第49話 やりすぎ注意

 出来上がった料理を前にブランが涎を垂らしそうになっているのを見ながら、アルは椅子に座った。


「森豚の焼肉とダシ入りオムレツとミソスープとコメだよ。お肉は塩かこのタレを付けて食べてね」

『うむ』


 肉につけるタレは甘口ショウユタレとブラッドレモンタレ、ゴマダレの3種だ。ミソスープは、コンブとカツオブシのダシにミソを溶いて、イモとオニオンの薄切りを入れている。


「あ、森豚の肉って脂が甘いなぁ」

『旨いな!』


 とりあえず塩を付けて肉を食べてみたら、森豚の脂が瞬時に口内で溶け、塩に引き立てられて甘味を強く感じた。甘口ショウユタレにつけると、アプルと蜂蜜の甘味とショウユの塩味と肉の旨味が合わさり美味しい。ブラッドレモンタレを付けると、酸味によっていくらでも肉を食べられそうに思える。濃厚なゴマダレも味変で美味しい。


「どのタレでも美味しいなぁ」

『我はショウユのタレが好きだぞ! これはコメに合う!』

「確かに、濃厚な味だから淡白なコメに合うね」


 甘口ショウユタレの肉1枚で、コメを何口も食べれてしまいそうなところがちょっと危険だ。コメを食べすぎてしまいそうになる。


「ミソスープも不思議な風味だけど、しっかりコンブとカツオブシのダシを感じられて美味しいよ」

『……うむ。嫌いではないな』


 ミソスープを舐めたブランが首を傾げて思案気に言う。好きとまではいかない味らしい。アルは結構気に入ったのだけど、ブランはそもそも普段からあまりスープの類を気に入らないことが多いから仕方ないのかもしれない。


「オムレツもダシの香りがして美味しい」

『卵が濃厚だな! 旨いぞ!』


 ダシの鑑定結果で出てきたオムレツも作ってみたが、ダシの味が効いていて普通のオムレツより米に合う味になっていると思う。ブランもこれを気に入ってくれたようだ。


「ふぅ、美味しかった」

『旨かった!』


 満腹になったお腹をさすりながら片づけをする。ブランは机にもたれてゴロゴロしていた。


「――夜空の星が綺麗だなぁ」


 ふと見上げた空には星の煌めきと月の静けさがある。この空間は自然的なものではないはずなのに、とても雄大で美しく感じられた。






 翌朝、準備を整えて扉の前に立つ。


「行くよ?」

『うむ』


 肩にのるブランの頭をひと撫でしてから、装飾過多な扉に手を伸ばした。

 スゥーっと開く扉に促されるように中に進む。途端に、これまでに見たものよりも広い空間が数多の松明で照らされた。


「――広すぎない?」

『それだけ出現する魔物が大きいということか』


 空間を見渡して戸惑うアルの肩から下りたブランが3mほどの体躯に変化して、周囲を見渡した。ブランも警戒心が強まったらしい。


「あ、来る」


 空間の中央に魔力が集まる。魔物が出現するより早く魔法陣を見つけて次への道を開いたらどうなるのかなと思いつつ、アルはその変化を見守った。

 凝縮した魔力は瞬く間に霧散し、巨大な姿が現れた。


「ギャオオォオッ」

「……いきなり魔物が強くなりすぎじゃない?」

『うるさいな』


 現れたのは1体の竜だった。といっても、神の使徒と呼ばれるようなドラゴンではなく、普通にいる下位の竜である。名前は飛竜。魔物としてはAランクで、ドラゴンを除いた魔物の中では頂点に近い強さを持っている。魔法の力は持たないが、生半可な剣では傷1つつけられないほど強い皮を持っていて、毒のある鋭い爪で攻撃してくるので厄介な魔物のようだ。当然のように空を飛ぶので、攻撃を与えることも難しい。


「おっと……」


 滑空して爪を振るって来る飛竜を避けるために、風の魔力を纏って駆けた。ついでに魔力波を放ってみるが、飛竜の表皮を傷つけることもできなかった。


「うーん、この程度の魔力じゃダメか」


 飛竜の攻撃を避けつつ、剣に魔力を注ぎ込む。底なしのように魔力を吸い込む剣が、次第に白銀の光で輝きだした。


「ギャオッ」

「もうちょっと待ってね」


 絶えず爪を振るって来る飛竜を避けながら魔力を注ぐのに集中した。


『我もいるぞ』

「グギャッ、ギャオッ」


 空を駆けたブランが、飛竜の頭を爪で引っ掻きながら地面へと叩きつける。だがさすがの飛竜相手だと、その攻撃はあまり効かないようだ。すぐに体勢を整えた飛竜がブランに向けて噛みつこうとした。


『さすがに表皮は硬いな』


 ブランは飛竜の口内に向けて火を放ち、ひょいっと噛みつきを避けた。


「ッ、……グアアァ」


 さすがに口内への攻撃は飛竜にダメージを与えたようで、その巨体がふらりと揺らいだ。しかし、すぐに凶暴な眼差しをブランに向けて、素早く毒の爪を振るう。


「ブラン、離れていて」


 ブランが飛竜の相手をしてくれたおかげで、魔力を注ぎ込むのに集中できた。飛竜はブランに敵意を持っているために、アルに後ろを見せている。今が絶好の攻撃の機会だろう。

 アルの攻撃範囲を見極めて目にも止まらぬ速さでブランが駆けるのを確認する前に、アルは剣を振った。


「ッ、ギャアアーッ、……グゥッ」

「――ちょっと、やりすぎた?」


 剣から放たれた魔力波は、煌々と白く輝いて飛竜に向かい、危機を察した飛竜が振り向いた時には、その首を断ち切っていた。

 飛竜を切った後も魔力波は消えず、その背後の壁までもを切り裂くことで漸くふっと消える。

 切り裂かれた壁の向こうに何も存在しない、どこまでも黒く暗い深淵が見えた。


「ここって、壁傷つけてもすぐ修復するよね?」


 いつまでも残る暗い裂け目に無性にドキドキする。これ戻らなかったらどうなるのかなと思いつつ観察していたら、じわりじわりと裂け目が修復されていくのが分かってほっとした。


『馬鹿者。それほど魔力を籠めんでもいいだろう』

「――ごめん。ちょっとやりすぎたかなとは思ってる」


 呆れた表情のブランに頭をどつかれて、反省の言葉を返した。アルだって、こんなに威力が出るとは思っていなかったのだ。飛竜は強いし、どうせなら1撃で倒してみたいなと思いながら魔力を注いだら、過剰な量を注いでしまっていたようだ。

 地面に力なく倒れ伏す飛竜をアイテムバッグに仕舞って、アルが作った裂け目を見上げると、漸く3分の1ほどが修復されていた。


「あの先には何があるんだろう」

『手を出すなよ。あれは全てを飲み込む次元の狭間だ。いくら転移魔法を持っていようと、あそこに飲み込まれれば帰ってはこれまい』

「ふ~ん、ブラン、よく知ってるね?」

『ふん。長く生きているからな』


 何か誤魔化された気がしたが、ブランが語りたくないようなので気が付かないふりをする。

 空間を見渡し、改めてその広さを実感して少し疲れた。この空間から小さな魔法陣を探すのは骨が折れる作業だろう。ブランがパパっと見つけてくれないだろうかと思っていると、再び魔力が集まる気配がした。恒例のお宝タイムだろう。


「あ、今回はちょっと大きい?……そういえば、赤肉メロン食べ忘れたな」

『っ、なぜ、お前は、そうも忘れっぽいのだ!』

「痛っ、ブランだって忘れてたでしょ!』


 小さい体躯に変化したブランが、肩に跳びのってアルの頭をバシバシ叩いてくるのが地味に痛い。


「ほら、箱を開けるから、大人しくしていてよ」

『むぅ。今日は絶対にあの果物を食うぞ!』

「はいはい。分かってるよ」


 ようやく落ち着いたブランを軽く撫でてから、剣先で箱の蓋を開けた。途端に眩しい光がアルたちの顔を照らす。


「っ、なに、攻撃?」

『ライトが仕込んである箱だったのだな』


 箱にはライトの魔道具らしきものと、アルの顔程の大きさの宝石のようなものが入っていた。


「このライト眩しすぎない?」


 宝石のようなものを照らすようにライトが設置されているのはなぜなのか。演出か。派手好きの演出なのか。とてもいらない。

 宝石のようなものを取り上げて、さっさと箱を閉じた。


『それはなんなのだ?』

「うーん、……魔石?」

『でかいな』


 ドラゴンの魔石と言われても不思議じゃないくらい大きくて質の良い魔石だった。国宝級のものだろう。なんの魔物の魔石かは鑑定でも分からなかったが、有用なものであるのは間違いないだろう。


「今までのものの中で一番嬉しいかも」

『我は赤肉メロンの方がいいぞ』

「はいはい。ブラン、魔法陣探してきて」

『……むぅ、今日は特別な甘味を所望する』

「分かったよ」


 交換条件を出されたが、なんなく叶えられるものだったので軽く頷く。それを見たブランが嬉し気に尻尾を振って、空間を素早く駆けて行った。あの速さで小さな魔法陣を発見できるのかとのんびり眺めていたら、すぐさまブランに呼ばれる。


『ここだぞ!』

「早いね~」


 ブランがタシタシと叩く壁の傍に魔法陣があった。魔力を注ぎ込むと新たな洞窟が現れる。これまで通り、下へと続く階段があった。


「行こうか」

『我は寝るぞ』

「えー、またー?」


 肩に跳び乗るブランを軽く撫でながら、階段の先へと進んだ。



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