第58話 ダンジョン内の森の開拓

 スライムたちと協力して黙々と作業して、森の中に開けた空間が出来上がった。根まで取り出した木が再び生えてくる気配はなく、作物を植えるのに十分な空間が確保できたようだ。


「うぅ、頑張って創った森……」

「種を植えるよー」


 じめじめとした様子でしゃがみこんでいるアカツキを意識的に視界に入れないようにして、アルは魔法で土を掘り返しつつ、種を植えるところを決めていった。


「まずはこれ、糖蜜花!」

『おお、あの甘いのか!』


 嬉しそうに尻尾を振るブランの頭を撫でてから、糖蜜花の種を植えていく。掘り返したところに早速雑草が生えてきていたが気にしない。きちんと植えた種が芽吹けばいいのだ。


「お、早い」

『む? このちっこいのが、糖蜜花の芽か?』


 雑草の合間から小さな芽が出てきていた。植えてすぐにこれとは、やはりダンジョンマスターが意図しない外部の植物にも、魔力による育成促進の力が関与しているのだろう。


「すぐに蕾が出来たねぇ。でも、これ、花の時期が短くなっちゃわないかな?」

『いや、成長がゆっくりになったようだぞ?』


 アルの疑問に答えるように、すくすくと伸びていた糖蜜花の成長が止まった。


「ダンジョン内の植物は、基本的に全盛期で成長が緩やかになるんですよ」

「ダンジョンって便利な空間ですねぇ」

『都合が良い能力ばかりだな』


 アカツキの解説を聞いて、思わず苦笑してしまう。成長は早くともすぐに枯れてしまっては嫌なのでアルにとっては有難いことなのだが、あまりにも人間に都合の良すぎる機能な気がする。


「人間にとって都合が良いっていうより、ダンジョンマスターの管理の楽さのためって感じなんですけどね」

「あ、そうなんですか?」

「ほら、すぐに植物が枯れちゃったら、次々に植物を生やさなきゃいけなくて、面倒だし魔力も使うしで大変でしょう?」

「なるほど……」


 確かに、ダンジョンの機能は、ダンジョンマスターという視点から見た時が一番便利なものだろう。


「この糖蜜花は暫く咲いていそうだし、もっと植えようか」

『ふむ。果物の木も植えるぞ』

「ああ、たくさん種もあるしね」


 アルは頷きつつ、アイテムバッグから次々と種を取り出して植えていった。ブランやスライムたちも手伝ってくれたので、植える作業は思った以上に早く終わる。


「なんか、壮観……」

『うむ。時間が猛スピードで進んでいるようだな』


 果物の木がすくすくと育ち、その手前では野菜が既に育ち切っていた。すぐ近くにあるトマトを収穫して齧りついてみると、ジューシーで甘い果肉が口に広がった。元のトマトより美味しくなっている気がする。


「最初にあった木が生えてくる気配もないし、ダンジョン内でも畑は作れるって証明できたね」

『うむ。雑草は生え放題だがな』

「作物の邪魔にはなっていないんだから問題ないでしょ」


 森の中に忽然と存在する畑はちょっと奇妙だが、アル以外の冒険者がここにやって来ることはあまりなさそうなので気にしないことにする。アカツキもここ暫く人の姿は見ていないというし、この畑の存在が明らかにされる心配はあまりないだろう。知られたところで問題があるわけではないし。


「あ、でも、レイさんに報告しておこうかな」

『なぜだ』

「だって、ノース国って作物育てるのも大変な感じだったからね。魔の森に適当に種を放っておけば野菜とか穀物とか育てられるなら楽じゃない? 魔物の問題はあるけど、森の浅いところにまとめて植えれば、低位の冒険者でも収穫できるし」

『ふーん、そうなのか』


 ブランから聞いてきたのに興味なさそうな返事をされた。実際、ブランは基本的にアル以外の人間に興味がないし、人間社会にはもっと関心がない。レイのことは多少気に入っているようだが、レイが背負う大多数の人間の生活なんて気にするものではないのだろう。


「ダンジョンについてとかも報告しておこうっと」


 旅に出て以来一切連絡を取っていなかったのだが、そろそろ何か報告をしないとまた薄情者とか言われてしまいそうだ。レイの方からも何も言ってきていないので問題はないのかもしれないけれど。


「こういう、手紙を出す感じ、ちょっと楽しいかも」


 これまで特に報告することもなかったが、こうして連絡を取ろうと思うと、何を伝えようか考えてワクワクしてきてしまった。ダンジョンのことを報告したら、レイはきっと驚くだろうと考えて、つい笑ってしまう。


「アルさん、もしかしてそのレイって人が初めての友達とか? そういう関係に慣れてない感じが、なんか可愛いですね!」

「アカツキさんはずーっと独りぼっちだったんですもんね」

「……うぅ、そうです。ぼっち歴は俺の方が長いっす……」


 にこりと微笑んだアルの言葉に打たれたように、アカツキがどよーんと落ち込んでしまった。アルは気にせず畑から作物を収穫していく。とりあえず今生っているものは全て収穫するつもりだ。アカツキのための料理を作ったら、買いだめしていた野菜類が減ってしまっていたのでちょうど良い。ブランが果物にかぶりついているのも今日は見逃しておいた。






「レイさんへ――」


 ダンジョン内での畑の検証を終えたアルたちは、アカツキの部屋に帰って来てそれぞれ寛いでいた。アルはアカツキが用意してくれた書き物机について、これまたアカツキが用意してくれた瀟洒な手紙セットを使ってレイへの手紙を綴る。

 ブランはクッションに埋もれてへそ天の体勢で眠り、アカツキはアルが要望した植物を森に植える作業を水晶を通してしていた。


「う~ん、こういうとき、どう書けばいいのか分からない……」


 アルは貴族的な手紙の書き方は熟知しているが、そういう文面はレイは望んでいないだろうと思うのだ。だが、どの程度砕けた風に書けばいいのか分からない。これまでのように、要点だけを書いたメモを送るのはさすがに味気ない気がするし。


「なんか日記っぽくなるなぁ」


 旅に出てから起こったことをつらつらと書いていくと、日記のようになってしまったが、理解できればいいかとそのまま続けた。

 旅に出て、ダンジョンと言われる空間に入ったこと。未知の食材にあふれた空間で、新しい料理を作ったこと。ダンジョンマスターと言われる存在に出会ったこと。魔の森もダンジョンである可能性があること。

 知りえたことを書き綴ると、手紙は結構な枚数になっていた。これは送られた方の迷惑になるのでは? と一瞬考えるも、レイなら気にしないだろうと判断した。


「魔の森で作物を効率的に育てられる可能性がありますよ、と」


 レイにとって有益になりえる情報を書いて、とりあえず手紙を書き終える。間違いはないかと確認してから封筒に入れて転移箱で送った。


「レイさん驚くかなぁ」


 どんな反応が返って来るか楽しみにしながら、アルはアカツキが作業しているところへ向かった。


「どんな感じですか?」

「えっと、この辺の薬草は、アルさんの畑の近くに植えました」


 アルが欲しい植物を書き連ねた紙を見せながら、アカツキが現状を報告してくれる。水晶で指示を出すだけだろうと思っていたが、こうして植物を選択的に植えるのは時間がかかるものらしい。アルが要望したものの3分の1ほどしか作業が進んでいなかった。


「急ぐものではないので、のんびりやってください」

「はーい、ありがとうございます」

「あ、夕食は何を食べたいですか?」

「夕食のリクエストができるだと!? ここは天国か……? 俺、唐揚げ食いたいっす!!」

「カラアゲ?」


 急に興奮した様子のアカツキにちょっと引きながら、その要望に首を傾げる。


「ほら、アルさんがこの前作っていた揚げ物ですよ! ショウユダレに漬け込んだ肉を揚げたやつ!」

「ああ、あれ。カラアゲって言うんですね」

「そうっす。あれ、白鶏の肉で食いたいっす」

「え……」


 アルは白鶏の卵は獲ったが、その肉は持っていない。これから狩ってこいと言っているのだろうか。


「あ、肉は獲ってないのか……。鶏の唐揚げ食いたい……」

「五首鷹の肉じゃ駄目ですか?」

「え、それ美味しいんですかね?」

「食用の鳥の魔物としては、最上位の肉質って鑑定ででてますけど」

「それでお願いします!!」


 アルの手持ちの肉を提案してみたら、目を輝かせて賛同された。美味しければ肉の種類にこだわりはないらしい。


「じゃあ、今日は五首鷹のカラアゲですね」


 期待の眼差しに応えて美味しいものを作ろうと思う。アカツキにはアルの要望をたくさん聞いてもらっていることだし。




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