第47話 珍しいものだらけ
「海だけど、あっちは森になっているのか」
洞窟から出て辺りを見渡すと、右手側に白い浜辺と青く煌めく海があり、左手側に森が広がっていた。
ザァーザァーという潮騒のざわめきが耳に心地よく、アルは暫しぼぉっと遥か彼方まで広がっているように見える海を眩し気に見つめた。
『――眩しいな』
「あ、起きた」
『ここは、海か』
海辺には木陰もなく、初夏のような陽気が降り注いでいる。そんな中で寝続けられるほど鈍感ではないブランが、目元を隠すように顔をアルに摺り寄せてきた。
「海だね。僕久々に見たよ」
『グリンデルは王都も公爵領も海に接していなかったな』
「うん」
『我が暮らしていた森を突っ切れば海があったのだぞ?』
「そこまでして行かなくてもいいかな」
グリンデルで暮らしていた頃は、時々付き合いで海辺の領地に行くことがあったくらいで、海は身近なものではなかった。
「さて、どうしようか」
『魚獲らんのか?』
「う~ん、釣り竿とかもないしなぁ」
魚は食べたい。透明度の高い海にいくつか魚影があるのは見えている。だが、それを獲る方法を、アルはあまり知らなかった。
『そうか。泳いだらべとべとになるしな。魔物も出るだろうし』
「だよね」
さすがのアルも水中で魔物に襲われたら対処が難しいと思う。ブランも海に棲む魔物をいくつか知っていて、対処が面倒だと分かったのか、それ以上魚を獲ることを勧めなかった。
『では森だろう』
「それしかないか。どうせなら海のものも欲しかったんだけどなぁ」
呟きながら森の方に進む。足元は白い砂で、さくさくと沈み込む感覚が面白いが、戦闘には向かない足場である。魔物の気配はないが、さっさと森に入った。
森は木々が生い茂り、適度な日陰ができて涼しく感じる。浜辺では冬とは思えない陽気を感じていたので、木々の合間を抜ける涼しい風を感じてほっと息を吐いた。
「この森には何があるかなぁ」
『あそこの木。木に木切れが生ってるぞ』
「は?」
急に奇妙なことを言い出したブランを思わず真顔で見下ろした。その視線の先のブランは、前方を見据えて首を傾けている。ブランも見ているものの奇妙さが分かっているのだろう。とりあえずアルもブランの視線の先に目を向けた。
「――確かに木切れが生ってるなぁ」
自分が見たものの奇妙さに目を疑うが、確かに視線の先には1本の木からいくつも短い木切れがぶら下がっていた。
警戒しつつその木に近づくと、木切れの先端はしっかり木の枝にくっつき、その木に生っているように見える。
「鑑定するか」
『これはなんだ?』
「――カツオブシ?」
鑑定結果に思わず首を傾げる。詳しく情報を読み込むと、カツオブシとは削ってスープなどの素になるものらしい。説明だけでは全く味の想像ができないが、鑑定結果でいくつか調理法が出てくるので、ちゃんと食べられる食材らしいと分かる。
『カツオブシとはなんだ?』
「よく分からないけど、スープの素になるダシっていうのになるらしいよ」
『木切れを食うのか』
嫌そうに顔を顰めるブランの頭を撫でながら、木に生っているカツオブシを何本が採取してアイテムバッグに突っ込んだ。今日の夕飯にでも試してみようと思う。
「美味しかったらまた採りに来ればいいよね」
『我は興味ない』
「食べてみなきゃ分からないでしょ」
『ふん』
カツオブシへの興味をなくしたブランが周りへと視線を向ける。果物がないかと探しているのだろう。
「あ、また変なのがある」
『なんだ?』
アルは発見した奇妙な木に近づいた。カツオブシの木にほど近いところにある木には、明らかに木の葉とは違うものが垂れ下がっていた。濃い緑色をした薄い樹皮のようなものだ。触れる前に鑑定してみる。
「――コンブ?」
『この森は奇妙なものばっかりか』
ブランが嫌そうに顔を歪めるので、その頭をポンポンと撫でた。
コンブとは、カツオブシの仲間みたいなもので、これもダシとやらになるらしい。よく分からないがこちらも採取しておいた。
「知らないものばっかりだなぁ」
辺りを見渡すと、アルになじみ深い薬草などもなく、見たことのない草花や木ばかりだった。1つずつ鑑定しつつ森を進むが、あまり有用そうな植物は見当たらない。
『飽きた!』
「まあまあそう言わず、ちょっとは楽しもうよ」
ブランは美味しそうなものがまるでない森に早々に飽きて尻尾を暇そうに揺らしていた。アルはというと、見たことがないものばかりなのでちょっと楽しんでいる。書物でも見たことがないようなものが、この空間にはこれでもかと存在していた。
「あ、これ、ミソの実だって」
『ミソ?』
「ショウユの実の仲間みたいな、調味料になる実だって」
『ほう。ショウユは旨いからな。これは採取していけ』
「え、ブランは採取手伝ってくれないの」
『我は疲れた』
「寝てばっかのくせに」
アルの文句も意に介さず、ブランは暇そうに脱力していた。それにため息をはき、アルはミソの実を採取していく。ショウユの実と同じように、調味料にするには量が必要なようなので袋がいっぱいになるまで詰め込んだ。
「よし。これくらいあれば十分でしょ」
ぱんぱんになった袋の口を縛り、アイテムバッグに放り込む。
「次は何かなぁ」
返事もしなくなったブランを気にせず、アルは森をのんびり散策した。襲って来る魔物の気配もない。
「う~ん、……ん?」
何か生き物の気配がしたと思ったら、木々の根元辺りを白いものが横切っていくのが見えた。少しだが魔力反応もあり、恐らく魔物だと思われるが、アルに襲い掛かって来る様子はまるでない。
「あれ、なに?」
思わず白いものを追ってみると、それが地を歩く白い鳥だということが分かった。鑑定眼で見てみると、
「――卵が美味しい?」
アルが注目したのはその1点だった。
卵は入手量が限られていて、貴重なものだ。だが、この白鶏は日に何度も卵を産み、しかもその卵の味が濃厚で美味しいらしい。これは絶対手に入れなければならないだろう。
「ブラン、卵だって!」
『卵?……ああ、卵』
ブランの体を片手で揺すると、寝ぼけたような反応をされた。だがブランもすぐにアルが言いたいことに気付き、すっと身を起こして周囲を見渡した。木の上ばかり見るので、手に入れたい卵の情報を教える。
「白鶏っていう魔物の卵で、飛ばない種類の鳥らしいよ」
『――飛ばない鳥?また、奇妙なものだ』
首を傾げながら視線を下げて地面の方を探しだす。アルも周りを見渡しつつ、草陰なども注意深く探した。
『お、そこの草むら、へこんでるところがあるぞ』
「え?」
アルが視線を向けた時には、ブランがそこへ駆け寄っていた。
『卵だ!』
「おお、ほんとだね。たくさんある」
草むらの中央辺りに作られた鳥の巣のようなところに、白い卵が転がっていた。それをさっとアイテムバッグに収納していく。
「いいねぇ。この調子で見つけたら、卵料理もたくさん作れそう」
『卵は旨いからな!』
ブランも卵を使った料理が好きなので、楽しそうに次の卵を探している。アルも周りを見つつ森を進んだ。
「――たくさん獲れたね」
『うむ』
昼を過ぎた頃、ひときわ大きな木の下で休憩をとる。ここに来るまでに見つけた卵の数は100個を超える。それだけたくさん白鶏がこの辺に生息しているのだろうが、その姿を見ることはほとんどなかった。戦闘能力がほとんどないので、警戒心が強く、人前に姿を現さないらしい。
「今日は卵を使って贅沢な夕食にしようかな」
『楽しみだ』
朝作っておいた森蛇の照り焼きサンドウィッチを食べつつ、長閑な周囲を見渡す。この森には凶暴な魔物がいないのか、ここまで一切魔物に襲われることがなかった。珍しいものが多くて、採取に集中できるので、アルにとっては居心地の良い空間である。
「この後はあっちに行ってみようか」
『む? 我はどこでも構わんぞ』
興味なさげにアルが指す方をちらりと見たブランがすぐに食事に集中する。一足先に食べ終えていたアルは、そんなブランの尻尾で遊びながら、空に浮かぶ白い雲がゆっくり動くのをのんびり眺めた。
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