第48話 食の充実
昼食を終えたら探索再開だ。アルの肩でのんびりくつろぐブランを時々つついて起こしつつ、森を歩いて周囲を見渡した。
「こっちには何があるのかぁ」
『む? 魔物の気配だ。弱っちいな』
「あれか」
ブランが見ている方に薄ピンクのものが見えた。そっと近づいてみると、木の根元に生えているキノコを食べている魔物だった。鑑定すると
「――こうも警戒感がないのを狩るのは、ちょっとなぁ」
『別に狩ればいいだろう。何を気にする』
「えー」
アルが捕まえるのを渋っていたら、肩から飛び降りたブランが駆けていき、いつの間にか捕らえた森豚を銜えて戻ってきた。わざわざ1mほどの体躯にまで変化して狩って来るほど、森豚を食べてみたかったらしい。
「狩っちゃったものは、食べなきゃ勿体ないよね」
『うむ。今日の晩飯だ!』
ブランから森豚を受け取りアイテムバッグに収納する。
「ほら行くよ」
『分かっている』
ブランの方に手を差し伸べると、小さな姿に変化してタッと腕を駆けあがり、肩の定位置で伏せた。
「あ、あっちに草原があるみたい」
『ふむ。魔物がいくつかいるようだな』
ブランの言葉に頷きながら草原に向かうと、点々と黒い姿が見えた。
「あれ、黒猛牛? いや、違うな」
とっさに思い浮かべた名前を自分で否定して鑑定してみる。
「
『乳牛? ミルクがとれるのか』
「そうみたい」
ブランと顔を見合わせて、にやりと笑う。昨日欲しいと思ったものが、こうも次々と見つかれば笑いたくもなるだろう。
『ちゃんと瓶はあるな』
「もちろん。たくさん用意しているよ」
ブランの確認に頷いて、アルは乳牛のもとに近づいた。見上げるほどに大きい体だが、温厚な性格らしいので襲われる心配はないだろう。だが、ちょっと蹴られるだけでも大怪我しそうなので、アルは慎重に乳牛の動きを見極めつつ、乳牛からミルクをもらおうとした。
「え、ミルクってどうやってもらうの」
『知らん』
ここで致命的な事実が判明する。アルもブランもミルクの取り方なんて知らなかったのだ。アルは改めて乳牛を鑑定して、情報を探った。
「ああ、ここから搾り取ればいいんだね」
目線の僅か下にあるものを絞ってみると、ミルクが垂れてきた。慌てて瓶をセットしてそこに溜まるようにする。次第に慣れてくると、1瓶に溜まる速度も速くなってきた。
「モォオォー」
「あ、ごめんね」
不意に乳牛が動き出したので距離をとる。これまでアルやブランのことを一切に気に留めていない様子だったが、あまりとられ続けるのは嫌なのだろうかと観察するが、ただ違うところの牧草を食べたかっただけらしい。少し移動したところですぐにのんびりと草を食べだした。
「うん。もう20本も溜まったし、今日はこのくらいでいいかな」
『そうか。必要になればまた取りにくればいい』
「そうだね」
ミルクが溜まった瓶をアイテムバッグに収納して、再び探索を再開する。そろそろ森を縦断するくらい歩いているはずだが、この空間はどこまで続いているのだろうかと思いつつ、草原から森へと向かった。
「この森には果物がないねぇ」
『昨日の森にたくさんあったからな。ここはそういう森なんだろう』
つまらなそうに言うブランに頷きながら、のんびり周囲を見渡す。ところどころにカツオブシやコンブの木が生えていて、ミソの木もある。だが不思議なくらい他の果物等の木が見当たらなかった。
「変な森だなぁ」
『初めから奇妙な空間だろう』
「確かに」
そもそもこの空間そのものが奇妙なので、この森の奇妙さもそういうものだと受け入れるしかないのだろう。
「あ、あっちの方に岩山があるよ」
『なに?』
木々の合間から灰色の岩が見えた。見覚えのある質感で、恐らく次へと進むための扉があるのだろう。
岩山目指して歩きながら、のんびりもこれで終わりかなと思った。
「これまた、そっくりな岩山だね。この扉も」
『もっと多様性がないのか』
魔物であるブランまで呆れるくらい、アルたちの前にある岩山はこれまで見てきたものとそっくりだった。岩山の下部にある扉の装飾も全く同じである。
「そろそろ夕飯の時間だし、今日はここで野営にする?」
『うむ。肉食うぞ! 卵もな!』
「そうだね」
尻尾をブンブン振るブランを地面に下して、アルは結界とテント、テーブルセットを設置した。襲って来る魔物は見当たらなかったが、念のために結界の魔道具はかかせない。
「今日は森豚か。やっぱり肉の味を確かめるためにも、シンプルに焼くのがいいかな」
『色んなタレも欲しいぞ』
「そうだね。どんなタレが合うか試してみようか」
ブランの提案を受け入れて頷く。
「まずは解体だね」
解体用のプレートに森豚を置いて魔力を流す。そこから離れた途端にブランが肩に跳びのってきた。相変わらず解体の魔道具が苦手らしい。
解体された森豚から肉だけを残して後は収納する。
「色んな部位を焼いてみよっか」
『うむ』
「……いい加減、下りない?」
『……うむ』
渋々と頷いたブランが地面に跳び下り、さっとテントの中に消えていった。調理に協力する気は全くないらしい。
その後ろ姿を黙って見送って、アルは調理を再開した。
森豚の各部位をそれぞれ厚みを変えて切る。それを大きめの皿にのせてアイテムバッグに収納した。
「タレはどうしようかなぁ」
基本の塩と他にもいくつかタレを用意したい。これまで作ったものを思い出しつつ、ショウユと蜂蜜、アプルを取り出した。最近よく食べる甘口ショウユタレをつくるのだ。おろしアプルを加えるので、いつもとちょっと違ったものになるはずである。
「他にはー……、酸味があるのもいいよね」
以前作ったものを思い出し、オレンジオイルにブラッドレモンを絞ったものを合わせる。作り置きしているゴマダレもあるし、タレはこのくらいでいいだろう。
作ったタレ各種をアイテムバッグに収納して、石を組んで簡易の竈をいくつか作る。火をおこして鍋に水を張った。
「コンブは水から熱する、と」
アイテムバッグから取り出したコンブを鑑定して、鍋に入る大きさに切った後鍋に沈めた。黒っぽかった緑が次第に明るさを増していくのを暫し眺める。
続いて取り出したのはカツオブシだ。これは削らなければならないのだが、それようの道具がない。
「……木の皮剝ぐ用の
木切れにしか見えないカツオブシなので大丈夫だろうと判断して、アイテムバッグから鉋を取り出した。木よりも細く小さいのでやりにくいが、削るのには成功する。
「難しい。これをよく使うなら、専用の削り道具作らないとな」
コンブの鍋が沸騰しそうになっていたので、慌ててコンブを取り出した。コンブのダシとやらは、沸騰させてはいけないらしい。暫く煮立たせてアクを取り火からおろす。そこに削ったカツオブシを入れた。
「なんか繊細な作業が必要なんだな、ダシって」
淡い琥珀色を見てその匂いに思わず顔が緩む。奇妙な植物だと思っていたが、こうしてダシという形にすると、とても美味しそうなものに思えた。
「これを笊で漉せばいいんだね」
清潔な麻布を敷いた笊を別の鍋の上に置き、そっとダシを流し込む。全部漉されたところで鍋を見ると、綺麗な琥珀色のダシが良い匂いを漂わせていた。
「美味しそう」
思わずスプーンですくって味見する。繊細な旨味が口に広がり、驚くほど美味しかった。
「本当に美味しいなぁ」
もっと飲みたい衝動を抑えて、鍋をアイテムバッグに仕舞う。
「さて、次はミソだね」
ミソの実が詰まった袋を取り出して、中身を大鍋に入れた。ミソの実と塩だけでミソが出来上がるらしい。
「ちょっと水を入れて煮る、と」
これは熱して放置しておくだけでいいらしいので、アルはご飯を炊く準備を始めた。
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