第64話 行先不明

「忘れ物はないね」

『そもそもアルは物を出しっぱなしにせんだろう』

「まあ、そうなんだけど」


 いつも通りに毛繕いをしているブランを抱き上げて肩に乗せる。ブランは尻尾を揺らめかせて寛ぐ体勢になった。


「うぅ、本当に行くんですかぁ……」

「行きますよ」


 うるうると瞳を潤ませながら見つめてくるアカツキにアルは微笑んだ。

 アカツキには様々な魔道具作りを手伝ってもらって、十分必要なものを手に入れることができた。今後魔道具が必要な時もアカツキに頼むと楽だろう。


「これ、転移箱です。手紙をやり取りするのに便利なので使ってください」

「手紙でやり取り……! ありがとうございます! 毎日送りますね!」

「それは、ちょっと……」

「いいじゃないですか~」


 毎日手紙が送られてくるのは少し面倒だなと思ったが、アカツキが嬉しそうなので、アルは苦笑しつつ頷くことになった。


「ここに来やすいように、転移の魔法陣を設置してもいいですか?」

「お? もちろんですよ! どうぞ設置して、頻繁に遊びに来てください!」


 アルが提案すると、アカツキが明るい表情になって、いそいそと水晶の方に向かった。


「っていうか、個人で転移できるとか、アルさん凄いっすね~。これまでこのダンジョンに来た冒険者たちとか、そんな魔法全然言ってなかったんですけど。アルさんが持っているアイテムバッグも持っている人見なかったなぁ」

「ああ、転移の魔法陣は僕のオリジナルの魔法なので。アイテムバッグは材料が希少ですからね。持っている人は多くないでしょう」

「へぇ、そうなんですか」

「何をしているんですか」


 水晶に向かって何か指示を出しているアカツキを首を傾げて見つめる。


「外部からの転移の魔法を使える空間をね、創っているんですよ。ここ微妙に次元がずれているから、普通だと難しいですし。それに、このダンジョンに何かを設置するのって、基本的にはこの水晶で許可を出さないといけないんですよね」

「そうなんですか。植物の種は普通に蒔けるのに」

「ですね~、植物は特殊なんですかね」


 のんびり話していたら、アカツキがふいに顔を部屋の隅に向けた。そこには、今までなかった扉がある。


「よっし! その先に小部屋を創りましたよ。外の空間と繋がりやすくして、魔法陣とかもアルさん限定で設置できるようにしてます!」

「ありがとうございます」


 アカツキに礼を言って扉のもとへ歩いた。扉を開けると2メートル四方ほどの土壁の空間がある。その空間の中央に転移魔法陣の【印】を置いた。これでアルは直接ここへ転移できるようになったはずである。


「それじゃあ、行きますか」

『うむ』

「アカツキさん、お世話になりました。また来ますね」

「うぅ、こちらこそ、お世話になりました。絶対来てくださいね!」


 アカツキと握手をして、アルはダンジョンの外に置いた転移の魔法陣の印を探った。アカツキが言う通り、少し掴みにくいが十分転移はできるだろう。


「あ、アルさん、ダンジョン踏破の出口はこっちですよ!」

「え?」


 よし、転移しようと思ったところで、アカツキから掛けられた言葉にアルは目を瞬いた。


「ダンジョン踏破?」

「はい。一応、最下層までダンジョンを攻略したら、外へと続く転移の魔法陣が現れるように設定しているんです」

「つまり、アカツキさんの部屋まで来たらってことですか?」

「いや~、実は……」


 何故か目を泳がせるアカツキの話を聞くと、本来は妖精の花園の次にダンジョン踏破の宝箱と転移の魔法陣がある小部屋が現れるはずだったらしい。しかし、久しぶりの冒険者で、アカツキを害しそうにないアルがやって来たため、急遽その小部屋を退けてアカツキの部屋を接続したようだ。アルが道中に美味しそうな料理をたくさん作っていたために、会いたいという衝動が抑えられなかったのだと、アカツキが気まずそうに呟いた。

 元々ダンジョンの仕様上、ダンジョンマスターの元へと続くようにダンジョンは創られており、小部屋の隅にも転移魔法陣は設置していた。しかし、万が一にもアルがそのまま出て行かないように、アカツキの部屋を直接つないだようだ。


「まあ、いいんですけど。じゃあ、ダンジョン踏破の宝箱もあるんですか?」

「ありますよ! アルさんが気に入るかは分からないんですけど……」


 アカツキが何もない壁に触れると、そこがぶれるように揺らぎ、見覚えのある扉が現れた。金装飾の扉だ。


「どうぞ」

「――ちなみに、こうした装飾って、アカツキさんの趣味ですか?」


 忘れていたことを思い出して、扉に近づきながら尋ねてみる。アカツキがにこりと笑って頷いた。


「綺麗でしょう! やっぱりダンジョンの扉と言ったら、豪奢な感じがいいなって思って創ったんですよ!」

「――そうですか」


 アルは何とも言えない顔で扉を見つめた。正直趣味が悪いなと思うし、道中でもブランとそう話していたが、アカツキはその話を聞いていなかったようだ。


『こいつのセンスは駄目だな』

「……まぁ、僕もそう思う」

「アルさん?」


 きょとんと見つめてくるアカツキには、自分の趣味の悪さの自覚はないようだった。人によってはこの装飾を好きだと思う者もいるだろうし、アルは感想を差し控えることにする。


「じゃあ、行きますね」

「――行ってらっしゃい。俺は外へと繋がるところには入れないので、ここでお別れです」

「え……」


 次第に開かれる扉を見ていたが、背後のアカツキから寂しそうに言われて振り返った。

 ダンジョンマスターは、ダンジョンという空間の中でのみ生きることができ、外部に繋がった場所には立ち入れないようだ。その制約がなければ、アカツキは外に出て人々に交じって生活していただろう。


「――お元気で、アカツキさん」

「アルさんも。絶対また来てくださいね! もっと楽しんでもらえるように、魔力を節約しながらダンジョンを改良しておきます!」

「分かりました。楽しみにしています」


 笑みを交わして、アルは扉の向こうへと進んだ。背後で扉が閉まる。この扉も一方通行のようだ。

 五メートル四方ほどの空間の中央左側に宝箱があり、その右側に魔法陣が描かれている。魔法陣はその円の中央に立つと作動するようなので、魔法陣に触れないように歩き、宝箱の前に立った。


『最後の宝箱はなんだ?』

「なんだろうね」


 もう警戒する必要もないだろうと思って、アルは宝箱の縁に手を掛けて蓋を開けた。

 宝箱の内部には臙脂の布が張られて、二つの緑色の実があった。


『食いもんか? しょぼいな』

「――いや、スキルの実みたいだよ」

『スキルの実? ……ああ、あれか』

「ブラン、知っているんだ?」


 鑑定眼でその実を見てアルは驚いたのだが、ブランはその存在を知っていたようだ。

 スキルの実とは、食べることで自分に相応しいスキルを一つ得られるという不思議な実らしい。スキルとは剣術や得意魔法、生産系の技術などを指す。スキルを持っていると技術の精度や威力が向上するなどの利点があるが、今のところ鑑定を使わないと自分がどんなスキルを持っているかは分からない。そのため、自分のスキルを把握していない人は冒険者にも多くいる。

 アルは一応自身を鑑定眼で見てスキルを知っているが、あまり気にしたことがなかった。スキルを持っていようがいまいが頑張れば何でもできるので、スキルの必要性を感じたことがなかったのだ。


『今持っていないスキルの中で、相性の良いものが自動的に得られるはずだ。昔食った』

「え、食べたんだ?」

『うむ。味は旨いぞ』

「味とかの話? なんのスキルをもらったの?」

『――秘密だ』


 ブランがニヤリと笑って、口を閉ざした。

 アルはその答えが気になったものの、答えてくれないのを察して諦める。とりあえずスキルの実をアイテムバッグに収納して、転移の魔法陣を見つめた。


「さて、そろそろ行こうか」

『うむ。ここに居ても仕方ないしな』


 魔法陣の中央に立つと、キラキラと光が舞ってアルたちを包んだ。アルの魔法陣ではこんなものは出てこないので、恐らくアカツキが設定した演出だろう。つくづくキラキラしたものが好きなのだなと思いつつ、アルはふと思い至ったことを呟いた。


「あ、この転移魔法陣がどこに繋がっているか聞き忘れたな」

『なに!? 入口の所じゃないのかっ?』

「たぶん、違う――」


 ブランに尻尾で叩かれていると、視界が歪んでふっと景色が変わった。

 

 鬱蒼と木々が立ち並び、背の高い草が押し寄せるようにアルたちを囲んでいる。視界に岩山も洞窟もなく、完全に初見の場所だろう。


「ここ、どこ?」

『アホーーっ。行先くらい聞いておけ! むしろアカツキが先に言っておけっ!』


 ブランにバシバシと叩かれながら、アルは苦笑して周囲を観察した。旅再開の前に、現在位置の把握が必要なようだ。


「ま、このくらいのミスがあるのも楽しいよね」

『のんきか!? 普通なら遭難者だぞ!』

「僕とブランがいれば大丈夫でしょ」

『――まあ、そうだが……』


 言葉の勢いをなくして呟くブランの頭を撫でて、アルは微笑んだ。



――――――――


不思議なトコロ編はここまでです。

ありがとうございました。

今後もアカツキたちは出てくると思うので、ぜひ覚えておいてあげてください。

次から少し番外編を挟んで新章を考えています。

よろしくお願いいたします。


――――――――

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