第72話 厚遇?

 アルたちを乗せた豪奢な馬車は街中を突き進み、一際目立つ建物の前庭へと入っていった。馬車の中にはリアムとアルとブランだけで、他の騎士たちは馬車の周囲を馬に騎乗して囲んでいる。


「……うわぁ、予想通りの場所についちゃったなぁ」

『うむ。面倒事なにおいがプンプンとする場所だな』

「面倒? 余の暮らす城だ。といっても、余は本城ではなく離れの建物に住んで居るが」

「あ、そうなんですね」


 正直、本城に住んでいなくとも、城の敷地内に住んでいるというだけで、リアムの素性はなんとなく知れる。少なくとも国の重要人物であろう。近衛騎士が警護するというところからも、この国の中心人物に近いと判断できた。


「到着いたしました」


 馬車が止まって暫くすると、オーウェンが扉を開けて手を差し出してきた。リアムがその手を使って馬車から下りるのに続いて、アルも身軽に下りた。その際の介助は固辞する。


「リアム様はこちらに。大公閣下がお会いしたいとおっしゃっております」

「昼餉はどうした」

「大公閣下のもとに用意しております」

「そうか。アル、行くぞ」


 リアムの呼びかけに応じて付き従おうとすると、オーウェンにさりげなく止められた。


「アル殿には別室に昼餉を用意しております。そちらでお待ちいただきたく」

「もちろんです。大公閣下に謁見するなんて恐れ多いことですから」

『飯が不味くなりそうだしな』


 オーウェンの指示にアルは笑顔で了承した。アルとしても、いきなりこの国の君主である大公に会うのは避けたかったのだ。ブランも尻尾をひと振りして頷いていた。

 アルの返答を聞いたオーウェンはほっと安堵した表情で他の騎士に指示を出している。断られたら面倒だと思っていたのだろう。しかし、リアムは不満そうにしていた。


「なんだ、ともに行かんのか」

「さすがに大公閣下にいきなりお会いするわけにはまいりませんから」

「……そんな格式ばった話し方をせんでも良いのに」

「いえ」


 リアムが偉い人だと確定したなら、気軽な話し方は駄目だろうと分かっている。アルとリアムしかここにいないならまだ良いが、たくさんの騎士がいる中で不敬をおかすわけにはいかない。アルの身の安全のための話し方である。


「……仕方あるまい。そなたら、きちんと歓待するのだぞ」

「承知いたしました。アル殿にはご不便ないよう気を付けて対応させていただきます」


 偉い人が個人的に招いた客というのは扱いにくいだろうに、オーウェンは涼しい顔で頷いて、アルの案内を任せる騎士を紹介してきた。


「アル殿、こちらエルヴィンです。お部屋まで案内いたしますので、よろしくお願いします」

「ありがとうございます」

「あとでそなたのもとに行くぞ。あれを紹介せねばならないからな」

「……はい、お待ちしております」


 リアムに答えると、オーウェンが微妙な表情でアルを見つめた。しかし、何も言わずにリアムのエスコートに戻る。

 リアムたちの背が見えなくなったところで、アルはにこにこと見つめてくる騎士に視線を移した。オーウェンに紹介されたエルヴィンだ。まだ若く快活な印象の青年である。


「エルヴィンです。……話し方は敬語が良いですか?」

「いえ。気楽にお願いします。僕は冒険者ですから」

「安心しましたぁ。どういう態度をとれば良いのか迷っていたんですよねぇ。リアム様がお客様を招くなんて、俺が知る限り初めてなもんで」


 一気に砕けた雰囲気になったエルヴィンが大袈裟に安堵した表情をして肩をすくめた。アルとしてもこれくらいの感じで対応してもらった方が気楽だ。


「では、案内しますね~。どうぞこちらに。昼飯の用意とかはメイドが担当してくれると思うので」

「分かりました」


 エルヴィンの後について城に入ると、思ったより奥の方まで連れていかれる。てっきり外に近い部屋に通されると思っていたのだが、客室としてランクが高いところへと案内された。それだけリアムの客というのが重要視されているのだろうが、ここまでされるとアルの方が気後れする。もっと不審人物として警戒されてもおかしくないのに、思いがけないほど厚遇されていた。


『だいぶ奥まで来たな』

「そうだね。あー、どうしようかな」


 どんどん面倒になる事態に、ブランとこそっと言葉を交わしていると、エルヴィンに指示されたメイドたちが昼ご飯を運び込んできた。さすがに温かいご飯とはいかず、冷めたものが多いが、彩り鮮やかで美しく盛られた料理ばかりである。リアムから指示があったのか、二人分を優に上回る量が優美なテーブルを埋めていった。


『……冷めているが旨そうだな』

「そうだね」


 ブランの視線は厚切りされたロースト鳥に釘付けである。アルは新鮮な魚介の料理が並んでいるのを見て首を傾げた。この国に海があっただろうかと疑問に思ったのだ。


「どうぞ座ってください。一つずつ料理を運び込まれるのも嫌だろうと思って、全部並べさせました。俺が取り分けましょうか? メイドの方が良ければ指示しますが」

「いえ、自分でしますのでお気遣いなく。メイドの方々にも下がっていただいて構いませんので」


 壁際に控えるメイドたちは視線を俯けているが、そこにいるだけで存在感がある。普通の冒険者がこのような状況に慣れていたらおかしいだろうと、アルはエルヴィンの提案を固辞しておいた。


「見られてると落ち着きませんもんね~。では、そのように。俺は警護の任務を申し付かっているので、ここに居させてもらいます」


 メイドに手を振ったエルヴィンが壁際に立つ。正直エルヴィンに待機されているのも気になる。しかし、エルヴィンの役割は恐らく冒険者の見張りという意味もあるだろうので、アルは軽く頷いて受け入れた。


「エルヴィンさんは、もうお食事はお済みですか?」

「うーん、まぁ、いつものことなので気にしないでください」


 からりと笑うエルヴィンには悪いが、空腹の人間を前にご飯を食べられるほどアルは図太い性格じゃない。控えめに食事を一緒にどうぞと提案してみると、暫し考えた後に了承された。


「見られながらの食事は気になるので」

「あー、そうですね、じゃあ少しだけ」

『むぅ、我が食う飯が少なくなる』

「……十分あるでしょう」


 文句を言うブランに小声で返して、ブランが好みそうなものをたくさん取り分けてやる。ブランはアルたちを待たずにそれにかぶりついていた。アルも食べたいものを取り分けて、食事を始める。

 どうやらこの国では、大皿で料理が提供されて、それを取り分けるのが一般的のようだ。立食パーティーなどでは多い食事パターンだが、エルヴィンとの会話の中で聞いたところ、一般家庭も大皿で料理を提供しているらしい。


『この肉、冷めていても旨いな! 辛みのあるタレがいいぞ!』

「美味しいね。これは何の味だろう?」


 アルたちが食べたのは、鳥をローストしたものに赤みのあるタレがかかったものだ。鳥肉の甘味にタレの辛みが合わさって美味しい。


「これは幸福鳥コウフクチョウのトウバンジャンソースがけですね。トウガラシというものを使って辛みがついているんです」

「そうなんですね。この辛みが美味しいです」

「気に入ってもらえてよかったです。この国では辛みのある料理が多いので、食べられないと苦労しますよ」


 この国ではトウガラシを使ったメニューが多く、どこでも提供されるものらしい。辛みがあるものばかりもちょっと嫌だなと思ったが、今テーブルに並んでいるものはハーブをかけて馴染みのある味のものも多くある。国外から来たという情報をリアムから聞き、食事の種類にも気をつかってくれたのだろう。

 そうした気遣いを感じつつ、アルたちは並んだ料理を美味しく平らげた。


「新鮮な魚介類もあって、驚きました。この国には海があるんですか?」

「いえ、この国で食べられる魚介類は湖で獲ったものですよ。国の中央に大きな湖があるのです」

「そうなんですね」


 エルヴィンとの会話で疑問も解消され、食後のお茶を楽しんでいると、不意に扉がノックされた。すかさずエルヴィンが立ち上がり、扉の方へと向かう。アルも立ち上がって待った。


「待たせたな。あれを紹介する前に、エマニュエルがそなたに会いたいそうだから、行くぞ」


 エルヴィンが開けるより前に扉が開け放たれて、堂々とした様子のリアムが入ってきた。その後ろを複雑な表情のオーウェンがついて来ている。色々言いたいことがあるようだ。


「……エマニュエル様とはどなたでしょう?」

「大公閣下です」


 アルの小声での確認に答えてくれたのは、傍に戻ってきていたエルヴィンだった。


『やはり、面倒なことに巻き込まれているではないか』

「……まだ、面倒だとは決まっていないよ」


 ブランの言葉に言い返すも、アル自身もその言葉を否定しきれず、力ない言い方になってしまう。


「さあ、行くぞ」


 アルたちの様子に頓着しないリアムに急かされて、気付かれないようにそっとため息をついた。


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