第68話 あるダンジョンマスターの日記
【一日目】
目覚めたら岩壁に囲まれた空間にいた。俺はどうしてこんな場所で寝ていたのだろう。何も思い出せない。
座り込んで周囲を見渡したら、水晶球が浮かんでいた。本物の水晶かどうかは分からない。まるで占い師が持っている水晶球のように見えた。いや、占い師ってなんだろう?
この場所にあるのはその水晶球だけだったので、恐る恐る近づいてみると、それがぼんやりと光りだした。それを不思議に思いながらも、何故か当然のように水晶球に触れていた。
その瞬間、頭に様々な知識が流れ込んできた。頭が割れるように痛かった。そして、俺は気を失っていたのだろう。気づいたら、再び地面で寝ていた。
俺の役割がなんとなく分かった。ぼんやりとした記憶の中でもこういうシチュエーションを知っていた気がする。
水晶球に願うと、色んなものを創ることができた。俺はその能力で一冊の白紙のノートを創り出した。この日記帳がそのノートである。
過去の記憶がないということは、今ある記憶もいつか突然消えてしまうかもしれない。だから、日々の記憶をこの日記帳に残そうと思う。
【二日目】
ここには時間を刻むものがない。だから、今日が本当に二日目なのかも分からない。でも、俺の意識的には二日目だ。今日はこの空間に時間を生み出すことに決めた。
水晶に願ってこの空間に窓をイメージした。すぐに思った通りの場所に窓が出来て、そこから草原が見えた。人の姿はない。しかし、見たこともないような化け物が見えた。魔物というものらしい。
不意に脳裏に警告が浮かぶ。三日後から外部からの侵入が可能になるらしい。あんな化け物が入ってくるのだろうか? そんなのは嫌だ。早く改善しなくてはならない。
とりあえず、時計を創ってみた。この時計でちゃんと適した時間を計れるのかは分からなかったので今日一日観察してみた。日が沈む頃に時計は十八時と表示された。なんとなく合っている気がする。時計はこれで良いだろう。
外部からの侵入対策はどうするか。ぼんやりとした記憶の中を探って対策を考えた。そして、別空間を繋ぎ合わせて、俺がいる場所を一番奥に設定した。そもそも外部からの侵入を防げないのかと色々試してみたが、それは無理のようだ。俺は外に出られないようなのに、外から侵入者はやって来るなんて卑怯だと思う。
【○○日目】
だいぶ環境が整ってきた。時々外から魔物がやって来るが、俺が設定したトラップや魔物で上手く撃退できているようだ。魔物を倒すと、水晶に何かが溜まっていく。その溜まっていくものを使って、水晶は創造の力を使っているようだ。魔物の召喚にも使うようだし、積極的に集めなければならない。
俺の住居の一番近くには妖精が住んでいる。なんとなく浮世離れした雰囲気が好ましくて傍に創ったのだが、彼女たちはだいぶうるさい。俺は話を聞いてほしいのに、一向にそのタイミングが掴めないくらいしゃべり続ける。失敗した。……でも、言葉を忘れないでいられるのは彼女たちのおかげかもしれない。
【○✕日目】
人間がやってきた。なんだか変な格好をしていた。剣を持っていたり、杖を持っていたり、ちょっと怖かった。
妖精たちになんとか聞いてみると、『あら~、それは冒険者ね』と言われた。冒険者って何だろう。未知の場所を探検したり、強い敵と戦ったりするのだろうか。詳しく聞きたかったけれど、妖精たちは既に俺の話を聞いていなかった。とても疲れる。
冒険者という人たちは、次々に俺が召喚しておいた魔物たちを倒して、罠を回避して進んでくる。あまり乱暴な人たちとは話したくない。さすがに剣に刺されて死ぬのは嫌だ。
階層のボスには強いやつを用意している。きっとそこで立ち去るだろう。彼らを見たくなかったので、そっとその映像を切った。
【○△日目】
いつの間にかいつもより多くの魔力が溜まっていた。おそらく人間の侵入者から得られたものだろう。魔物を倒すよりたくさんの魔力を得られるようだ。あの人間たちは結局どうなったのだろう。いつの間にかダンジョンの中から消えていた。
ふと思ったのだが、俺はこのダンジョンから出る道を創っていただろうか。ここへ来る侵入者は、転移の魔法で飛ばされてくる。現状一方通行な気がする。
……つまり、あの冒険者たちは死んだのか。ちょっと嫌な気分になったので、ボス部屋の近くに脱出路を用意しておくことにする。これを使って外に出てほしい。
【○○○日目】
最近たくさんの冒険者がやって来る。でも、俺の元まで辿り着くような奴はいないから、あまり気にしないようにしている。
環境が完全に整うと、俺はどうしてここにいるのかという疑問が再び俺を苛んできた。答えがでない自問自答は疲れる。細々とした作業に集中して、その疑問を忘れようとした。無理だけど。
【○○✕日目】
ああ、俺はどうしてここにいるんだ。俺は何者なんだ。自分で自分が分からない。怖い。
【○△○日目】
ふと『味噌汁飲みたい』と思った。味噌汁ってなんだろうと何とか記憶を探ると、鮮やかに記憶が蘇ってきた。誰が作ってくれたのか、それがどんな状況だったのかは分からない。だが、味噌汁がどういうものか分かったので、その材料を創ることにした。その材料で味噌汁を作る。
結果は……失敗だ。
【○○○○日目】
味噌汁飲みたい。白飯食いたい。豚の生姜焼き食べたい。食べたいものが出てくる度に食材を創るのだが、一回も作れたことがない。
何故かと思って頑張って記憶を探ったら、俺は料理スキルがマイナスと評価されていたらしい。なんだか納得してしまった。俺に料理のセンスはない。
どうしたら美味しいご飯を食べられるのだろう。
【○✕○○日目】
最近冒険者がやって来なくなった。時々魔物が迷い込んでくるので、それで何とか魔力を得ているが、ダンジョンを維持できるものではない。
一度創ったものを壊すのは嫌だが、ダンジョンの規模を縮小するしかないだろう。最低限の防衛機能を残して消去作業をした。とても嫌な気分だった。
【○○○○○日目】
暇になると自分の存在の不確かさを感じて辛くなる。何とか時間つぶしをしたいが、無駄に魔力を使うこともできない。
俺はどうしてここにいるのだろう。
【○✕○✕○✕日目】
冒険者が来た! 白い魔物を連れている。すごくモフモフしていた。触りたい。なんだか冒険者とその魔物は仲が良さそうだ。羨ましい。なんで俺は召喚した魔物たちにあまり慕われないのだろう?
ゴブリンの処理に困っているようだったから、スライムを召喚してやった。この冒険者が来てから、驚くほどの勢いで魔力が溜まっていく。嬉しい。
スライムが餌付けされていた。串焼きが美味そうだった。俺も食べたい。スライムたちズルい。
【○✕○✕○○日目】
ちょっとボスの設定をミスっていたかもしれない。なんだあの待ち時間。さっさと攻撃しろよ。先制攻撃したところで、瞬殺だっただろうけど。相手の戦闘態勢が整うのを待つとか、ナメているのか。いや、この冒険者たちが死ぬのは嫌なんだけど、さすがにこんなボスでは失礼だろう。次のボスはもっと楽しんでもらえるようにしないと。
宝箱の中身ももっと良いものに変えないといけないな。回復薬で落胆させてしまった。悪かったな。魔力節約中に宝箱の中身もランクダウンさせていたんだ。
というか、生姜焼き! 俺も食べたい! なんて美味そうに食うんだ!
【○✕○✕○△日目】
白飯! 食いたい! 唐揚げ! 食いたい! デザート付きかよ! カロリーオーバーだろ! 俺が食ってやる!
早く俺のところまでやって来ないだろうか。彼らなら、問答無用で俺を倒そうとはしない気がする。頼み込んで色んなメリットを提示して、ご飯を作ってもらいたい。
【○✕○✕○▽日目】
ついに彼らがここにやって来る。外に出てしまわないように、踏破報酬の部屋を退けて、俺の部屋を接続しておいた。不安と興奮でドキドキする。
とりあえず、誠心誠意頭を下げて、攻撃しないでもらって、ご飯を作ってもらうよう頼もう。
【○✕○✕✕○日目】
アルさんとブランさんが来てくれた日々は楽しかった。美味しい料理をたくさん食べられたし、たくさん作り置きしてくれたから、いつでも美味しいものを食べられる。
過去の記憶が蘇る頻度が増えてきた。穴あきの記憶だけれど、それはもう俺を苦しめることはない。過去がどういうものであってももういいのだ。アルさんと話して遊んでいたら、自分の過去を気にするなんて馬鹿馬鹿しくなってきた。
俺は今ここで生きている。それでいいじゃないか。過去で苦しむのではなく、今を楽しむのだと決めた。
さて、明日から少しずつダンジョンを変えていこう。次にアルさんが来た時に楽しんでもらえるように。アルさんに頼まれていた植物をちゃんと維持するのも忘れないでおこう。
明日からまた忙しいな。
いつか、アルさんたちと一緒に外の世界を見てみたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます