第45話 ご褒美
ブランが好きなもの。それは肉と甘いものだ。肉はどんな味付けでも基本的に美味しそうに食べるし、甘いものもまた今のところなんでも喜んで食べる。
だから、今日はこれまでブランに食べさせたことのないものを作ろうと思う。
「――まずはこれだよね」
アルが取り出したのは生クリームだ。手持ちが少なく、気軽に手に入れられるものではなかったため、これまで生クリームを使ったものをブランに作ったことはない。それに追加で取り出したのは卵だ。
「そろそろ卵も少なくなってきたな」
カントの町には畜産物が少なかった。肉は魔の森で手に入れるし、卵も同様だったのだろう。魔の森の脅威があるノース国では畜産そのものがあまり行われていない。だから、アルの手持ちの卵はグリンデル国で手に入れておいたものだ。大切に使っていたものの、さすがに手持ちが少なくなってきた。
「どっかで卵欲しいなぁ。できれば牛乳とかも」
要望を呟きながら、ボールに割り入れた卵を溶いて蜂蜜を加えていく。そこに生クリームを流し込み、泡立てないように気を付けながらかき混ぜた。これで卵液の出来上がりだ。
「果物はたくさんあるけど、まずはこれかな」
今日たくさん採取した果物の中から、
「あ、窯がない。……魔道具を作ってみるかな」
カント近くの拠点には作ったが、旅用のパン焼き窯は作り忘れていた。ちょっと悩んでから、魔軽銀プレートを取り出す。
「窯ほどの微調整できなさそうだけど仕方ないか」
プレートに結界と火の魔法を組み合わせた魔法陣を描く。タルト程度の大きさを、窯のように熱することができるようにするのだ。加熱時間を調整できるようにして、加熱が終わったら少しずつ放熱するように設定しておく。熱々の空間に不用意に手を突っ込まないように、放熱が終わるまでは中に手を入れられないようにするのは忘れない。
「これでできるかなぁ。まあ、できるか」
後日ちゃんとした窯を作っておこうと思いながら、作ったばかりの魔法陣にタルトをのせ、魔力を注いでスイッチをオンにした。
「あ、窯より見やすい」
結界は視界を妨げないので、タルトが徐々に焼かれていくのがよく見えた。この分だと、設定した時間にきちんと焼きあがるだろうと頷いて、次の作業を始めた。
「果物盛りだくさんにしようっと」
せっかくたくさんの果物があるので、タルトの上に果物をのせるために、今日採取した他の果物も取り出して適度な大きさに切っていった。
「今度たくさん生クリームが手に入ったら、生クリームをたっぷり使ったケーキも食べさせてあげなきゃ」
今は手持ちが少ないしスポンジ生地を作るのが面倒で作らなかったが、タルト以外のケーキもブランに食べてもらいたい。きっと気に入るはずだ。
「さて、夕ご飯は今日はオイルも贅沢に使ってみようかな」
取り出したのは、アイテムバッグに山ほどある角兎のもも肉だ。それを食べやすい大きさに切る。ボールにショウユや白ワイン、おろしジンジャー、おろしガーリックなどを入れて軽く混ぜ、切っておいた角兎のもも肉を入れて馴染むようにかき混ぜた。これは暫く漬け込んでおく。
味が染みるまでにコメを炊いておく。昨日の作業で慣れたので、今日はさくさくと炊く準備ができた。だが、コメ炊き用の魔道具も作っておくと楽かもしれない。
「う~ん、窯もだけど、意外に足りないものが結構あったかも? 暇を見つけて作っておかないとなぁ」
とりあえず、今のところは手間があるだけでできないことはないので、最優先事項ではないが、手間を省くのも旅では大切だろう。早めに探索を切り上げる日にまとめて作ってしまえばいいかもしれない。
「スープは……作り置きでいいか」
ブランはスープにあまり興味を示さない。せめてもと、前にブランが気に入っていた風だったパンプキンスープを用意しておいた。
「肉には味が染みたかな?」
肉の入ったボールを覗き込んでから、用意していた片栗粉を肉にまぶしていった。その後鉄鍋にオイルを入れて熱する。
「この温度の見極めって難しいよね」
なんとなく丁度いい感じになったところで肉をオイルに入れていった。パチパチという音とともに、食欲を誘ういい香りが漂い出す。どこからか甘い香りも漂ってきていた。
「あ、タルトも焼けてる」
放熱により、焼けたタルトの甘い香りが漂っていたのだ。肉が揚がるまでの間に急いでタルトに果物を盛り付け冷箱に入れておく。
『旨そうな匂いだ』
「ブラン、ちょうどいいところに来たね」
『うむ』
揚がった肉を取り出していたところで、涎を垂らしそうなブランがやって来た。料理に涎を垂らされたら嫌なので、さっさとテーブルセットに追いやっておく。
皿に大量の肉の揚げものをのせ、ブランの前に置いた。すぐさま食べだしそうになったブランを止めて、スープと炊けたコメを置くのを待ってもらう。恨めしそうな眼差しは受け流した。
「よし、食べようか」
アルの分には野菜も添えて、食事の準備が整ったところで言うと、ブランは無言で肉を口に放り込んだ。
『旨い!!』
「よかった」
ブランの尻尾が盛大に振られている。よっぽど気に入ったようで、次から次へと食べていくブランにコメとスープも勧めた。
『これはコメによく合うな!』
「そうだねぇ」
アルも肉の揚げ物に齧り付いてみたが、濃い味付けの肉に淡白なコメがよく合う。角兎は淡白な肉だが、揚げたことでジューシーになっていて、肉自体の旨味も濃くなっている気がした。
『スープも旨いぞ』
「うん、ブラン、気に入っていたもんね」
好きなものばかりの食事に、ブランの興奮は収まらず、アルより早く食事を食べきってしまった。
『旨かった!!』
「もっとゆっくり食べなよ」
ブランの食べる速度を気にせず、アルは自分の分をゆっくり食べた。ブランがアルの分の肉を狙っているのを視線で牽制しつつ、味わって食べきる。
「美味しかった」
『……もっと食べたいぞ』
「さすがにこれ以上は食べすぎだよ。今日はデザートもあるし」
『デザート! 何を作ったのだ?』
しゅんと垂れていた尻尾が再び盛大に振られるのを見て、アルは思わず笑いながら食後のデザートを準備する。冷箱から取り出したタルトの一切れをアル用にして、その他の部分をブランの前に置く。タルトに合わせるのは久しぶりに紅茶だ。
「いい感じにできたと思うんだけど」
『――なんだこれは!?』
タルトにふんだんにのせられた果物に目を輝かせたブランがタルトにかぶりつき、衝撃を受けたように固まる。そのあと、至福の表情で口を動かしていた。
「美味しい?」
『旨い! この黄色いプルプルしたのは濃厚な卵の味がするぞ。その下の果物はとろりとしていて、芳醇な甘さがある。上にのった果物はさっぱりした甘味があるな』
「すっごい語るね?」
ブランが思っていた以上に分析しながら食べているので、アルは笑いながら自分の分を口にした。確かにブランが言っていたように、濃厚な卵の風味と果物の甘さと酸味が合わさって美味しい。タルト生地の小麦の風味もいい具合にマッチしている。
「美味しいなぁ」
『旨いぞ! また食いたい』
「……まあ、もっと卵とか手に入ったら、また作ろうかな」
『む、卵が足りんのか。よし、今度我が探してきてやろう』
「はは、ありがとう」
ブランのやる気はご褒美の美味しいもの次第だ。卵獲得に気合を入れているので、アルはブランの成果を楽しみに待つことにした。
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