第46話 扉の先
一晩休息をとったアルは岩山の下部にある華美な扉を見て、片手を伸ばした。触れるかどうかなところで自然に扉が開いていく。
「やっぱり招かれている感じがするなぁ」
『さっさと行くぞ』
「はいはい」
つまらなそうにしているブランの頭を撫でて扉の先に進む。アルがその空間に足を踏み入れた途端に広間のような空間に松明が灯されていった。若干暗いが、行動に影響が出るほどのものではない。
「やっぱり親切だな。松明なくても自前でライトは灯せるけど」
『ふん。手間が省かれるならばそれでいいではないか』
ブランはこの不思議現象にあまり関心がないらしい。こういうことが度々続くので、もう飽きてしまったのだろう。
「さて、今回は何が現れるかな」
『ふむ。そろそろか』
広間の中央付近に魔力が集まるのを感じて、アルは剣を抜いて構えた。ブランも地面に下りてちょこんと座っている。すぐさま戦闘態勢にならないところが、魔物としての強者の余裕だ。
集まった魔力はすぐに霧散して、そこには1体の魔物が現れていた。
「鳥か」
『また鳥か』
その姿は昨日嫌というほど見たものと似ていた。5つの首を持つ巨大な鷹である。鑑定してみると五首鷹という名前で、三首鷹の上位種だというのが分かる。三首鷹より厄介なのは、風の魔法を使う魔物だということだ。大きさ自体も三首鷹の5倍ほどあるし、普通の冒険者では対応が難しい魔物だろう。
「――ま、僕らには関係ないよね」
『我が叩き落してやろう』
昨日に引き続き、ブランがやる気に満ちている。小さな姿が瞬く間に本来の聖魔狐としての姿に変わり、中空に滞空する五首鷹に飛び掛かっていった。ブランの体躯は3mほどであるため五首鷹より2周りは小さい。だがそんな大きさの差も気に留めず、ブランが放ったパンチは五首鷹を地面に叩き落した。
「それ、魔力で強化しているの?」
『そうだ』
魔物であるブランは人より遥かに自然に魔力を扱う。ブランに敵意を抱いて頭を擡げた五首鷹の頭の1つに尻尾をぶつけて気絶させながら、ブランが得意げに胸を張った。
「う~ん、僕はあんまり特別な戦闘手段持ってないから、普通に倒しちゃうね」
アルとブランに向けて、口を開ける五首鷹に向けて駆ける。先ほどまでアルがいたところが大きく抉られていた。風の魔法によるものだろう。魔物が放つ風の魔法は強力だが、当たらなければ問題ない。
「厄介なことには変わらないからとっとと倒すけど」
呟きながら五首鷹の下まで来たアルは、勢いをつけて飛び上がると同時に剣を振った。アルの魔力を吸った剣はほとんど抵抗も感じさせずに五首鷹の首を切断する。
「これで1つめ」
いくつもの頭が向いてくるのを視界の隅に捉えながら、アルは五首鷹の背に着地する。
「おー、もふもふする。足場としては安定しないけど」
頭を向けてきた五首鷹だが、流石に自分に向けて風の魔力を放つことはしないらしい。アルを振るい落そうとするように身震いし、羽を広げた。飛び上がるつもりのようだ。
『我を忘れるなよ、小物め』
素早く駆けたブランが五首鷹の頭に炎を吐いた。至近距離から放たれた火焔は瞬時に頭を炭化させる。
「あ、気絶していたのも燃やしていたんだね」
残る首は2つ。バランスが崩れ、上手く飛び立てなかった五首鷹の首に、アルは再び剣を振った。それだけで軽く切り落とせた。
「あと1つ……じゃないね、ブランお疲れ様」
最後の首もブランが燃やしていた。
『無駄な手間をかけおって』
「ふふ、この羽毛すごく良質だと思わない?」
首を傾げるブラン軽く撫でてから、面倒な倒し方をした理由を説明する。本当は魔力波で一気に首を刈り取っても良かったのだが、その場合、回避されることで羽毛まで傷つける可能性があった。五首鷹の羽毛はとても価値が高いもののようなので、完全な形で確保したくて、首を1つずつ倒していくという手段をとったのだ。
「後で解体しよう」
『……ふん。好きにすればいい』
小さい姿に変化したブランがアルの肩に跳び乗り身を伏せた。その頭を撫でながら、アルは五首鷹をアイテムバッグに収納する。この大きさの魔物を収納してもアイテムバッグにはまだまだ余裕がある。
「さて、次の道があるのかな?」
『通ってきた扉は閉まったままのようだな』
「そうだね」
アルがこの広間に入った途端に閉まった扉は、戦闘が終わっても開く気配がなかった。
「あ……」
『今度はなんだ』
不意に魔力が奥の方に集いだす。瞬く間に現れたのは華美な箱だ。
「また回復薬かな。中身より箱の方が高価そうだし、箱ごともらっていいのかな」
『こんな箱を何に使うんだ?』
ブランは余程華美な装飾が嫌いらしい。不機嫌そうに尻尾をビタンビタンと打ち付けてきて地味に痛い。
「まあ使い道はないんだけど」
アルもなんとなく言ってみただけなので、軽く返しながら剣先で箱を開ける。
「――なるほど」
『これはなんだ?』
開けられた箱に入っていたのは、薄緑に白い線がいくつも入った球体。ヘタがついているので、おそらく何らかの実なのだろうが、アルはこれまでこんなものを見たことがない。
「鑑定っと」
『食いもんか?』
「赤肉メロンだって」
『……メロンとはなんだ』
「ウリ科の果物みたいだね」
『果物か!』
急にテンションが上がるブランを押さえながら赤肉メロンを拾い上げる。見たことがないものだが、普通の果物である。それが宝箱のようなものから出てくるのは微妙な気持ちになるが、ブランが喜んでいるからよしとしよう。アルは五首鷹の羽毛だけでも満足だったのだから。
「後で食べようね」
『うむ!』
尻尾をブンブンと振るブランを軽く撫でながら広間を見渡す。どこかに新しい道が開けるはずなのだ。これまでの経験によると扉の傍だろうか。
『またちっこいのが向こうにあるぞ』
「え、こっちじゃないんだ」
扉の方に歩み寄ろうとしていたアルの足が止まる。ブランが鼻先で示したのは、宝箱より奥にある壁だった。
示された壁に近づくと、確かに見覚えのある魔法陣があった。
「微妙に意地悪だね」
『このくらいすぐ見つけられるだろう?』
ブランは簡単そうに探し出したが、人間がこの広い空間を探そうと思ったら、なかなか時間がかかるだろう。五首鷹との戦闘を終えた後に探す手間も考えたら、面倒がる冒険者が多そうだ。
「ま、僕はブランが見つけてくれるから楽出来ていいけど」
『我有能だろう? 今日の甘味が楽しみだ』
「今日は赤肉メロンだけだよ」
『もっとなんかくれ』
「欲張りだなぁ」
ブランと話しながら魔法陣に魔力を注ぐ。発動した魔法陣により壁が崩れ新たな洞窟が現れるのは以前と同じだった。小さな空間の地面の中央に再び階段がある。
「さて、今回の階段は短いといいな」
『階段を下り続けるのは飽きるからな』
「ブランは僕に乗っているだけでしょ?」
『だから飽きるのだ』
「じゃあ下りる?」
『面倒だ』
一言で断ったブランは、アルの肩にぶらりと身を預け、完全に寝る体勢だ。
「本気で暇になるから寝ないでよ」
『うるさい。我は寝る』
「えー」
等間隔に松明が灯される階段を下りながらブランと会話する。だが、ブランは両手で耳を押さえるようにして完全に眠りに入った。そこまでして眠りたいのだろうか。
「まったく、ちょっとくらいは付き合ってくれてもいいじゃない」
ぶつぶつ文句を呟きながら、アルは階段を下りるスピードを上げた。
「――あ、やっとだ」
変化が訪れたのはおよそ20分ほど下り続けた後だ。階段の先に自然光が差し込む空間が見えた。
「今度は何かな?」
階段を下りきり、人が通れるほどに開けられた隙間から外を覗いてみる。
「――海だ」
外に広がっていたのは青く煌めく海。砂浜は真白く輝いている。潮の香りが鼻をくすぐった。
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