第67話 ある苦労性な元王子

 ノース国のAランク冒険者として活動するレイは、王子として生を受けた。王が手を付けたメイドが、たまたま身ごもりレイが生まれたのだ。そのときつけられた名前はレイノルド。今はそれを短縮したレイとだけ名乗っている。

 認知はされていたし、それなりの教育も受けさせてもらったが、王族としての暮らしはレイに合わなかった。それゆえ、成人を待つ前に王族籍から抜けることを決めた。王も王妃も異母兄弟も皆優しい人たちだったが、家族の温かさよりも自由への渇望が勝ったのだ。


「――といっても、自由になったか、つったら、微妙だよなぁ」


 現状を振り返り苦笑する。王族でなくなったのと同時に暗部への加入が定められたので、レイは決して普通の庶民のような生き方は望めなかった。しかし、この国への愛情はあったため、今は素直にこの状況を受け入れている。時々、全ての責務を放り出して旅に出たいと思うことはあるが。


「アルと会っちまったからなぁ。余計、自由に旅したくなっちまった……。あいつ、いいよなぁ」


 最近出会った風変わりな友人を思い出し笑みがこぼれる。

 アルと出会ったのは魔の森の中。一人で炎獄熊に対峙しているところを目撃したのだ。あの炎獄熊相手に、普通の剣とおかしなくらい凄い魔法で立ち向かっていた姿を思い出すと、今でも笑ってしまう。見た目は初級の冒険者のくせに、驚くくらい強かった。

 その後の会話も昨日のことのように思い出せる。人を拒絶するような雰囲気だったが、こちらが友好的に話していればその態度も和らぐ。しかし、完全に打ち解けることもなく、人と距離を取りたがる。まるで猫みたいに自由気ままで、近づいては離れていく、難しいやつだった。


「まったく、なんであんなに頑ななのかね……。よっぽど生家での扱いが悪かったのか……?」


 アルのグリンデル国での様子は詳しく知らない。母を早くに亡くし、そのすぐ後に後妻がきていることを考えると、生家での扱いもなんとなく察するものがある。レイは幸運なことに家族に恵まれていたが、アルには家の中で頼れる人間がいなかったのだろうと推測できた。


「しっかし、また凄い手紙を送ってきたな……」


 届いたばかりの手紙を読んで、レイは苦笑した。この町にいた時も、普段は魔の森の中で生活するなんて常識を疑うことをしていたアルだが、変わらず非常識な行動を続けているらしい。

 一切魔の森から出ずに旅をするなんて、普通の人間なら正気を失うし、そもそもやろうとすら思わないだろう。四六時中魔物を警戒して疲れない人間なんていないのだから。疲れた人間は魔物たちの格好の餌だ。


「しかも、ダンジョンか……。なんか、どっかの本で読んだ気がするな」


 レイが勉強をしていたのはだいぶ昔の話だ。なんとなく聞き覚えのある単語について思い出そうとするも、一向に何も浮かんでこない。ため息一つで諦め、調査してもらうように手紙を書いた。ついでに魔の森についての研究書も探してもらうよう伝える。その手紙は、アルが作ってくれた魔道具で送った。

 レイはその魔道具を改めてまじまじと見つめ、理解の範疇を越えたアルの技術力の凄さに感嘆のため息をついた。アルは当然のように差し出してきたが、この魔道具がどれだけレイを驚かせ、さらには国の人間たちを驚嘆させたことか。アルは自分の技術力の高さと非常識さに気付くべきである。いつか悪い人間に利用されるのではないかと心配になってしまう。


「……まあ、あいつはそんな人間に利用されるほど単純な人間じゃないだろうがな」


 今はダンジョンの主まで味方につけているらしい。つくづく常識はずれなやつだ。ダンジョンという空間において神のように創造の力を振るう者を味方につけるなんて、誰もができることではない。

 しかも、アルが書いてきた内容によれば、ダンジョンの主はアルを大切に思って色々と手を尽くしてくれているようだ。ダンジョン内での作物栽培まで協力させるなんて、アルは一体どうやってそこまで懐柔したのだろうか。


「さすがに、ダンジョンマスターの弱みになりかねないことは書いてないな。ノース国の介入は拒んでいるってことか」


 ノース国に近いところにあるダンジョンを友好的に利用できるなら、それはノース国にとって利益になる。ダンジョンマスターの弱みが分かれば、国優位の交渉ができて確実に大きな利益が生まれるだろう。ダンジョンの中では作物が良く生育し、ノース国の食糧事情の改善に役立つだろうと考えられる。

 しかし、アルはダンジョンマスターについて詳しく書いてこなかった。それは、ノース国がダンジョンマスターを使いつぶすことを認めないという意思表示に感じられる。アルにはダンジョンマスターを庇護するという意思があるようだ。


「ま、アルがそう言うんなら、従うさ。俺はアルと敵対するつもりはねぇし」


 国への報告書にはダンジョンマスターについては一切書かないことを決めた。一言でも伝えてしまえば、国は絶対にダンジョンへの介入を考える。それが齎す結果はレイが望むものではない。レイは国の傘下にあるが、唯々諾々と従うつもりはないのだ。


「さて、報告するのは魔の森が作物栽培で役立つ可能性があることくらいかね。うーん、どっかの冒険者が、魔の森で放った種がすぐ実ったとか言っていたか? ほら吹きかと思っていたが、事実だったのか」


 国への報告書を書きながらぶつぶつ呟く。


「魔の森での栽培をするにも問題点は多いよなぁ。魔物対策をどうするかが難しい。そもそも、普通の畑でさえ害獣や魔物被害への対策は難しいんだ。魔の森での栽培なんて、どういう問題がでるか未知数すぎる。まずは初級の冒険者たちを引き連れて実験かね?」


 国からの返答を予測しつつ、書き終えた報告書を転移箱で送った。これは暗部の上司へ届けられる。返答には時間がかかるだろうと思っていると、もう一つの転移箱が光って、手紙が届いたことを知らせた。


「なんだ? ……ああ、ダンジョンと魔の森についての報告書か。仕事がはやいな」


 さっき送ったばかりなのに、すぐ返答がきた。


「なるほどなぁ。魔の森って最初は小さかったのか……」


 すぐ近くにあったものなのに、これまで魔の森自体がどういうものなのか知ろうとしてこなかった。魔の森から溢れる魔物にどう対処するかはたくさん考えてきたのだが。


「さて、折角だし、これもアルに伝えてやろう」


 来たばかりの報告書をもとに、アルへの返事を考える。そのとき、机の隅に置かれた違う報告書が視界に入った。


「ああ、これも教えてやらないとな。あいつ、もうこの存在忘れていそうだが」


 報告書に書かれているのはグリンデル国から来ていたアルの追手に関する情報だ。アル自身はあまり気にしていないようだったが、レイは念のためその動向を調べてもらっていた。追手はアルがダンジョンに入ったのと同時期に追跡を一旦諦めて、この国から立ち去ったらしい。


「やることが甘いよな。グリンデル国は諜報の練度も下がったのか?」


 国が指示しているにしてはあまりにお粗末な追跡調査の仕方だとレイは思う。アルを捕まえるための人間も大した実力を持っていないようだし、いまいち、グリンデル国がアルを捕らえることをどれだけ重要視しているかが分からなかった。


「ふぅ。まぁ、いっか。あいつなら、この程度の追手が迫ってきたとしても問題ないだろう」


 とりあえずアルへの手紙には書くが、世間話のついでのようなものだ。


「あぁ、俺も気楽に旅してみてぇな。なんだよ、この旨そうな料理。実物ねぇのに涎が垂れそうになるとか初めてだよ。なんでこんな事細かに料理の味を書き送ってきてんだよ。腹が減るだろ」


 アルの手紙に書かれていた美味しそうな料理の数々を想像し、レイはとりあえず腹ごしらえをするために食堂に向かった。


「今度会ったら、絶対飯を作ってもらおう。次の日腹痛で寝込んでもいいくらい食ってやる」


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