第60話 作れても気に入るとは限らない

 アカツキの部屋を拠点にダンジョン内を巡って食材採取をしたり、新たな植物を創り出してもらったりして過ごしていたが、ふとあることを思い出した。


「あ、海あるなら魚食べたいな」

「魚いいですね~。ここの海、色んな種類の魚がいますよ! 魔物もいるけど、美味しい種類ばっかりです!」

「へぇ」

「あ、塩を作る魔道具とか作りません? ついでににがりも作りましょうよ」

「ニガリ?」


 ダンジョン内で見た海を思い返して、どうやって魚を獲ろうかと考えていたら、アカツキが楽しそうに提案してきた。

 海水から塩を採れるのは知っていたが、ニガリとは初耳だ。


「海水を蒸発させて塩を作る過程で出てくる苦い液体、だったはず……?」

「え、そんなもの何に使うんですか」


 苦い液体とはまさか毒だろうか。たいていの毒は苦みがあると聞いたことがある。


「豆腐を作るのに必要なんですよ~。大豆を創っておくんで、ぜひニガリを作ってきてください!」

「――いや、トウフってなに?」


 アカツキの話を聞いていると、どんどん疑問が増えていく気がする。普段は聞き流すのだが、流石に作れと言っているものについて聞き流すのはよくないだろう。


「味噌汁に入れると美味いんですよ! 冷ややっこもいいな。あ、揚げ出し豆腐も。湯豆腐でもいい。お出汁様あるし」

「――鑑定で作り方分かるかな。まぁ、やってみますか」


 なんだかアカツキがやけに楽しそうに期待しているので、断ることもできなかった。アルも未知の食べ物には興味があるし、とりあえずやってみることにする。


「じゃあ設計図を描くので――」

「創るのは任せてください!」

「……お願いします」


 気合いが入りまくっているアカツキに苦笑して、アルは作業に取り掛かった。まずは必要だろう構造だけ決めて描き、アカツキに渡した。

 塩を作るだけなら簡単なのだが、その途中でニガリという未知のものまで作ることを考えると、魔法陣をどう描くか迷う。


「う~ん、海水を加熱途中で取り出せるようにすればいいのかな。どのくらいの段階で取り出せばいいのか分からないけど、そこは適当に対応できるようにすればいいっか」

『また、面倒な魔道具作りか』


 昼寝していたブランが起きてきて、アルの隣にちょこんと座る。最近はよく暇そうにしている。アルが一人で魔道具作りや料理に熱中しているからだろう。だが、ブランは元々森で微睡む生活をしていたので、退屈というわけではなさそうだ。久しぶりののんびり生活を楽しんでいるのかもしれない。


「塩作りだよ。アカツキさんはトウフっていうのも欲しいみたい」

『トウフとはなんだ?』

「分かんない」

『……分からんものを作ろうとしているのか』


 呆れたように尻尾を振ったブランが、ググっと伸びをして歩き出す。


『森を散歩してくる』

「そう? いってらっしゃい」


 アカツキが用意している第一層行きの扉をくぐってブランが出ていった。ブランはずっと森で暮らしていただけあって、定期的に森に行きたがる。アルもそうだが、元々森の空間が好きなのだろう。


「――よし、この魔法陣でいいはず」

「外観はできましたよー」


 魔法陣が出来上がったところでちょうどアカツキも外殻を完成させてくれていた。用意してくれたものに魔法陣を取り付ける。


「海水に触れるので、錆びない金属で創りました!」

「ああ、それは大事ですね」


 海水に触れた金属は錆びやすいと聞いたことがあったため、アカツキの配慮に礼を言っておく。


「よし。これを海に持って行って使ってみましょう」

「俺も海近くに大豆植えたので、ついでに収穫しますね」

「分かりました」


 アカツキが創った扉をくぐると、そこはすぐに砂浜になっていた。すぐ右手側に穴の開いた岩山がある。

 綺麗な白い砂浜を歩き、海辺に塩製造魔道具を設置した。これは自動的に海水を汲み上げて綺麗にした後、加熱して塩を作ってくれる。


「ニガリってどれくらいでできますかね?」

「俺にはわかんないっす!」

「でしょうね」


 アカツキに期待はしていない。ごく当たり前のように頷いたら、何故かアカツキが落ち込んでいた。


「これはニガリの様子を見つつ、塩ができるのを待つだけなので、アカツキさんはダイズを収穫してきてくれていいですよ?」

「……そうですね。俺がここにいても役に立ちませんし」


 とぼとぼと森の方に歩いていくアカツキを苦笑しつつ見送って、アルは海水の加熱状況を見つつ鑑定眼で鑑定してニガリができるのを待った。


「――ん、これが、ニガリか……」


 高塩分濃度の海水というものからニガリへと表示が変わったところで瓶に液体を取り出す。鑑定はしっかりそのニガリというものの説明と使い方を教えてくれた。


「鑑定、便利すぎてちょっと怖い……」


 アルは鑑定の応用力の高さに引きながら、塩の完成を待つ間に海をのんびり眺めた。


「アルさーん、大豆収穫できましたー」

「あ、ニガリと塩もできましたよ」

「おお! お豆腐作れますね!」


 落ち込んでいたはずのアカツキは、それを忘れたように楽しそうに笑んでダイズが入った袋を振り回していた。ちょっと危ない。


「では、部屋に帰って作ってみましょうか」

「お願いします!」


 ぴしっと直角に腰を曲げて頭を下げるアカツキに苦笑して、アルは魔道具を回収して部屋に戻った。





「茹でたダイズを潰して漉して、豆乳をつくりニガリと混ぜる――」

「へぇ、豆腐ってそう作るんですね。ってか、アルさんの鑑定眼、それ本当に鑑定? 異世界知識も網羅したアカシックレコードじゃないですか?」

「アカシックレコード?」

「なんかー、これまでに世界で起きた全事象を網羅した記憶のこと? 世界が記憶している知識っていうか……。鑑定眼の鑑定結果って、それを基に示されているんじゃないですかね」

「おもしろい考え方ですね」

「ふふん、でしょう」


 何故か誇らしげなアカツキを見て、アルもちょっと納得していた。明らかに現代の知識じゃないものが鑑定眼で示されることがある。それが人が得た知識ではなく、そもそも世界が持っていた知識だというなら、正直腑に落ちる気がするのだ。世界という概念もちょっと難しいのだけれど。


「世界って、創造神とも言い換えられますよね」

「そうっすねー。俺がここに連れてこられたのも、神様って奴のせいなのかなぁ」

「創造神に見いだされて、創造神に似た能力を与えられたということですか」

「え?」


 順調にトウフ作りを進めつつ、アカツキと正解のない会話を続ける。

 アルの言葉にきょとんと目を瞬いたアカツキに、宙に浮かぶ水晶を指し示した。


「あれを使えば、無から有を創造できる。創造神の能力に似ていますよね。魔力は必要っていう制限はありますけど」

「――なるほど。俺はこのダンジョン空間においては、神みたいな能力を持っていますね。え、俺、実はスゲーやつ?」

「スゲーかどうかは分かりませんけど。上手く使えたら便利な能力ですよね」

「……アルさんがスゲーって言うの超違和感あるー」

「僕も初めて言いました」


 そうこうしているうちに、トウフが出来上がった。木のざるや木枠で固めて作って、様々な種類がある。


「おお、これぞ、豆腐!」

「うーん、白い固まりですよね。豆の汁がこんな風に固まるのは驚きですけど」

「食べてみていいですか!?」

「――どうぞ」

「醤油ください」

「はい」


 アカツキがスプーンでトウフを口に運ぶのを、アルはじっと観察した。果たしてこんな固まりが美味しいのかと疑問しかない。


「――美味い!」

「え、泣くほど?」


 一口食べた瞬間から、アカツキが涙をこぼす。アルの料理を食べるたびに感激するアカツキだが、泣くほどなのは久しぶりな気がする。


「僕も食べてみます」


 アカツキがしたように、スプーンですくったトウフにショウユを垂らして食べてみる。最初に来るのはショウユ味だが、すぐに豆のほのかな甘味ととろりとした食感が口を満たした。


「……味薄いけど、美味しいかも?」


 だが、アカツキの感激はあまり理解できなかった。


「豆腐は色んな味が染みやすくて、美味しくなるんですよ!」

「へぇ」


 改めて豆腐を鑑定してみると、確かに色んな調理法が示された。美味しいのかは今一つ分からないが、とりあえず今日はこれらを作ってみることにする。


「じゃあ、今日はトウフ尽くしの料理にしますね」

「やったー!!」


 嬉し気なアカツキのために、アルはトウフ料理を片っ端から作ってみることにした。






『――なんだ?』

「今日はトウフ尽くしです」


 ブランが森から帰ってきたところで夕食を始める。

 テーブルに並んでいるのは、トウフの入ったミソスープや冷やしたトウフに薬味を散らしたもの、揚げドウフにショウユベースのタレを掛けたものなど。肉も必要だろうと、ミンチにした肉と混ぜて焼いたトウフハンバーグというものも用意した。

 最初は不審そうに料理を見たブランも、匂いで美味しいものだと判断したのか、さほど躊躇うことなくかぶりついていた。


「うー、お豆腐美味しいよぉ」

『――うむ。淡白だが、不味くはないぞ。我はこの肉のが好きだ』

「あ、トウフハンバーグね。だろうと思った」


 アルの予想通り、ブランは文句なくトウフを食べているものの、特別好きというわけではなさそうだった。やっぱり純粋な肉が良いのだろう。

 アルは食べ進めるうちに、なんとなくトウフを好きになってきた。淡白な味だが、色んな料理にあって美味しい。濃いめの味付けにする方が、コメを食べ進めるのにも良さそうだ。


「ま、アカツキさんが喜んでいるから、いっか」


 絶対に食べたいというものではなかったが、未知の食べ物はそれなりに美味しかった。アカツキが喜んでいるなら作った甲斐があっただろう。おそらく、アカツキが自分でトウフを作ることは出来なさそうだが。


「アルさん! 自動豆腐製造機、作ってください!」

「……えー」


 キラキラした眼差しで言われて、ちょっとだけ面倒だなと思ってしまった。

 

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