第63話 予定は延ばさない

「お酒~、ビール~、みりん~」


 朝食を終えてアルが片付けをしていたら、アカツキが歌うように呟きながら水晶に手を翳していた。


『何をやっているんだ、こいつ』

「なんだろうね。……あ、もしかして、新たな作物を創っているのかな」

『なに?』


 遠巻きにアカツキを眺めながらブランと話す。アカツキは作業に集中しているようなので、邪魔しないように気を付けた。


「よし、で~きた!」

「何がですか?」

「お!? 気になります? じゃあ、アルさんの森に行きましょう!」


 いつの間にやら、第一層の森は【アルの森】と呼ばれるようになっていた。

 アカツキがその森に新たな作物を創ったようなので、気になったのでついていくことにする。


 既に慣れた道のりを歩き森に行くと、スライムたちがぽよんと跳ねて近づいてきた。この森が出来て以来、このスライムたちはこの森を住み処にしているようだ。


「おはよう、スライム」

『……ぉ……ょ……』

「あれ、今、ブラン何か言った?」

『何も言っとらんぞ』


 微かな声が聞こえた気がしてブランに聞くと、面倒臭そうに返された。肩に乗っていたブランがヒョイと跳びおりて、スライムの横へと歩く。

 スライムたちは緊張した様にピタリと止まった。何度も会っているのに、ブランを恐れているらしい。


『こやつらだろう』

「え?」

『こやつら、念話を使えるようだが、今までアルに波長が合わなかったようだな。それを調整してきているんだ』

「え、そうなんだ?」

『ぉ……ょ……。お、はょ……?』

「あ、なんか聞き取れた気がする! おはよう、スライム」

『お、はょ』


 スライムたちが嬉しそうにふるりと体を震わせて、何処かへ案内するようにぽよんと跳ねて進んで行った。


「どこへ行くのかな」

「……たぶん、俺が新たに植えた場所ですね。なんであいつら、こんなに早く把握してるの?」

「へぇ、じゃあ、ついて行けばいいか」

『さっさと行くぞ』


 首を傾げているアカツキを気にせず、のんびりと森を歩いた。スライムたちの進む速度は速くない。木漏れ日を浴び、爽やかな朝の風を感じながら散歩気分で進む。ブランも尻尾を振りつつ楽しそうに歩いていた。やっぱり森が好きらしい。


「あ、これです! 新たに創った実!」

「うーん、ミソとかショウユの実に似てますね」

『色と形が微妙に違うぞ。葉の形もな』

「言われてみれば……」


 ブランは言うが、本当に微妙な違いだ。知らない人が見たら、違う植物とは思わないだろう。


「ふふん、これが日本酒、あっちがビール、そして向こうのがみりんです!」

「―へえ」


 アカツキが胸を張って説明してくれるが、アルは軽く頷くしか反応の仕方が分からない。別にアルが欲しいと望んだものでもないし。


「え、あんまり興味ない感じです? みりんとか結構料理に役立つと思いますよ?」

「あ、そうなんですか? とりあえず、採取しましょうか」

「加工もお願いします! できれば、加工の魔道具作りも!」

「ああ、アカツキさんじゃ、扱えないんですもんね」


 アカツキは自分で作り出したショウユの実やミソの実も扱えなかったのだ。新たに実を創ったところで、アルがいなければ活用できない。

 完全にアルの力をあてにして創ったのだと分かったが、アルはまあいっかと頷いておいた。アルも色々アカツキに頼んで創ってもらっているし、手を貸すのに否やはない。


『また、面倒な魔道具作りをするのか。……つまらん』


 ブランはそろそろここでの生活に飽きてきたようだし、近いうちに帝国への旅を再開しようかなと思いつつ、アルはアカツキと共に新たな実の採取をした。





「これぞ、日本酒! ビール! でも、みりんは飲んだことないから分からん!」

「なるほど、確かに料理でも使いやすそうですね」


 アルが鑑定をもとに実の加工魔道具を作り、実際にニホンシュ、ビール、ミリンを作ってみた。アカツキは嬉々として出来上がったばかりのニホンシュやビールを飲んでいる。

 アルはその味を確かめつつ、どんな料理に使うのか鑑定で確かめていた。


『それは旨いのか?』

「うーん、ブランは直接飲むのは好まないんじゃないかな」

『つまらん』


 クッションの上で丸まり、尻尾に顎をのせて寛いでいたブランがそう呟いて目を閉じる。


「でも、肉料理に結構使えそうだし、今日はこれを使って夕食を作ろうかな」

『肉か。我はガッツリ肉を食いたいぞ!』

「ミリンですね! 確かに肉料理に向いているはずです! 楽しみ!」


 期待で瞳を輝かせる一人と一匹を見てから、アルは調理に取りかかった。

 作るのはイモと森豚をショウユとダシで煮込んだ煮物。オニオンやニンジンも一緒に煮込む。ミリンを入れると自然な甘味が出て、さらに煮崩れも防ぐらしい。

 よく作るテリヤキチキンもミリンを使うとより美味しくなるようなので作ってみる。


「あ、俺、親子丼食いたいです!」

「オヤコドン?」

「鳥の肉をショウユとかみりんとかダシとか使ったので煮て卵でとじたのを白飯にのせるんです!」

「なるほど、鳥の肉と卵で親子。正確には親子じゃないはずですけど」

「えー、細かいこと気にしないでくださいっす!」


 肉のおかずが多い中、更に肉をコメにのせるのはどうなんだと思いつつ、アカツキが熱心に望むので一応作ってみる。アルやアカツキが食べきれなくてもブランが食べてくれるだろうし、残ったらアカツキが保存するだろう。


「アカツキさんはコメを炊いといてくださいね」

「もうバッチリ準備しときました!」

「……早いですね」

『いつの間に動いていたんだ』


 ご飯のことになると行動の素早いアカツキに少し呆れながら、アルは夕食作りを進めた。



「よし、出来た」

『腹が減ったぞ』

「はいはい」


 既に机の前に座って食べる準備を整えているブランに苦笑しつつ、アルは料理を並べた。アカツキは積極的に配膳を手伝ってくれるので助かる。料理スキルはないが、そうした手伝いは得意のようだ。


「いっただきまーす!」

『お!? 甘味がいつもと違うな! 旨いぞ!』

「ほんとだね。照り具合も違って、見た目もいいし、結構ミリンっていいな」

「そうなんですよ~。ミリンって、和食に欠かせないものなんですよ!」

「アカツキさんって、料理できないのに、知識はわりとありますよね」

「う、……なんかぁ、料理できないのは知識がないせいかもって、めっちゃ調べた気がします」

「へえ、それでも料理は出来なかったんですね」

「うぅ……、その通りっす……」


 涙ぐみながらも、美味しそうにオヤコドンを頬張るアカツキに苦笑しつつアルも食べ進めた。


「あ、そうだ。僕、そろそろ出発するつもりなので」

「え、どこにですか?」

「帝国へ」

「……え?」

「ちょっとここに長居しすぎたかなって思って。そろそろ本来の目的地の帝国へ行こうと思います」

『ようやくか』

「マジ?」

「本当です」


 アカツキが口をポカンと開けて呆然と固まった。そんなに衝撃的なことを言っただろうかとアルは首を傾げる。


「――ええっ!? 俺、もうこんなに温かい料理を食べられなくなるの!?」

「たくさん保存用のものは作ってありますよね? それに最初から、僕はここに長居しないと話していたはずですよ」

「そうなんですけどー……」


 完全に食べるのを止めたアカツキが、うるうると瞳を潤ませつつ呟く。


「人とお喋りできなくなる……」

「妖精とかスライムとか話し相手はいますよね?」

「あー、妖精さんは俺の話なんて聞かずに自分の話しかしないし、スライムは俺に優しくない……」

「そこをどうにかするのがマスターの仕事では?」

「うぅ、アルさんスパルタ……」

『鬱陶しい。さっさと飯を食え』


 落ち込むアカツキをブランが尻尾で叩く。結構勢いよく叩いていたので、アカツキが親子丼に顔を突っ込みそうになっていた。


「ブラン君もスパルタ……」

「そう落ち込まなくても、僕も度々ここに来ますし」

「あ! そうですよね! 一日おきとか?!」

「そんな頻度では来ません」

「ずーん……」


 再び落ち込むアカツキの頭にブランがパシパシとパンチする。

 アルは、ずーんって何だろうと思いながら今後の予定を考えていた。


「うん。明日には出発かな」

「待って! 俺こんなに落ち込んでいるのに、完全無視っすか!? ここはちょっと予定を延ばそうかなって思うところでは?!」


 アカツキが信じられない者を見るような目でアルを見るが、軽く首を傾げてスルーした。


「旅の準備は十分だし、また何か欲しいときはここに来ますね」

「完全に便利屋扱い……。でも、それでもいい。また来てくれるなら……」


 笑顔で再会を確約したのに、何故かアカツキは落ち込んだままだった。


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