辺境の国

第69話 現在地判明

 深い森の中をアルはのんびりと進んでいた。時々果物を採取したり薬草を採取したりしながら、ブランと会話を楽しむ。


『まったく、ここがどこか分からんとはどういうことだ』

「もう、そんなに文句を言わないでよ。ダンジョン前に置いた転移の印を探った感じだと、ここはだいぶ西へ進んだところだとは分かっているんだよ? 帝国に近いんじゃないかな」

『マギ国を通り越したのか』

「うん。それは確かだと思うよ」

『ならばよい。食材もたくさんあるしな』

「足りなくなったら、アカツキさんのところに戻ってもいいんだしね」

『……それは、どうなんだ? 涙ながらに別れたところで、すぐ戻ってきたら、アカツキもどういう表情をしたらいいのか困るだろう』

「そうかな?」


 別に今すぐ戻ったところで、アカツキは大歓迎で迎えてくれる気がする。早速送られてきた手紙にも、『いつでも戻って来て。むしろ今すぐでもいいよ!』と書かれていた。


「久々にちゃんとした外の空気を感じている気がするね」

『うむ。やはり作り物とは違うのだな。だが、ここも魔の森。ある意味で作り物なのかもしれん』

「うーん、でも、アカツキさんのところと違って、明確に別空間ってわけじゃないし」


 久々にダンジョン外の空気を吸うと、新鮮な気がする。僅かに冷たい風が頬を撫でた。外の空気を知ると、ダンジョンの中はある程度快適な温度に保たれていたのだと分かる。


「――ん? 魔物かな?」

『魔物? 不思議な気配だな。だが、どこかで……?』


 アルたちが進んでいる先から、今まで感じたことのない気配を感じた。普通の魔物とは魔力の質が違う気がする。

 ゆっくりとその気配の元に近づいてみると、そこは可憐な花が咲き乱れ、開けた場所になっていた。その中央に一本の大きな木が立っていて、不思議な気配はそこから発せられているようだ。


「可愛い花だな~。でも、完全に観賞用だね」

『なんだ。旨いものじゃないのか』


 不機嫌そうに言うブランの頭を撫でて、木の方へと進む。ちょうど木の真下あたりに来たところで見上げると、人の脚が見えた。


「は?」

『……こんなところに人間か? 魔の森で昼寝をするとは酔狂な』

「ブランは昼寝するよね」

『我が寝ていても、アルが居れば問題ないだろう?』

「そうだけどさ」


 木の枝で人が寝ているようである。アルのところからは、垂れ下がる片脚しか見えないのだが、器用にバランスをとっているようだ。

 しかし、感じられる気配が人間のものに思えない。だからといって、何なのかはまるで分からないのだが、この目で姿を見ていても不思議にしか思えないのだ。


「……なんぞ、うるさいな」

「あ、起きた」

『うむ……』


 アルの声が大きかったのか、枝の上で眠る人が動いた。かけられた声は年齢不詳だが、口調がお爺さんのようだった。


「……お前たち、冒険者か?」


 枝の上で体勢を変えた人物が、ヌッと首を伸ばしてアルたちを見下ろした。無表情で話すので怒っているように感じるが、恐らくこれが彼の普通の状態なのだろう。話し方には興味深げな雰囲気があった。


「はい、冒険者です。うるさくしてすみません。……あなたは、人間ですか?」


 失礼かもしれないと思いつつ聞くと、男の顔に表情が浮かんだ。目が僅かに弧を描き、アルたちを興味深げに見下ろす。その金色の目が珍しく、金髪も相まって派手な印象を受けるが、その雰囲気は静そのものだ。


「人間かと聞くか。なるほど、なるほど。まこと奇妙なものよ。いや鋭敏であるか。……すまぬが、余はそれに答えることはできぬ。今はまだ」

「……そうですか」

『分かりにくい言い回しだな』


 何と答えて良いか分からずにアルは曖昧に頷いたが、ブランがズバッと言い切った。ブランの声は聞こえていないだろうからいいのだが、あまりに遠慮なく言いすぎだと思う。


「狐、失礼だな」

「え……、ブランの声が聞こえるんですか?」

『なに? ……なんだ、こいつ』

「聞こえるとも。狐よ、あまりなめた口を利くでない」

『我を狐と呼ぶな。ブランだ』

「名を持つか、狐が」

『何度も言わせるな。我はブランだ』


 何故かブランの声を聞きとれる上に、険悪な雰囲気になっていた。ブランはそんなに喧嘩っ早いわけじゃなかったはずだが、この人物とは相性が悪いのだろうか。


「ふむ。……そなたが名づけたのか?」

「え? ええ、まあ、そうですね」

『それに何か問題があるのか』

「いやいや、興味深い。なるほど、そなたは狐ではなく、ブランか。分かった、ブランと呼ぼう」

『ブラン様と呼べ!』

「ちょっと、ブラン、いい加減にしなよ?」


 あまりにブランが喧嘩腰なので、さすがに宥めてみる。


『……むぅ。こいつ、気に食わん』

「こいつと呼ぶな、ブランよ。余はリアムだ。敬称はなくて良い」

「あ、すみません。僕はアルです。ブランにも敬称はいりませんから」


 アルが頭を下げると、ブランがプイッとそっぽを向いた。謝るつもりはないらしい。リアムの方は興味深げにアルたちを見ているので、ブランの失礼な態度も気にしていないのだろう。


「そなたらは、なぜここに?」

「えっと、ちょっと不思議な気配がしたので、なんだろうと思って来てみただけなんです」

「ふむ。……そなた、この辺の者ではないな?」

「……ええ。ノース国から参りました」

「ノース国! 遠いところから来たものだ」


 リアムが驚いた様子で僅かに目を見開いた。口調にはよく感情が表れているのに、表情の変化が小さすぎて少し面白い。

 ひょいっと首が引っ込んだと思うと、枝からリアムが飛び下りてきた。結構な高さがあったのに、その衝撃を一切感じさせず、アルの前に立ち、見下ろしてくる。

 前に立たれるとリアムの身長の高さが分かって少し落ち込んだ。


「ここがどこだか教えてもらえますか?」

「ここがどこか? 知らずに来たとは、また可笑しなものよ。ここは魔の森。人が住むところで一番近いのはドラグーン大公国首都だ」

「え……」

『どこだ、それ?』


 ブランは地名を聞いても分からなかったようだが、アルにはその地名に聞き覚えがあった。


「ドラグーン大公国って、帝国の中の?」

「そうだ。よく知っているな」

「……僕のとりあえずの目的地だったので」

『なに!? では、帝国に着いていたということか!?』

「そうみたい」


 驚きで固まるブランと顔を見合わせた。アルも驚いている。まさか目的地に近いところに転移していたとは思わなかったのだ。


「ふむ。では、首都に案内しようか? そこに向かっていたのだろう?」

「いいのですか?」

「余は昼寝に来ていただけだからな。ここは周りを気にせず眠れる良い場所なのだ」

「……そうなんですか」

『魔の森で周りを気にせず寝るな』

「はっはっはっ」


 棒読みのような笑い声だった。表情があまり変わらないので少し怖い。だが、街に案内してもらえれば助かるので言葉にはしないでおいた。


「ここからどのくらいかかりますか?」


 周りに人の気配はない。ドラグーン大公国の首都が近くにあるとは思えないくらい深い森の中だった。


「人ならば、朝から夕まで歩き通せばつくのではないか?」

「……今、夕方になろうとしてますよ?」

「うむ。そのようだな」


 人ならば、とはどういう意味なのだろうと思う。普通、暮らしているところから半日以上かかる場所で昼寝をするだろうか。リアムはすぐに着く移動手段があるのかもしれないが、それをアルたちに教える気はなさそうだ。

 それとは別に気になったことを遠回しに指摘してみるが、リアムは何も気づいてくれなかった。


「僕、あまり夜の森を歩きたくないと思うのですが。できれば、明日の朝一で出発しませんか?」

『我も腹が減ったぞ!』

「ふむ。なるほど。確かに人には休養も必要か。良かろう。明朝出発しよう」


 明確に言葉にして頼んだら、すぐに納得して了解してくれたのでほっとした。

 リアムは不思議な気配の持ち主なのに、何故かアルに危機感を感じさせない。不思議に思いながら、アルは野営の準備を始めた。




――――――――


新章始まりました。

この章から更新を火、木、土曜日に変更致します。

更新回数は減りますが、今後もよろしくお願いいたします!


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