえていないようなのでそれも無視した。
「そうなんですね。その魔道具は衝撃を吸収する効果があるようですね?」
「ええ、そうなのよ! 一目でこの効果に気付いた人は貴方が初めてよ! このブレスレットを作るのにはとても時間がかかったの。結界の魔法陣を個人用に組み替えて、更に衝撃を受ける前に検知する魔法陣や衝撃を受け流す魔法陣を組み込んでいるのよ。その魔法陣をこの細い金属に描くのも時間がかかって大変だったの。でも、ここまで細かく魔法陣を描く経験はそれまでしたことがなかったから、とても楽しかったわ!」
「ああ、このブレスレットに細工のように彫られているのが魔法陣なんですね。とても繊細で美しいです」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。これを作ってからは、細かい魔法陣を描くのが好きになって、他の魔道具を作る時も細かい魔法陣にしてしまうのよね。その方が他人に魔法陣を読み取られるリスクが小さくなって、更に見た目の美しさも邪魔しないのよ」
「分かります。複雑な魔法陣が魔道具の全面にあると、どうしても見栄えが良くないんですよね。貴族の方などは、魔道具を更にレースなどで装飾して、傍目に見えないようにしていると聞いたことがあります」
「そうね。この国の城や貴族の屋敷で使われているものも、布で覆ったり新たに細工を施した箱に入れたりして、魔道具が直接目に触れないようにしているものが多いわ。魔道具はそれ自体で美しい存在なのに勿体ないと思うのよね」
「そうですね。これほど興味をそそられるものはあまりないと思うので、もっとその姿自身も尊重されていいと思うのですが」
ソフィアがニコニコと笑って話すのにつられるように、アルもいつの間にか話にのめり込んで自分の思いを語っていた。それに対してソフィアが全面的に同意してくれるから、アルも話していてとても楽しい。
「ゴッホンッ。……ソフィア様、お茶の御代わりはいかがですか?」
「あら、そうね、お願い」
ヒツジの咳払いで会話が遮られ、ソフィアとアルのカップにお茶のお代わりが注がれる。
『また、こ奴らは、わけが分からんことを話しおって……』
ブランから再びジト目が向けられていた。コメ炊きで気を取り直したはずなのに、ソフィアと話していたら再び魔道具についての語りに熱中してしまっていたようだ。ソフィア以外からは完全に引いた眼で見られていた。どう考えても変人の同類と思われている。……アルにもその自覚はある。だが、魔道具を好きなことのなにがいけないのかとも思っていた。魔道具を好きというだけでソフィアが周りから変人扱いされているのなら、少し可哀想だと思う。たぶん、ヒツジとのやり取りなんかも、変人扱いの一因になっているのだろうが。
「あ、コメが炊きあがったようです」
「そうなの? メイリン、器を用意して」
「はい」
アルが魔道具の蓋を開ける頃には、既にメイリンが器を片手に立っていた。ずっと壁際にいてどこかに立ち去ったようにも見えなかったのに、どこから皿を取り出したのかアルには分からなかった。ブランもぱちくりと目を瞬かせてメイリンを凝視している。
「私が取り分けますので、アル様はどうぞお座りになってお待ちください」
「え、あ、……お願いします?」
『こいつ、どこから取り出したのだ?』
メイリンに無表情で言われて、アルは戸惑いながらソファに座りなおした。メイリンの手には取り分ける用の大きめの銀製スプーンも握られている。それもどこから取り出したのだろうと思って秘かに観察してみると、メイリンの腰元あたりに小さいバッグがあるのが分かった。メイド服に同化していたため今まで気づかなかったのだが、それはアイテムバッグになっているようだ。アルが納得して視線を逸らした時には、アルとソフィアの前にコメが入った皿が置かれていた。
「あら、良い香りがするわ」
ソフィアがキラキラと瞳を輝かせて、白い湯気が立ち上るコメを観察している。添えられたスプーンを手に取る様子はない。アルは毒見がてら先に食べた方が良いのだろうかと首を傾げた。
「ソフィア様、まずは私が」
「ええ」
ヒツジがソフィアの皿からコメを一口分取って食べる。本来なら主人の前に置かれる前に毒見係が毒見しているのだろうが、目の前で作ってしまったのだから仕方ないのだろう。
「お気を悪くされないでね。貴方を疑っているわけではないの」
「もちろん、分かっております」
アルも以前は貴族階級にあった身だ。どんなに安心できる相手から渡されたものでも毒見の必要があることは理解していた。ましてや今日会ったばかりの冒険者から渡された未知の食べ物である。ヒツジの対応が正しいだろうと当然のように頷いた。それを見たソフィアが僅かに目を細めるも、アルがソフィアの眼差しに気づいたときにはいつもの穏やかな表情に戻っていた。
「これは……ほのかに甘く、香り高い」
「あら、ヒツジも随分と気に入ったようね。私も早く食べたいわ」
「……そうですね。大丈夫でしょう」
ソフィアの上目遣いの要求を受けたヒツジが暫く間をおいてから頷いた。毒見としてはそれで十分ということだろうが、だいぶ短い時間のように思える。もしかしたらヒツジには鑑定のような能力があって、それで安全を確かめているのではないかとアルには思えた。
「まあ! 美味しいわ。あの硬い粒が、こんなに柔らかくて甘いものになるのね。僅かに粘り気もあるけれど、味が濃くないからいくらでも食べられそうね」
「そうですね。これはパンに代わる主食として食べられるものですから。この国の辛みがある食べ物と一緒に食べても美味しいと思いますよ」
「そうね。この国では味が濃い副菜が多いのよね。これは上手く中和してくれそうだわ」
アルの解説を聞いたソフィアが何度か頷きながらコメを分析する。コメをこの国で育てることを国家事業にしようと思ったら、コメが国民にどれだけ好かれるだろうかという思索も必要なのだ。この国の食文化にも精通しているだろうソフィアは、コメの可能性を頭の中で吟味しているようだった。
「――――いいわね、このコメというもの。絶対にこの国の民にも好かれるはずだわ。これが広がれば、この国に新たな食べ物がたくさん生まれそうね。とても可能性を感じるわ」
ソフィアは穏やかな口調で分析を口にする。しかし、アルに向けられた眼差しからは抑えきれない興奮と期待が窺えた。
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