第71話 回避! ……できない
早朝、肌寒い空気の森の中をアルたちは歩いていた。リアムがスイスイと歩いていくのを追って、アルは周囲を観察しながら時々現れる魔物を討伐する。さすが魔の森と言うべきか、現れる魔物の数は多かった。
「……リアムさんの戦い方が理解できない」
『ふむ。あれは、針か……?』
当然、アルたちの前方を歩いているリアムにも魔物が襲い掛かるのだが、リアムはそれを一顧だにせず、いつの間にか倒していた。倒した後の魔物を回収することもなく気にせずに歩いていくので、魔物という存在自体に気付いていないのではと思わされる。
しかし、ブランが言うには、魔物が倒される直前に何か細い針のようなものがリアムから放たれているらしい。それが一撃で魔物を仕留めているようだ。その解説を聞いても、アルは変わった戦い方だとしか思えない。倒れた魔物をちらっと観察してみても針の存在は確認できないので、ますます不思議だ。
「……まあ、ここで現れる魔物は強くないようだし、針の一撃で倒せてもおかしくはない、のかな?」
『何らかの魔法ではないか?』
「そうかもね」
現れる魔物は角兎や森蛇など、ランクが低いものが多い。アルも剣の一振りで倒しているし、リアムが特殊な戦い方で一撃で倒していてもそれほど変ではないかもしれない。魔の森の中でのんびり昼寝をするくらいだし、魔物に対する特殊な能力を持っているのだろうと納得しておいた。
「なかなか進むスピードが速い。もしかしたら昼過ぎには着けるかもしれんぞ」
「あ、そうなんですか?」
振り返ってきたリアムに返事をすると、どこか満足げに頷かれた。
「うむ。人は魔物を警戒して、なかなか森の中を速く進めんと聞いていたが、そなたにはその心配がなさそうだからな」
「ああ、普通はそうかもしれないですね。迷わないように目印をつけたり、魔物に出会うたびに立ち止まって対処していたら、時間がかかりますから」
『普通の冒険者は面倒だな』
「そうだね。まあ、警戒して悪いことはないし」
「ふむ。冒険者は気にすることが多くて大変だの」
普通の冒険者の冒険の仕方というのに興味が湧いたらしいリアムが色々と質問してくるのに答えつつサクサクと森を進む。アルも普通の冒険者とは言えないが、昔に多少は冒険者初級者講習で学んでいるので、常識的な答えを返せているとは思う。時々感心したように頷くリアムはよっぽど冒険者というものに興味があるようだ。
そうした知識を何も知らずに普通に魔の森を歩けるリアムに、冒険者の地味な知識が必要なのだろうかと少し疑問に思いつつ、アルは会話を楽しんだ。
昼を過ぎた頃から、森に人の気配が多く感じられるようになった。街が近いのかもしれない。
「もうすぐ着くぞ」
「人の気配が近いですもんね」
『我は腹が減った……』
「街中で美味しいご飯を食べられるといいね」
『うむ。珍しいものがあるといいな』
「街中の珍しいものか……。余も食べ歩きというものをしてみたいぞ」
「え……」
「だが、余は金を持ち歩かんのだ。金がなくば、手に入れられぬのだろう?」
アルはまさか買い物というものについて説明する日が来るとは思わなかった。ふんふんと頷くリアムを見ながら、浮世離れした感覚を察して苦笑する。やはりリアムは相当地位が高い者に思える。このまま一緒に街へと入って、何か騒ぎにならなければ良いが、と心配になった。
「おお、あれが門だ。人がたくさんおるの」
「……そうですね」
のんびりと言うリアムの雰囲気とは裏腹に、見えてきた門の周囲では騎士らしき者たちが慌ただしく動き回っていた。嫌な予感が増してくる。
「彼ら、何をしているんだろう」
『何かを探しているようだな』
「……うん? 見慣れた顔があるの」
「え?」
リアムが首を傾げた瞬間、門近くで周囲の騎士に指示を出していた一際立派な体躯の騎士の視線がアルたちを捉えた。
「――っ、いたー! いらっしゃったぞ! すぐに確保しろ! いや、丁重にな!」
騎士が叫ぶと同時に、たくさんの騎士の視線がアルたちを突き刺した。いや、彼らが最も注視しているのはリアムだ。しかし、アルたちにも不審げな視線が送られている。
「ふむ。迎えだったようだ」
「……これ、確実に面倒事の雰囲気」
『今のうちにこそっと離れてみるのはどうだ?』
「もう遅いでしょう。普通に彼らの視界に入っちゃってるし、余計に面倒なことになりそうだよ」
『うむ……。飯が遠のく気配がする……』
尻尾を垂らして項垂れるブランの頭を撫でて、アルも落胆を紛らわせた。
リアムはのんびりとした様子で慌ただしく近づいて来る騎士たちを見ている。その落ち着きから、この状況が日常のことなのだとなんとなく分かった。それなら先に言っておけよと思わないでもない。先に言っておいてくれれば、門が見えるより先にリアムから離れるという対処がとれたのに。
「リアム様! 何処にお出かけなのかと探しましたよ! なぜ無断外泊などなさるのです⁉」
「これらの案内をしていたのだ。人の身で夜通し歩くのは苦労するのだろう? だから野営というものをしてから帰ってきたのだ」
「野営……。リアム様が、野営……」
何故か相当衝撃を受けている騎士を、アルはリアムの背後からこそっと観察した。今のところ誰何されていないのだから、それほど警戒されているわけではないのだろうと判断する。依然として不審げな視線に晒されてはいるが。
「……こほん、失礼。そちらは、冒険者かな? 森の中で迷っていたのか?」
「いえ……、いや、まあ、迷っていたようなものですかね?」
迷子というわけではなかったが、明確な現在地も分からず森を歩いていたのは事実だ。ブランが嫌そうに顔を顰めているのを撫でて宥めながら答える。
「オーウェンよ、いつまで立ち話をさせるつもりなのだ」
「失礼いたしました。どうぞこちらへ、馬車を用意しております」
「余は食べ歩きというものをしてみたい」
「っ、とんでもないことです! 大公閣下がご心配されておりますよ。直ちにお戻りを」
「……うむ」
アルはその会話を聞きながら、なんだか凄い地位の名前が出てきたなと思って遠い眼差しをした。予感通り、面倒事は避けられないようである。
「――では、僕らはこの辺で失礼いたします。ご案内ありがとうございました」
「何を言う。あれを紹介してやろうと言ったではないか。余についてまいれ」
さりげなく離れようかと思って言ってみたが、アルの考えに気付かなかった様子のリアムにすげなく却下されてしまった。
そのやり取りに、オーウェンと呼ばれた騎士が不可解そうにアルとリアムを見比べている。
「あれ、とは?」
「あれよ、エマニュエルの娘だ」
「……は? 冒険者を姫様にご紹介するのですか⁉」
アルが会話に入っていないのに、また面倒な地位が聞こえた気がする。まさか、アルが会いたいと思っていた人物は『姫』と称されるような人物だったのだろうか。詳しい素性などは知られておらず、そんな身分の者だとは思わなかった。
「そうだ。この者たちは良い働きをするであろうからな」
「はぁ……?」
リアムは当然のように告げるが、オーウェンから戸惑いの表情が消えることはなかった。なにせリアムの説明が簡潔すぎる。
アルはこの状況をどうしようかなと思いつつも、いつまでも自己紹介もせずこの場に居続けるのはさすがに失礼だろうと、しっかりとオーウェンに向き直った。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。僕はアル、冒険者です。リアム様とは森の中でお会いしまして、お話をしていたところ『魔法技術の天才』と呼ばれる方にご紹介してくださると言っていただいたので、ここまでついて来てしまいました」
「……これは、ご丁寧に。私は近衛騎士団のオーウェンです。事情はよく分かりませんが、リアム様がご要望の通り、とりあえずアル殿もご一緒にどうぞ」
「……ありがとうございます」
できれば出直してこいとか拒否されたかったと思わないでもないが、この場の責任者らしきオーウェンが許容した時点で周りの騎士からの鋭い視線がなくなったので、とりあえずついて行ってみることにした。
『結局ついて行くのか』
「そうだね。ここで断るのも失礼だし」
「うむ。話はまとまったようだな。では、行こう。……オーウェン、余らは腹が減っている。昼餉の用意をさせておけ」
「かしこまりました。早馬で伝えておきます」
ブランとこそっと話している間にリアムがオーウェンに命令していた。その後について歩きながら、アルはしみじみと『リアムさんはやっぱり偉い人だったのか』と思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます