第56話 必須でなくとも美味しいものは欲しい

 アカツキの部屋で泊まらせてもらって翌日、アルは再び魔道具作りに取り掛かっていた。今日は加熱用魔道具を作ってから、いくつか料理を作れる魔道具も作りたい。


「加熱用の魔道具は、パン焼き窯の魔道具と同じ外観でいいかな」

「ああ、レンジですね! それなら俺も使えるはずです!」

「では外観を作ってください」


 昨日描いたものを渡したら、アカツキが早速水晶に向かって作ってくれた。アルも考えていた魔法陣を魔軽銀プレートに描き、容器の側面に張り付ける。


「よし。これは鑑定の魔法を使って自動的に加熱温度と時間を設定してくれるので、ここを押すだけで使えます」

「わぁ、めっちゃハイテク! 俺でも使えますね」


 アカツキが氷室に保存していた昨日のコメの残りを持ってきた。アカツキ曰く【タッパー】という透明な容器に入ったものを、そのまま加熱魔道具に入れてスイッチを入れる。


「でっきるっかな、できるかな~」


 ワクワクした様子で加熱魔道具を見ているアカツキを放っておいて、アルは調理用の魔道具について考えていた。


「お、おお! アルさん、できましたよ! ほかほか白飯です!」

「上手くできましたね。でしたら、加熱魔道具はこれでいいとして――」

「うまいー!」


 朝食を食べたばかりだというのに、アカツキは温めたばかりのコメを嬉しそうに食べていた。ついでに保存していたミソスープも持ってきて温めている。二度目の朝食を摂る気らしい。


「アカツキさんって、食材は切れますか?」

「……食材? 野菜とか、肉とかってことですよね?」

「はい」

「……き、切れますよ。ほら、俺なんでか知らないけど、包丁が当たっても指切れないし!」


 目を泳がせるアカツキを見て、アルは冷静に包丁を扱わせることを断念した。アカツキの体はなぜか刃物で傷つかないらしいが、だからと言って毎回包丁で指を攻撃しながら料理するのは精神衛生上良くない気がする。


「食材をカットして、炒めるとか煮るとかの作業ができる魔道具を作ればいいのかな」


 調味料も自動投下できるものにしないと、アカツキの場合はおかしな味付けになってしまいそうだ。アルは調理ができないという感覚が分からないので、どこまで魔道具にすればいいのかあまり分からないのだが、念には念を入れて、ほとんどを自動化した方がいいだろうと判断した。


「――あれ? アカツキさんって、魔物の解体とかできます?」

「解体!? できるわけないですよ!」

「ですよねぇ」


 ふむ、と頷いたアルは料理を作るまでの過程を考えて、一気に面倒臭くなった。なぜ、ここまでアカツキの食生活に気を使わなければならないのかと、疑問に思ってしまったのだ。


「……やっぱり、料理用の魔道具はやめよう」

「え!? なんでぇ……?」

「めんどくさすぎます」

「うう……、ダメな子でごめんなさい」


 アカツキも自分の駄目さ具合は嫌というほど分かっているようで、アルに文句を言うでもなく落ち込んでいた。その様子を見ていると、少し罪悪感が芽生える。


「たくさん料理を作り置きしておきます。氷室に入れて凍らせておけば、ある程度の期間は持つでしょう」

「まじっすか!? お願いします!」


 一気に喜色満面になるアカツキに、アルはしょうがないなと思いながら、料理の増産に取り掛かった。本当はアルが持っているような時間停止のアイテムバッグがあるといいのだが、このダンジョンにはその材料がなかったし、アルの手持ちにも余分な材料がない。必要ならアカツキ本人に頑張ってもらおうと考える。


「ショウユの実は魔の森にもあったんですけど、あっちのダンジョンマスターっていう人も、そういうの好きなんですかね」

「う~ん、どうでしょう? 俺は実際にどういうところかも知らないですけど……。昔このダンジョンからショウユの実を採取して外に持ち帰っていた冒険者たちもいたんで、彼らが運んでいる最中に落として、外の世界で芽吹いた可能性もありますね」

「ああ、なるほど。昔はここにも冒険者が来ていたんですもんね」


 ふと疑問に思ったことを聞いてみると、予想外の回答が得られた。これまで考えたことがなかったのだが、魔の森では外部から持ち込まれた植物も普通に育つようだ。


「もしかして、魔の森とかこことかに植物の種を持ち込んだら、結構生育が良かったりします?」

「そうですねぇ、俺とかは森に生えている植物を逐一管理しているわけではないので、外から持ち込んだ植物にもダンジョン性能が適応されて、成長が早い可能性もありますね」

「へぇ」


 アカツキの答えを聞いて、ダンジョンというのは食糧生産にも役立ちそうだなと思った。その場合、絶えず襲い来る魔物対策が問題になるだろうが、小麦などをダンジョンで育てたら、早く収穫出来ていいかもしれない。


「実験してみます?」

「え?」


 アルが調理の手を止めてアカツキを見ると、楽しそうににやりと笑っていた。


「俺がアルさん用の森を作ってあげますよ。そこでアルさんの手持ちの種を植えてみたらいいんじゃないですか」

「――面白そうですね」


 予想外の提案に、アルもなんだかワクワクしてきて笑んでいた。未知の探究は面白い。






 アルが料理を大量に作り置きしている間に、アカツキは水晶に向かって作業をしていた。アル用の森を創ってくれているらしい。畑ではなく森なのは、外に広がっている魔の森でも食糧生産ができるのかという検証のためである。


「できましたよ!」

「あ、本当ですか。僕の方もある程度料理は作り置きできましたよ」


 アルの前には大量の透明タッパーが並んでいた。温めやすいように一食分ずつ料理を入れている。


「わぁ! ありがとうございます!」


 並んだ料理にアカツキが嬉しそうに顔を綻ばせ、にこにこと氷室に運んで行った。すべてを運び終えたアカツキが、部屋の壁に新たに出来た扉を指さす。


「この扉の先はダンジョンの第一層につながっています」

「第一層?」

「最初の洞窟ですね。アルさんたちは最初の分かれ道で右の道を選んでそのまま次の階層に下りてきましたけど、左の道はすぐに行き止まりになっていたんです。まぁ魔力不足で規模を縮小させたからなんですけど」

「ああ、あっちの道は行き止まりだったんですね」


 記憶を呼び起こして頷く。最初から右の道を選んでいて良かったと思いつつアカツキの説明を聞いた。


「その行き止まりに新たに森を作りました。アルさんのおかげで、たくさん魔力が溜まっていたので、久々に大掛かりなダンジョン作成ができましたよ!」


 アルにはよく分からないが、アカツキが楽しそうなのでとりあえず頷いておいた。


「ブランも行く?」

『ふむ……ここにいてもつまらんからな』


 アルが料理を作っている間、ちょこちょことつまみ食いを狙っていたブランは、今は暇そうにクッションに埋もれていた。アルが呼びかけると、少し悩んでから頷き、アルの肩に登って来る。


「あ、第一層に行くなら、一つお願いしてもいいですか?」

「お願い?」

「そうです。第一層のスライムたちを、アルさん餌付けしていたでしょう? あいつらそれから煩くって。そんな能力持たせた覚えないのに、俺に文句つけてくるんですよ~……」


 アカツキが水晶の方に歩み寄り、何か操作をしている。


「これ録音してあるのなんですけど。あ、録音っていうのは、過去の音声を記録しているものってことです」

「へぇ、録音。便利そうですね」


 アカツキが操作を終えた途端、子供のような高い音声が流れだした。


『ますたー、ぼくたちは、くしやきたべたいです!』

『くしやきーくしやきー』

『あのにんげんのたべもの、うまかったー』

「おい、お前ら、別にそういう食べ物は必須じゃねぇだろ! あと、なんで普通に俺に呼びかけてこれてんだよ! そんな能力お前らに設定してないぞ!」

『ますたー、ひっすなものだけたべるなんて、つまらないいきかたですよ?』

『ぼくらはつねにしんかしているのです!』

『しんかーしんかー』

『ねんわののうりょくをもつくらいかんたんですー』

『まもののませきだけじゃやだー。ぼくらだって、おいしいものたべたいー』


 つらつらと可愛い子供の声が要望を伝えてくる。その言葉を聞いてアルは苦笑してしまった。


「俺だって、好きに食事できないのに! なんであいつらは好き勝手言うんだ!」

「あはは……」

「俺なんて、ここに来てから人間らしい食事なんてとってないんですよ! まあ食事取らなくても生きていける体みたいですけどねっ! それがつまらない生き方だなんて、生まれたてのスライムに言われる前に、俺の方がよく知ってますよ!」


 どうやらスライムたちの文句は、アカツキの中の鬱憤を爆発させてしまったらしい。これまでいくら美味しい食事を作ろうと努力してもそれが叶わなかったアカツキに、スライムたちの文句を受け流すことなんて無理だったのだろう。

 アルがここまでやって来てアカツキが望む食事を作ったことで、アカツキの心が満たされ、漸くスライムたちの要望を叶えることに納得したようだ。


「――というわけで、誠に申し訳ないのですが、スライムたちが要望している串焼きを作ってくれませんか……」

「分かりました」


 アルは少しアカツキに申し訳なくなった。元は、アルが何も気にせずスライムを餌付けしてしまったことが原因なのだから。


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