第62話 レイからの手紙
転移箱をチェックすると、手紙が届いていた。シンプルな封筒に書かれているのはレイの文字だ。
「あ、返事が届いた」
ブランとアカツキはもうぐっすりと眠っていたので、邪魔にならない光量をつけてレイからの手紙を開封した。
宛名が書かれた後に続くのは、レイの近況だった。相変わらず、Aランク冒険者として魔物を討伐しながら、有用な人材を見つけたり、初心者冒険者を指導したりと忙しい毎日を送っているようだ。
その後、アルが書き送った内容についてが書かれていた。
「はは、文句言われちゃった」
レイの驚きと疲れた表情が浮かぶような文面に、思わず笑ってしまう。
アルが書き送ったのは、ダンジョンやダンジョンマスターという存在についてと、ダンジョンの有用性についてだ。
今アルがいるダンジョンだけでなく、魔の森という広い範囲にある場所もまたダンジョンである可能性があることは、レイを心底驚かせたらしい。そんな情報を近況報告に混ぜて送って来るなと軽く文句を言われてしまった。
レイはアルの手紙を受け取ってから、魔の森に関する歴史を調べてくれたらしい。さすがに昔から魔の森に接する領地だったこともあり、ノース国には魔の森に関する研究書があった。それによると、魔の森は最初小さな森だったものが、数百年の時をかけて範囲を拡大し、現在の姿になっているようだ。
おそらく、その数百年の間にアカツキのダンジョンは魔の森に飲み込まれてしまったのだろう。つまり、アカツキはそんな昔からこのダンジョンに一人でいたことになる。
「なるほど……」
レイの話には続きがあった。
これまでに、魔の森で冒険者が落としたと推測される種などが森の中で育っていることは確認されていたらしいが、その事実を利用することはしてこなかった。その最大の理由が、魔の森が常識から外れた場所であるということだ。
魔の森で作物を育てても、それが恒常的に収穫できるものなのか、どの程度の規模開拓できるのかが不透明だった。また、魔物の脅威も無視できない。不定期に魔物暴走が起こるが、魔の森内での作物栽培がそれに影響を与える可能性もある。
「魔の森内での作物栽培も一長一短か。少なくとも、魔の森に頼りきるのは悪手だな。国として推進するなら、ある程度の安定的収穫が見込めないと駄目だろうし」
レイが言っていることはよく理解できた。冒険者が自分の食い扶持のために魔の森で作物栽培をするのは自由だが、魔物被害を受けても自己責任ということだ。
「アカツキさんに創ってもらったところでも、収穫後に再収穫するにはちょっと時間がかかるみたいだったしなぁ」
森の中に作った畑は定期的に観察しに行っているが、一度収穫した場所に再び野菜や果物が生るのには時間がかかっていた。そのまま消えて雑草だけになっている部分もあった。特に葉物野菜などはある程度種を残すことを考えないと、再収穫は難しいようだ。
「一回実ったところは根ごと抜いちゃって、新たに種を植える方が効率的に育てられるのかも」
色々考えてみるも、レイの国が国家事業として魔の森の開拓を進めるのは難しいように思える。するとしたら、低位ランクの冒険者が魔物討伐ついでに魔の森の浅いところに種を蒔いて、実ったら収穫して売るというのが一番損失の少ないやり方だろうか。
レイも、現在指導している初心者冒険者にその実験をしてもらう予定のようだ。
「魔の森で大量に作物がつくられたら、今畑で作物を作っている人も大変だろうし、不足分を補うくらいの量を作るのが一番良いのかも」
現在作物を作って利益を得ている者たちの生活を保護する観点からも、急激な変化は厳禁だと思う。レイもそうした部分も考えた上で、魔の森内での作物栽培を進めていくのだろう。
「なかなか簡単には上手くいかないか」
国としての利益を求めることが簡単に行えるものではないとアルも重々分かっていたので、この結果に落ち込むこともない。そもそも、アルの知的欲求に伴って得られた知識を友人に共有したに過ぎないのだし、それを必ずしも国のために使う必要もなかった。
「あれ、まだある……」
もう終わりかと思っていた手紙には続きがあった。
「ああ、追手ね……。正直忘れてた」
レイからのグリンデル国に関する情報だった。それによると、グリンデル国からアルに差し向けられた追手は、しばらく前にノース国から撤退したらしい。新たに追手が向けられる様子もなく、恐らくアルの所在がつかめていないのだろうということだった。
「ダンジョンに入ったころからかな。ここ別空間だし、国宝の魔力探知魔道具でも、流石に僕の所在を確認できなくなったんだろうね。まさか、死んだとか思われているのかな」
アカツキのダンジョンは、別次元に存在しているようなものだ。探知できなくなっても当然のことだろう。それを狙っていたわけではないが、結果的に面倒事が避けられたらしいと知って少しほっとする。アルは追手と正面切って敵対するつもりもないし、できれば何事もなく避けて過ごしたい。
「うーん、ここから出たら、また探知されちゃうのかな。でも、どうせ帝国に向かうし、流石にそこまで追手は来ないよね」
呟きつつ、レイへの返信を書く。おそらく追手に関する情報は、レイがわざわざ頼んで調べてもらった情報のはずだから、それに対しての礼は忘れてはいけない。相変わらず優しい人だなと微笑みながら封筒に手紙を入れた。
「今度会ったら手料理を振舞おうかな。何が好きかなぁ。やっぱり肉料理? でも、ノース国は海に面してないから、魚料理も興味持つかも。ショウユ好きだったみたいだし、アカツキさんが創り出した他の不思議食材も気に入るかもな。種とか提供すれば、交易で珍品として高値で扱える食材になるかも」
いつになるか分からない再会を考えて、色々と計画を立ててみる。
『――お前は、何をしているのだ?』
「あ、ブラン、起こしちゃった?」
『ふん』
「レイさんから手紙の返事が来ていたから読んでいたんだよ」
『そうか。……あれは、元気にやっているか?』
「うん。相変わらずな感じみたい」
ふかふかのクッションに寝そべりながら聞いてくるブランの頭を撫でる。興味がない風を装いながらも、元気にしているかは気にしていたらしい。人間の中ではアルにしか興味がなかったブランの変化が少し面白い。
このダンジョンで過ごしてからは、アカツキとも仲良くしているようだし、ブランにも社交性が出てきたのかもしれない。言葉が通じず、頓珍漢な会話をしているアカツキとブランの様子を思い返してふっと笑んだ。
『寝ないのか』
「寝るよ。明日はどうしようか」
『アカツキが、ニホンシュとやらが欲しいと呻いていたぞ』
「お酒かぁ」
『お前は酒を飲まんしな』
ブランの横のベッドに寝そべりながらのんびり会話を続ける。
アルは酒を嗜まないが、酒好きは冒険者に多い。珍しい酒は高値で売買されるとも知っていた。コメという材料で作った酒は、きっと珍品として高値で扱われるだろう。
「――あ、レイさんも好きそうかもな」
お土産にも良さそうだと、少し前向きに酒造りを考える。酒は料理にも使えるし、作れれば無駄にはならないはずだ。
「アカツキさん、作り方知っているのかな……」
呟いてみるも、それはあまりにも高望みだろう。アカツキがそうした知識を知っているとは思えない。
「とはいえ、僕も酒造りは知らないしなぁ」
『なんだ、作るつもりなのか』
「作れたらいいなって思ったけど、難しそうだしなっていうのが今のところ」
『我は酒には興味がない』
「だろうね」
そのまま寝入る姿勢のブランの頭を優しく撫でて、アルも掛け物を深くかぶった。
「とりあえず、明日、アカツキさんに聞いてみようっと……」
光を消した部屋にしんと静けさが戻った。
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