第57話 意外に有能なモノたち

 アカツキが創った扉を通ると、そこは見慣れた洞窟だった。どうやら洞窟の壁に扉を開けたらしい。視線をずらすとすぐに分かれ道が視界に入る。アルがつけた目印が右の壁についたままであり、ここが最初に訪れた洞窟の分かれ道だということを示していた。


「あー、ここの洞窟やっぱり殺風景だなぁ。最初は結構入り組んだ迷路にしていたんですけど、どんどん規模を縮小させていったんですよねぇ」

「ほぼ一本道ですもんね」

「ここをまた迷路にしてもいいんですけど、アルさんたちが来なくなった後を考えたら悩みどころなんですよね。今は潤沢に魔力がありますけど、このまま冒険者が来ないようなら、また魔力不足になっちゃいますし」

「そうですね。僕もいつまでもここにいるわけじゃないですし」


 アカツキが悩みつつ洞窟を眺めているのにアルは軽く頷いた。アルにはダンジョンの運営というのはよく分からないが、必要な魔力を今後も得られるか不透明な中、闇雲な規模拡大は悪手だろうとは分かる。

 アルはこのダンジョンに定住するつもりはないし、アルの魔力をあてにしてダンジョン運営されるのも嫌だ。


「え、たまには来てほしいです。ほら、料理なくなったときとか……」

「僕はあなたの料理人ではありません」

「それはそうなんですけどぉ、ううぅ……」


 落ち込むアカツキを放って、アルは左の道に進んだ。この先に新たに森を創ったと聞いていたから悩む必要もない。


『こいつ、鬱陶しいな』

「まあ、多少はね」


 アカツキの気持ちも分かるので、ブラン程切り捨てられないのだが、面倒なのも事実だ。アルがアカツキのこれからを背負う必要も感じられないし、ある程度の距離感は保ちたい。


「あ、スライム」

『出たな』


 道を進んだところで、ぽよんと跳ねた球体がアルの眼前に現れた。数にして六体。初めて見た時よりなんだか大きくなっている気がする。


「これは進化したから、とか?」

『スライムの生態はよく分からん』


 アルたちの前で再会を喜ぶようにプルプルと体を震わせ跳ねているのを暫し観察する。最後に見た時は大量にいたスライムたちだが、六体以外のスライムが現れる様子はない。


「あー、このスライムたちは一時分裂して数を増やしていたんですけど、すぐに食糧不足になっちゃって、合体して一体ずつを強めたみたいです。名づけるなら、スライム・改って感じですかね」

『分かりやすいが、名づけのセンスがないな』

「うーん、じゃあ、ラージスライムってことにする?」

『……それもセンスがないな』

「うるさい」


 文句ばかりつけてくるブランの頭を軽く叩き、スライムたちを見渡す。用意していた串焼きをアイテムバッグから取り出すと、なんだか期待に満ちた眼差しを向けられている気がした。スライムたちには相変わらず目はないから、本当に気のせいかもしれないが、彼らが串焼きを待ち望んでいるのは飛び跳ねる様子でよく分かった。


「はい、どうぞー。あんまりアカツキさんに我儘言わないようにね」

「そうだぞ、お前たち! 俺は料理なんてできないから、お前たちがいくら要望したところで、串焼きを出してやることなんてできないからな!」


 全然誇らしくないことを堂々と言うアカツキに、スライムたちから冷たい視線が送られている気がする。だが、アルが渡した串焼きを大事そうに少しずつ食べているので、アカツキの言葉は伝わっているのだろう。


「串焼きって、焼いた肉にタレを絡めているだけなんですけど、それもできないんですよね?」

「できたら苦労しないよ?! そもそも、肉を焼く以前に、魔物を解体できないからね!」

「あ、そうでした」


 改めてアカツキの料理におけるポンコツ具合を理解できたところで、アルたちは洞窟の先に進んだ。なぜかスライムたちがぽよんと跳ねながらついて来る。


「お、本当に森がある」


 洞窟の先には森が広がっていた。外に出て振り返ると岩山があるので、その岩山によって洞窟の空間に森の空間を直接つなげているのだろう。


「森にはほとんど有用な植物は植えていないですよ。アルさんが望むなら、俺の方で植えておきますけど」

「いいんですか?」

「そうしたら、アルさん、定期的にここに訪れてくれるでしょう?」

「なるほど……」


 にこにこ笑いつつ提案されたのは、魔力提供の見返りということだろう。アルが望むものをここに植えておけば、自然とアルがここに訪れてダンジョンに魔力提供することになる。ダンジョン維持のためには良い手かもしれない。アルも外の世界で手に入りにくいものをここで育ててもらったら助かるし、お互いに利点がある話だ。移動の問題は転移の魔法陣で解決できるし。


「では、後で欲しい植物をまとめておきます」

「おお、毎度あり! 頑張って植物育てちゃいますよ~」

「下の階層にある、卵とかミルクとかも定期的に取りに来るかもしれません」

「もちろん、大歓迎です!」


 とりあえずの魔力源を手に入れたアカツキは満面の笑みだった。アルが望むものを用意するのにも魔力を必要とするのだろうが、それを考えてもアルが定期的に訪れるというのは大きな利点になるようだ。アルにもそれが分かったので、遠慮なく要望を出そうと決めた。


「まずはこの場所での作物の育成調査ですね」

『そもそもなんのためにそんなことを調べるのだ?』

「ほら、この先も魔の森の中で暮らすなら、ある程度自力で生活できるくらい作物育てたいでしょ? ここでその実験をしておけば、後々スムーズに生活基盤を整えられそうだし」

『そうか。お前はそんなことしなくても十分問題なくやれそうだけどな』

「まあ、僕自身が、ダンジョンってものをもっとよく知りたいって気持ちもある」

『……お前は探究心が強いからな』


 ちょっと呆れた雰囲気のブランに首を傾げつつ、アルはこの森に植える種をアイテムバッグから取り出した。いずれ定住する拠点を持った時に植えようと集めておいたものだ。


「書物からだけでは得られない知識ってたくさんあるでしょ? 僕はそういう実地に基づいた知識って好きだな。こう、新しい知識に触れると楽しくならない?」

『わからん』

「……まあ、ブランだしね」


 同意は得られなかったがアルは気にしない。どちらにせよ、自分が好きなように生きると決めているのだ。


「あ、こことかどうですか? ほどよく木々がなくて植えやすいと思いますよ」

「確かにいい具合に開けてますね」


 アカツキが指したところを確認して頷く。


「そういえば、こういうとこの木を切った場合って、すぐに伸びてきますよね」

「はい」

「根っこから掘り出した場合、そこは開けた場所になります?」

「え……、俺は水晶の力での変化しかさせたことがないんで分からないっすね。あ、でも、昔冒険者に掘り返された時は、こういう下草はすぐに自然と生えたんですけど、木は俺が生えるよう指示した気がします」


 アカツキの返答を聞いて暫し考える。作物を植える上で、木が雑然と生えているのは正直邪魔だ。それを除けるなら除いてしまいたい。


「ダンジョンマスター次第ってことですかね? まあやってみましょう」


 え、と声を漏らすアカツキを気にせず、アルは周囲の木々を見ながら魔法を唱えた。アルたちが立っている地面が揺れる。


「ちょ、なに、地震っ?」

「大丈夫です。木を抜けやすくしただけなので」


 動揺するアカツキに微笑んでアルは近場の木に縄をかけて引っ張った。


「ブラン、手伝って」

『……お前は、つくづく予想外のことをするやつだ』


 呆れた表情ながら、ブランが本来の姿に戻って木を引っこ抜くのを手伝ってくれた。

 暫しアルたちがすることを観察する様子だったスライムたちは、何かを相談するようにぎゅっと寄り添い固まった後、ぽよんと跳ねて別の木に向かっていった。


「あ、手伝ってくれているの」


 スライムたちが跳びついた木は根元からスライムに分解され、アルたちとは別の方向に倒れていく。地中に残った根も、潜り込んだスライムが吸収してくれたようだ。


「え、スライムたち、実は有能?」


 なんの指示も出していないのに、黙々と作業を続けていくスライムたちを見て、アルは感心した。


「――俺の言うことは全然聞かないくせに……」


 スライムたちの本来の主人であるはずの者は闇を背負っていじけているが、ここにいる者は誰も気にしなかった。


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