第70話 思わぬ提案

 テントや結界魔道具などを準備して、明かりをつける。ついでに調理用の魔道具も出しておいた。


「さて、今夜は何を食べよう?」

『肉だ!』

「余は何でもいいぞ」


 しれっとリアムも答えていた。当たり前のようにアルが作ったものを食べるつもりらしい。リアムは一つも荷物を持っていないし、当然野営の準備もない。アルの都合に付き合わせるのだから、それくらいはアルの方で準備すべきだろうと納得した。


「じゃあ、お肉を使って温かいものを作ろうか」

『うむ』

「何を食わせてくれるのか楽しみだ」


 結界内は程よい温度にしているが、外は肌寒い。真冬ほどの寒さはなく、もうすぐ春に近いだろう気温だ。それでもなんとなく温かいものを食べたくなって、アルはメニューを決めた。

 アルが調理を始めると、リアムは再び木の枝に登って寝そべり、上からアルたちを眺め出した。ブランは何を作るのかと興味津々でアルの周りをうろつくので、少し邪魔でテーブルセットの方に投げておく。


『むわっ。我を投げるな!』

「だって、邪魔なんだもの」

『むう……』


 拗ねるブランをリアムがじっと見ていた。その視線に気づいたブランが睨み返す。


「ブランよ、長く生きていそうなわりに、落ち着きがないな」

『中身ジジイがうるさいぞ!』

「はっはっはっ、若作りと呼ばれるよりはましだの」


 仲が悪そうなやり取りを繰り返す一人と一匹を無視して、アルはアイテムバッグから肉を取り出した。アカツキのダンジョンで得た五首鷲の肉である。体が大きかったため、これまでにたくさん食べていてもまだ十分な量が残っていた。

 その肉を程よい大きさに切って鍋に入れて酒と一緒に煮込む。味付けはシンプルに塩とハーブだけ。それだけで、良い匂いが漂ってきた。追加でイモとオニオン、ニンジンを切ったものを一緒に煮込んだ。

 肉を煮込んでいる間にコメを炊き、ダンジョン産の野菜のサラダも用意する。


「よし、できたよー」

『旨そうな匂いだな!』

「ふむ。この肉はなんだ?」


 首を傾げつつ近づいて来るリアムをテーブルセットへと促し、アルは料理を並べた。リアムがどれだけ食べるか分からなかったので、いつもよりだいぶ多めに作ったのだが足りるだろうか。


「どうぞ」

『旨い! この肉を煮たのは、スープに肉の旨味が溶け出して、野菜も旨くなっているぞ!』

「そうだね。肉自体が旨味が強いから、シンプルな味付けで十分美味しい」

「ほう。確かに美味い肉だ。このサラダの野菜も新鮮で美味しいぞ。そなたが持っているカバンは時間停止機能が付いたアイテムバッグか。良い出来のカバンだ」


 リアムが優雅にフォークとナイフで肉やサラダを食べつつ、アルのバッグの性能を見抜いていた。サラダの新鮮さからアイテムバッグの時間停止機能に気付かれるのは誤算だった。しかし、リアムはその事実を大して気に留めていない様子だったので、アルも気にしないことにした。


「しかし、この白いものはなんだ? 穀物のようだが……初めて見たな」

「あ……」


 うっかりコメを普通に出してしまったが、コメはアカツキのダンジョンの固有種だ。どこで手に入れたのかと聞かれては困ってしまう。

 リアムはフォークですくったコメをマジマジと見つめ、一つ頷いた後にパクッと口に含んだ。目を閉じてゆっくりと咀嚼し味わっていたかと思うと、カッと目を開いてバクバクと勢いよくコメを食べていく。

 アルはリアムの食べる勢いに少し引きながら、食事を続けつつその様子をチラチラと観察した。


「美味いぞ! なんだ、これは⁉ ほのかな甘みと粘りが癖になるな!」

「そ、そうですか? 気に入ってもらえたなら良かったです」

「これは何処で手に入るのだ?」


 強い眼差しで見つめられて、アルは返答に困った。正直にアカツキのダンジョンのことを告げてしまったら、アカツキに迷惑をかけてしまうかもしれない。それくらい強い意志がリアムの眼差しから感じられた。


「……入手先は秘密です。その方は、今のところその作物を広く売り出すつもりがないので」

「そうか……」


 リアムが残念そうに呟く。さすがに無理強いしないだけの理性は残っていたらしい。何事かを考えながら、大事そうに残りのコメを食べている。


『そんなコメのどこがそんなに旨いのだ。この肉の方がどう考えても旨いぞ』

「馬鹿舌め。このコメの美味さが分からんとは、料理の美味さを語る資格がないぞ」

『なに⁉』

「二人とも、食事中の喧嘩は控えてくださいね」

「すまぬ」

『むぅ、こやつが……。分かった……』


 リアムはすぐに謝ったが、ブランは不満げにボヤいていた。その頭を撫でて、フルーツの盛り合わせを出してやる。それで一気に機嫌を取り戻したブランが嬉しそうにフルーツにかぶりついていた。


「そのコメはこの国で育てられないのか?」

「え? コメを育てたいのですか?」

「うむ。その生産者殿が広く売り出すほどのコメを作れないというなら、この国でも栽培を始めてはどうかと思うのだが。もちろん、その分の金銭は支払おう」

「……そんなに気に入ったのですね」

「ああ」


 じっとリアムに見つめられながら、アルはどう返答するか考えた。アルの手元には自分で育てようと思って用意しておいたコメがあるし、アカツキのもとに戻れば追加で得ることもできるだろう。

 しかし、アルはダンジョン内での育て方しか知らないので、普通の国でどのように育てればよいのか分からない。そういったところをアカツキに聞く必要があるだろう。


『アル、どうせなら、ガッポリ金をむしり取ってやれば良いのではないか?』

「ちょっと、ブラン……」

「金は適正な額を支払うぞ」


 あくどい顔をしたブランを諫めるが、ブランの声を聞きとれるリアムにもその内容は伝わっていたので、念を押されてしまった。アルは元々法外な値段を吹っ掛けるつもりはなかったのに、少し警戒されてしまったようだ。


「では、コメを他で栽培しても良いか、生産者に聞いてみますね」

「おお、そうしてくれるか! なに、返答を急ぎはせん。大々的に新たな作物を育てようと思ったら、色々な手続きがあるはずなのでな」

『なんだ。人間の社会は面倒なことばかりだな』

「もう、ブラン。どうしてそんなに喧嘩腰なの?」

「ふむ。余とブランはそもそもの性質が合わぬようだな」


 性質が合わないとはどういうことだろうかと疑問に思いながら、そっとリアムを観察した。薄々感じていたのだが、リアムはだいぶ地位の高い人物な気がする。話し方だけでなく、当然のように新たな作物栽培を国の事業にしようとしていることからもそう感じる。

 それを察しながらも、問いただしたら面倒そうなので、気づかないフリをした。


「ドラグーン大公国は国土が金気かなけを帯びているからなかなか作物が育たんのだ。このコメが育てられるかどうかは分からんが、やってみる価値はあるだろう」

「金気?」

「……うむ」


 土地が金気を帯びて作物を育てられないというのは難しい問題だ。ノース国も若干その傾向があったが、ドラグーン大公国の方がその影響が大きいようだ。

 リアムは言葉少なに頷き、僅かに悲しみを帯びた眼差しをドラグーン大公国がある方へと向けた。


「では、普段はどういうものを食べているのですか?」

「……多くの穀物や野菜などを帝国本土から輸入している。そのためにドラグーン大公国は帝国の傘下に入っているようなものだ」

「なるほど……」


 穀物等を融通する代わりに、帝国の傘下に入り、何か他の対価を渡しているのだろう。


「こういう難しい話は好かん。だが、そなたは興味があるようだな?」

「いえ、国がどうこうという話は僕もあまり好きじゃないですよ。僕がここへ来たのは、新たな知識を得るためですから。帝国は魔法技術が優れているんでしょう? この国も素晴らしい技術を開発しているのだと風の噂で聞きました」

「おお! 魔法技術か。確かにドラグーン大公国には魔法技術の天才がおるぞ。帝国の本土の魔法大学とやらで学んで帰ってきた者だ。あれのおかげで、いくらか国内での作物栽培もできるようになったし、国民の生活も豊かになった」

「やっぱり、そうなんですね」


 アルが知りたいことをリアムに告げると、途端に目を輝かせて誇らしげに語りだした。

 ドラグーン大公国は帝国本土とは違い、軍事的要素の少ない魔法技術を数多く開発しているとアルは聞いていた。その前評判で興味を引かれたため、ここまでやって来たのだ。アルが学びたい技術は戦いに使うものではなく、より良い生活を送るための技術である。そうした技術を学ぶには、その【魔法技術の天才】に会うのが一番良い方法のようだ。


「そうか、そうか。そうしたことに興味があるならば、余があれを紹介してやろう。そなたも十分魔道具作りの才があるようだし、双方にとって良い結果になろう」

「え、いいんですか? ありがとうございます」


 アルが使っている魔道具からその技術力を察しただろうリアムの提案に、アルは素直に喜んで感謝を伝える。

 国の発展に欠かせないはずの重要人物に会うのは容易ではないと考えていたが、思いの外すんなりと会えそうだと楽しみになった。


『もっとフルーツを食いたいぞ!』

「ブランは食べすぎ!」


 フルーツの盛り合わせを一人で完食したブランの主張に、その興奮もすぐに鎮静化することになったが。


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