第61話 海の幸

「おっさかな~、釣れるっか~なぁ~」

「楽しそうですね」


 アルたちはこの日海上にいた。アカツキの要望通り自動トウフ製造機を作った見返りに、船の外殻を作ってもらったのである。魔法陣はアルが頑張って考え、レバー1つで簡単に操作できるようになっている。動力はアカツキが創ってくれた大きな魔石で、安定的な推進力を可能にしていた。

 船は全長十メートル程で、上には屋根もついているので日差し避けが出来て、海上でも快適である。


「アルさんって凄いですよね。船の構造まで考えられるんですね!」

「魔道具ではなく手漕ぎの船なら、その構造を調べたことがあったので」

「え? 船大工目指していたとか?」

「いえ。ただの趣味です」

「――シュミ。しゅみ。趣味。……趣味って奥深いものですね」


 何故かアカツキにドン引かれた気がして首を傾げた。何もおかしなことは言っていないはずなのに。


『こいつはどっかおかしいんだ』


 アカツキに向かって、共感したように呟くブランの頭を叩いた。色んな知識を得ることが趣味なのがそんなにおかしいことだろうか。こんな風に役立つのだから、とても良い趣味のはずなのに。


「まあ、いっか。今日はたくさん魚を釣りましょう!」

「――そうですね」


 アカツキとブランの反応に納得できないものを感じていたが、なんとか飲み込んでアイテムバッグから釣り竿を取り出す。アカツキが創ってくれたものだ。釣り糸は透明で強靭、巻き取るのも簡単にできる構造で、これを見た時ちょっと感心した。


「エサはー……」

「これです」

「うへぇ」


 うにょうにょと動いているものを差し出すと、アカツキが嫌そうに顔を顰めた。


「魚卵とかで良くないっすか……?」

「釣りといえばこれって、昔本で読みました」

「本の知識を妄信するの良くなーい! じゃじゃん、異世界式釣り餌です!」


 アカツキが差し出してきたのは、茶色の丸い塊だった。


「魚卵じゃないんですね」

「ふふん、これが一番良い餌のはずです!」

「へぇ。じゃあアカツキさんはそれで釣ってください。僕はこれで釣りますから」

「おお? 釣り対決ですか? そんなうにょうにょには負けませんよ?」

「どっちがよく釣れますかねー」


 なぜか互いに煽って、釣り勝負をする流れになっていた。さっきまでのんびりした雰囲気だったのに。


『――どっちでも、釣れればいいだろう。我は食いごたえのある魚がいいぞ』

「ブランは魔物がかかった時の対処をお願いね」

『うむ。どうせならデカい魔物がくるといいな』

「船は魔物が襲ってきても大丈夫な作りになっているから」


 ブランに魔物への警戒と対処を頼んで、魚影がたくさんあるところで釣りの開始だ。


「美味しいお魚おいでー」


 釣り糸を垂らしてすぐに引きがある。やっぱりこのエサは優秀だ。本に間違いはなかった。

 グイグイと引くのに逆らうように釣り糸を巻き取っていくと、海面に大きな魚影が見えた。相当大きなものに見える。


「え、マジ? アルさん、早くない?」


 焦っているアカツキの声を聞きながら、作っていた網で魚を引き上げた。

 光を反射する銀色の巨体。ビチビチと跳ねるのを船上にのせる。


『おお、デカいな!』

「ええっと、これはー、大剣魚だね」

『ほう』

「生でも焼きでも、煮ても美味しいって」

『食いごたえがありそうだな!』


 大剣魚は一メートルほどの大きさの魚だ。滅多に獲れない魚らしい。とても美味だと鑑定で示されて嬉しくなって、鮮度が落ちないうちに絞めて魔法で冷凍し、アカツキが用意した容器に入れた。容器は保冷効果があるらしい。


「マジっすか、早いっすね。待って。……お、なんかかかった!!」


 焦っていたアカツキのテンションが上がったので、新たに釣り糸を垂らしながらそちらを見ると、嬉々とした表情で釣り糸を巻き取っていた。だが、次第にその表情に覇気がなくなっていく。


「何が釣れました?」


 アカツキが網で掬いあげたのを覗くと、大きな網に小さな魚体が見えた。


「白キスですね」

「小さい……」

「揚げると美味しいらしいです」

「キス……。キス? え、天麩羅にしたら美味しいやつ? え、むしろラッキー?」


 アルがフォローしたからかどうか、アカツキのテンションが急回復した。鼻歌を歌いながら、釣れた魚を容器に入れている。すぐに絞めなくてなくいいのだろうかと思ったが、氷も入っているしいいのだろうと納得しておいた。


『アルはデカいのを釣れ』

「うーん、釣れる魚は選べないからなー」


 再び引きがきた釣り糸を巻きながら、アルはブランとのんびり会話した。


「おお、大きいよ、これ」

『重そうだな』


 強く引かれるのでアルも頑張って巻いていく。アカツキが創った糸は切れない糸だから遠慮なく引っ張ることができる。

 次第に見えてきた魚影はさっきのものよりも遥かに大きい。網を使っても簡単には船にのせられないので、風の魔力も使って引き上げた。


「魔鮪だって。これ魔物だよ」


 攻撃して来ようと跳ねる魚にブランの爪の一閃。あっさり死んだ魔物をすぐに冷凍して仕舞う。さすがに邪魔だったのだ。


『美味しいのか?』

「うん。赤身のお魚だって」

『ほう』

「いいなー! アルさんは、大きな魚ばっかり! 俺、これですよ!」


 既にアカツキも二匹目を釣っていたようで、アルへと見せてきた。


「アジですね」

「おお、アジ? 知ってる。庶民的なお魚!」


 複雑そうな表情をするアカツキに笑って、釣りを再開しする。

 アルたちの釣りは、日暮れ近くまで続いた。





 浜辺に戻ってきたアルたちは、そこに日差し避けのテントを作って休んでいた。今日はこのままここで魚を捌いて食べるつもりで、テーブルセットやバーベキューセットも置いてある。


「なんでー、俺はー、小さい魚ばかりー」

「でも、アカツキさんが釣った魚も美味しそうですよ」


 アルがアカツキの釣った魚を見ると、白キスやアジなどがたくさんいた。アルが釣ったのは大きな魚ばかりだったので、小さな魚の方が調理しやすそうだなと思ってしまう。


「釣り対決はアルさんの勝利っす。やっぱり郷に入っては郷に従えってことですかね。こっちの世界の餌の方が食いつきがいい感じ。いや、ここダンジョン。俺のテリトリーのはずなのに!!」

「大物釣りには僕が用意した餌の方がいいですね」

『今日は何を作るのだ?』

「何を作ろうかなぁ」


 アルが魚を鑑定しつつ考えていると、アカツキにキラキラした表情で見つめられた。


「新鮮な魚は刺身ですよ! あと、天麩羅もいいし、焼き物もいいし、煮つけでもいいな」

「刺身って生ですよね」

「生っす。あ、俺、ワサビ採ってきますね」

「ワサビ?」

「辛みがある薬味です! 刺身によく合うんですよ。米が植えてあるところの近くに沢があって、そこに生やしているんで採ってきます」


 ウキウキとした様子でアカツキが去っていく。アルはまだ刺身を作るとは決めていないのだが、アカツキは刺身を食べる気満々だった。


「――ま、いっか」


 期待を裏切るのもどうかと思って、アルは大量の魚を捌き始めた。ひたすら切っては盛り付けたり、調理の下準備をしたりする。

 アカツキが帰ってきたころには、豪華な刺身の盛り合わせが出来上がり、揚げ物と焼き物をする準備も終わっていた。


「おお! 刺身! ビール飲みてぇ、日本酒もいいな」

「ビール、ニホンシュ?」

「えぇっと、麦から作った酒がビールで、コメから作った酒が日本酒です」

「なるほど。コメからも酒を作れるんですね」

「美味いんですよ! 多分、あんまり覚えてないけど……」


 曖昧な記憶を辿りだすアカツキの沈んだ表情を見てアルは苦笑した。相変わらず食に関する記憶は思い出せることが多いようだが、あやふやなことがほとんどだ。


「酒はワインしかないですけど、どうですか?」

「ワインなら白ですね!」

「どうぞ」


 要望の通り白ワインを渡してから、アルは揚げ物と焼き物を作り始めた。温かいものは出来上がってすぐに食べたいので、アカツキの帰りを待っていたのだ。


「先に刺身を食べちゃってください。僕も作りながら食べるので」

「ありがとうございまーす!」

『旨いぞ! 赤身は濃厚で白身はさっぱりぷりっとしてる!』

「美味しいぃー!」


 アカツキとブランが刺身を食べて美味しそうにしているので、アルも一口食べてみる。アカツキが採ってきたワサビというのはすりおろして少し付けるもののようなので真似してみた。

 鼻に抜けるツーンとした辛みと赤身の刺身の濃厚さ、ショウユの奥深い塩味が合わさって美味しい。生の魚は港のある領地でしか食べたことがなかったが、その時は酸味の効いたタレがかかったものだった。それも美味しかったけれど、今回の刺身はまた違った美味しさがある。


「あ、揚げ物と焼き物もできたよ」

「うぇーい! 天麩羅! 塩で焼いてるのも美味しそう!」

『うむうむ。小さい魚も旨いもんだな! 揚げているのはさっくりほくほくで旨いぞ。焼いているのも脂がのって旨いな!』

「美味しいー! 天麩羅、うまっ!」

「うん、天麩羅って初めて作ったけど美味しい」


 沈みゆく夕日を眺めながら、アルたちはお腹いっぱいになるまで獲れたての魚を味わった。


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