第59話 便利なものは遠慮なく使う

 五首鷹のカラアゲに感激された翌日、アルはダンジョン第二層の水場までやって来ていた。アカツキが直通の道を創ってくれたので、一瞬で到着できる。


「おお、もうコメが実ってる。さすがダンジョン」

『コメより果物がいい』

「じゃあブランは果物採取してくる? 前に収穫したところも、もう果物なっているかもよ」

『そうだな! 行って来るぞ!』

「はーい、行ってらっしゃい」


 駆けだそうとするブランの首にアイテムバッグを括り付けて送り出す。これがないとさすがに収穫したものを持ち帰ってこれないだろう。もしかしたら食い尽くしてくるつもりだったのかもしれないが。


「さて、僕はコメを収穫しようっと」


 アカツキの分まで用意していたら、コメが足りなくなりそうだったので追加で収穫しに来たのだ。コメを収穫し終わったら、アカツキに頼んで脱穀用の魔道具も作ろうと思っている。いくらアカツキに時間があるとは言え、一つずつ殻を剥くのは疲れるだろうし、アルも簡易にできる魔道具を欲しかったのでちょうどいい。


「前に作ったいかだを出して――」


 アイテムバッグに収納していた筏を出して、以前と同様にコメを刈りに行った。この水場は透明度が高くて、日差しをキラキラと反射しているので、見ているだけでもちょっと楽しい。のんびり景色を楽しみながら黄金色のコメのところまで行って、サクサク刈り取っていった。


「このコメって、なんで水場に生やしているんだろう? 普通に陸地に生やした方が収穫が楽だろうに」


 疑問を呟きつつ岸に戻り、ブランを回収しに行った。






「おお、たくさん収穫しましたね!」

「アカツキさん、植物を植える作業は終わったんですか?」

「頼まれていた分は終わりました!」


 アカツキの部屋に戻り収穫したコメを出していたら、満面の笑みを浮かべたアカツキが寄ってきた。

 頼んでいた作業は終わったらしいので、準備していた紙をアカツキに渡す。コメを食べられる状態にするための魔道具の構造を書いておいたものだ。


「これなんっすか?」

「このコメを加工する魔道具です。これからコメ粒を取り出して、脱穀するんです」

「おお! 便利ですね!」


 アカツキが瞳を輝かせていそいそと水晶に向かった。アルが要望していることをすぐに察してくれたらしい。

 アルが考えた脱穀の魔道具は、コメを乾燥させて茎や葉を取り除いた後に殻も除き、その後コメ表面のヌカを取り除くというものだ。

 アカツキが前に「お米が白くない……」と残念そうに呟いていたので詳しく聞いたところ、コメ表面のヌカと呼ばれる部分をしっかり取り除いた方がコメが美味しくなるらしい。そのため、ヌカを取り除く機能を付け足してみた。一応ヌカを残すこともできるようにしている。


「はい! できましたよ」

「ありがとうございます」


 アカツキに創ってもらったのはさすがに大きい。下に車輪を付けているので移動は簡単だが、基本的には置きっぱなしの魔道具だ。

 アルが描いておいた魔法陣を付けて、魔石をセットする。


「じゃあ、アカツキさんがやってみてください」

「――分かりました」


 神妙な面持ちで、アカツキがコメを魔道具にセットしてスイッチを入れた。コメを置くところは幅広のベルトになっている。一瞬の間の後、魔道具が作動してベルトが動き、コメが魔道具に入っていった。


「すっげぇ、ハイテク!」

「よし、いい感じに入っているね」


 乾燥が終わった後、茎や葉が取り除かれる。これはベッドなどに使えそうなので、自動焼却せずに付属の袋に溜まるようにしている。

 茎や葉が完全に除かれた後は殻が除かれるが、これは自動焼却される。その後のヌカは、アカツキ曰く利用できるらしいので、一応別の袋に溜まるようにしている。


「おお、出てきましたよ!」


 魔道具の手前にあるところから、白くなったコメが次々に出てきた。その下にセットした麻袋に少しずつ溜まっていく。


「真っ白ですね」

「これぞ白米!」

「へぇ」


 小麦も真っ白なものは価値が高い。殻を手剥きして粉を挽くので手間がかかるからだ。小麦用の魔道具も作ってしまったら楽だなと思う。自分で小麦を育てだしたら、絶対に必要な魔道具だ。


「アカツキさん、小麦の製粉魔道具も作っていいですか」

「もちろん、構いませんよ! 俺、パンも好きです」

「――アカツキさん、自分でパンを焼けるんですか?」

「え……」


 にこにことしていたアカツキは、改めて自分の料理スキルのなさを思い出して、少ししゅんと項垂れてしまった。


「あ、僕の畑のところに小麦も植えておいてください。代わりにパン焼きの魔道具も作りますので」

「まじっすか!? アルさん、神様ですね!!」


 ぱあっと顔を輝かせたアカツキが、ウキウキと水晶に向かっていった。無遠慮に指摘してしまったからそのフォローのためにとりあえず言ってみたのだが、パン焼きの魔道具くらいは簡単に作れるかと思って苦笑しておく。

 早速小麦の製粉魔道具と自動パン焼き魔道具の設計を考えて、紙に書いておいた。これを渡せばアカツキがすぐに作ってくれるだろう。


「――アカツキさんって、本当に便利」

「アルさん! 小麦植えましたよ! あ、それが魔道具の構造ですね。すぐ創ります!」

「お願いします」


 やる気に満ち溢れているアカツキを邪魔しないよう、アルもにっこり笑って設計図を手渡した。


「――うーん、他に何か作りたい魔道具あったかなぁ」

『アカツキを使いまくっているな』

「うん。便利だし」


 アルがすることをのんびりと眺めていたブランが呆れたように言ってくるので、アルはあっけらかんと笑って答えた。アカツキに色々依頼していても、それはアカツキ自身の利益にもなるわけだし、後ろめたいところなんてひとつもない。


「魔道具考えるのって楽しいな」

『……お前はそういうのが本当に好きだな』

「うん」

「アルさん! できましたよ!」

「ありがとうございます」


 アカツキに渡されたものに魔法陣をつけて魔道具を完成させる。今は手持ちに小麦がないので実証できないが、これで十分に製粉できるはずだ。パン焼きも材料を混ぜて寝かせて焼くという工程をひとつの魔道具内でできるようにしているので、アカツキでも使えるだろう。


「早速パンを焼いてみますか?」

「う~ん、白米も食べたいですね……」

「じゃあ、両方?」

「そうしましょう!」


 アルの提案に満面の笑みを浮かべたアカツキが、コメ炊きとパン焼きの魔道具を作動させる。

 その様子を見ながら、アルはパンとコメの両方に合うおかずを考えていた。


「うーん、甘口ショウユタレのお肉はどっちにも合うかも。でも、ハーブ塩で焼いたお肉もいいなぁ」

「照り焼きチキンがいいです!」

「テリヤキチキン?」

「甘口ショウユタレを絡めた鶏肉を焼いたものです」

「ではそれにしましょう。まだ五首鷹の肉が残っていたはず――」


 アカツキの要望を受けて調理に取り掛かった。ブランがつまみ食いを狙っているが断固として許さない。

 テリヤキチキンだけではメニューが寂しいので、副菜に新鮮野菜のサラダとジンジャー入りミソスープを作った。ミソスープには野菜の他に森豚も入れているので、ブランでも喜んで食べるはず。


「ご飯炊けましたー。パンも焼きあがってます!」

「おかずもできましたよ」


 アカツキが用意したコメとパンと一緒にテリヤキチキンとミソスープ、サラダを並べる。茶色み多めのメニューだが、サラダの彩りで何とかなっているはずだ。


「いただきます!」

『旨いぞ! このスープは具だくさんで森豚の甘味もあっていいな』

「美味しいね。ジンジャーがいいアクセントになってるよね」

「照り焼きチキンうまー。チキンじゃないけどうまー。同じ鳥科だからモーマンタイ」


 感激したアカツキがよく分からないことを言うのはいつも通り。アルとブランは気にせず食事を続けた。

 ダンジョン産の野菜も新鮮で甘味があって美味しい。ドレッシングにはブラッドレモンを使ったが、さっぱりしていて肉の味の濃さをリセットしてくれる。

 テリヤキチキンはコメと一緒に食べても、パンにはさんで食べても美味しかった。


『旨かった! 今日のデザートはなんだ?』

「えー、果物じゃダメ?」

『うむ。チーズとクッキーをつけてくれ』

「はいはい」


 ブランの遠慮のない要求に頷く。アカツキのおかげで調理が簡単になったのでクッキーやチーズなども作りやすくなった。明日にでも保存用にたくさん作ることを決めて、食後のデザートに作り置きのものを出す。


「毎回デザートまであるとか、ここは天国……? あ、俺、飲み物はコーヒー……」

「コーヒーって何ですか?」

「コーヒーがないだと?! 社畜の必需品ですよ! ……あれ、社畜ってなんだ?」


 何故か衝撃を受けたように固まった後、自問自答し始めたアカツキを放って、アルとブランは食後のデザートを楽しんだ。


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