第66話 ある騎士の苦労
「……いつまで続けるんだか」
グリンデル国の騎士ケイレブは、戦争の影響で活気のない街を窓から見下ろして呟いた。
ケイレブがいるのはマギ国の辺境の町リアだ。魔の森に接した町である。直接戦火に巻き込まれてはいないものの、働き手の多くが戦争に徴兵され、物資も徴収されているために、道を行き交う誰もが暗い顔をしている。
ここにグリンデル国の騎士がいるのは、アルフォンスを捕らえよという命が下っているからであった。この近くでアルフォンスの探知が出来なくなったため、街中で情報を集めているのである。しかし、アルフォンスの情報は全く集まらない。長期にわたり何の成果も得られていない現状に、分隊のメンバーからは疲労と不満の雰囲気が漂ってきていた。
ケイレブの背後で扉が開く音がする。入ってきたのは副隊長のジャックだ。
「分隊長、今日の成果もゼロですよ~」
「……皆の様子はどうだ?」
「駄目っすね~。全然成果ないし、そもそもこの命令の意義がよく分からないって者ばかりっすから~」
「その間延びした話し方はやめてくれないか」
「え~、俺のアイデンティティっすよ~」
「……はぁ」
のんびりした口調で報告してくるジャックにため息をつき、ケイレブは報告書をまとめた。といっても、成果なしとしか報告できないのだが。
「魔法師たちはどう言っている?」
「あ~……」
部屋に置かれたもう一脚の椅子にどさりと座ったジャックが宙をぼんやりと見つめる。ケイレブはその顔を胡乱げに見やった。
「まさか、聞いていないのか?」
「聞きました、聞きました~。なんだっけ~って思って~」
「……はぁ」
ジャックとは長い付き合いだが、このいい加減なところはそろそろ直してほしいと思っている。真面目で堅苦しいケイレブと隊員たちの間に立って関係を円滑にしてくれているのには感謝しているが、ジャックとはあまり相性が良くないのだ。
「あ、そうそう~。ほら、アルフォンス殿って、瞬時に移動する術を持っているんでしょ~? その術で、探知範囲を超えたところに移動しているんじゃないかって言っていたっす~」
「……そうか。推測に過ぎないわけだな。しかし、本当に移動していたなら、ここで調査を続ける意味はない、か……」
「でも~、これ以上、どこを捜索するんすか~?」
「うむ……」
ここまで一切成果がない現状と魔法師たちの出した推測をもとに考えると、ここで粘って捜索しても意味がないのは分かりきっていた。だからといって、どこを探せばよいのかは全く見当もつかない。世界は広いのだ。
「そろそろここを離れた方がいいのは確かっすね~。マギ国の奴らに怪しまれている気配がするっす~」
「なに?」
「今って、戦争の影響で旅人がいる時期じゃないんすよ~」
「……そうだな」
ケイレブたちは、商人を装ってこの国に入国している。そのために多少の商売も行っているが、それでも街の者たちに不審に思われているようだ。一刻も早く次の方針を定めなければならないだろう。しかし、ケイレブは隊長とは言っても、所詮分隊の長。あまり権限は大きくない。独断で次の方針を決めることはできなかった。
「報告書と一緒に次の指示を仰いでおく」
「了解っす~」
面倒なことが山積みの現状に、思わず大きなため息が漏れた。ジャックから少し心配げな眼差しを向けられる。
「……なぜ、公爵家の元子息をここまで執拗に追うのだろうな」
「絶対に生かして連れて来いって命令っすもんね~」
「ああ」
アルフォンスを追うために、まずは公爵が冒険者を動かした。公爵領にいることが分かった時点で、冒険者にアルフォンスを捕まえるよう依頼を出したのだ。その捜索場所はヴェキューの森。現地の者たちには【生きた森】と呼ばれる場所だった。
依頼を受けたのは外からその地を訪れていた冒険者だけだ。現地の冒険者たちはその森の危険性を熟知していたため、夜に森へ入って人を捜索するという依頼を受けることはなかった。それは正しい判断だっただろう。実際に依頼を受けて森に入った者で生きて帰ってきた者はいなかったのだから。
ケイレブはその森について詳しいことを知らないが、夜に森に入るという危険性はなんとなく分かる。公爵が何を思ってそんな無理な依頼を出したのか疑問に思った。おそらく、アルフォンスを逃がしてしまっているという現状に焦りがあったのだろうが。
「国境の関所に配置された面子も~、命令の意味が分からな過ぎて戸惑ったって言ってたっす~」
「なんだ、お前、あっちの小隊にも知り合いがいるのか」
「俺の長所は人脈が広いことっす~」
「……そうか」
関所には騎士が配置されたが、そこでもアルフォンスを捕らえることはできなかった。ノース国の方へと騎士を派遣すれば一触即発の危機に陥るし、無理な捜索が出来なかったのが大きな理由だが、騎士たちの中に命令に従うことへの疑問が生じていたことも一つの要因になっていただろう。
「陛下も王女殿下もどうしちゃったんすかね~。今はこんなことに人手を割くよりも、帝国の脅威にどう立ち向かうのか対策を考えるべきだと思うんすけど~」
「……」
ケイレブは何も答えられなかった。王からの命を伝えてきた騎士団長の顔にも戸惑いがあったのだ。国の上層部で何か予期しないことが起きているのかもしれない。
「――あれ、伝書魔鳥じゃないっすか~?」
「ん?」
ジャックに言われて窓の方を向くと、見慣れた姿が視界に入った。グリンデル国の伝書魔鳥だ。こちらから連絡する前に伝書魔鳥が送られてくるのは珍しい。不思議に思いながら窓を開け放ち、伝書魔鳥を迎え入れた。
長距離を飛んできた伝書魔鳥に水と餌をやり、括り付けられた手紙を受け取る。
「なんて書いてあるっすか~?」
「……次の行先の指示書だ。どうやら、再び探知が可能になったらしい」
「え~、もう帰りたいっす~……」
「任務だ。さっさと準備しろ」
嫌がるジャックを急かして、隊員たちへの伝達を頼む。内心ではケイレブもこの任務を続けることに疑問が積もっていた。
「どうせ見つけたところで捕まえられないっすよ~。だって、瞬時に移動する術を持っているんすよ~?」
「……分かっている。捕まえると言っても、強引にしなければならないわけではない。アルフォンス殿と話せば、一時帰国してもらうことも可能かもしれないだろう」
「それ、どんなお人よしっすか。現実的じゃないっす~。普通騎士が追ってきたら一目散に逃げるものっすよ~」
「……武力行使はしたくない」
「そもそも、武力行使が意味をなす相手っすかね~? 俺知っているんすよ~。アルフォンス殿って、学園の成績一番だったんすよ~。剣でも魔法でも頭の良さでも、敵う人間がうちの分隊には一人もいないっす~。最初から無理すぎる任務っすよ~」
ジャックが言うことにケイレブも納得せざるを得ない。アルフォンスの優秀さは、騎士団に新たに入隊してきた者からも聞いていた。王女がどうしてそんな優秀な人間に婚約破棄を突き付けたのか分からないし、公爵が貴族籍を剥奪した理由も分からない。今こうして必死に捕えようとするなら、最初から手の内にとどめておけば良かっただろうにと思わずにはいられないのだ。
そして、そんな優秀な人間を捕らえるために編成されたのが分隊一つとは、任務の難易度を読み間違っているとしか思えない。騎士団長曰く、王女の指示によるものらしいが、騎士を指揮したことがない人間の考えの甘さに振り回されるのかと、ため息をはいてしまったことを思い出した。偉い人間に従わなければならない下っ端は大変なのだ。
「……無理でもやってみるしかないだろう。ほら、さっさと隊員たちに指示を出してこい。ある程度の物資の調達も必要だ」
「戦時中の街で物資を調達するとか、それも無理っす~。みんなそんな余裕ないっすよ~」
「……分かった。道中で森から恵みを頂くことも考える。できるだけでいい」
「はぁ~、しんどいっす~……」
ぶつくさと文句を言いつつ去っていくジャックを見送って、ケイレブは再び指示書を読み返した。そこに書かれた地名に、思わず眉間に皺が寄る。
「――まったく、面倒なことになりそうだ……」
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