第44話 珍しく働き者
「ここは果物も豊富だね~」
『うむ。取り放題だ!』
森探索2日目は、ひたすら森の中を歩き回って採取をすることになった。森の奥に進むと様々な果樹が生えていて熟した実が鈴なりになっていたのだ。甘いもの好きなブランがこれを見逃すはずがなく、アルが用意した袋には種類ごとにたくさんの果物が詰め込まれることになった。
ブランが嬉々として木に登って果物を採っているので、アルは地面に生えている薬草を採取していた。ここは冒険者がほとんど訪れていない場所のようだから、至る所に有用な薬草が生えているのだ。中には図鑑でしか見たことのないような希少な薬草もあり、アルは注意深く周りを鑑定し続けていた。
『そんなに草ばかり採ってどうするのだ』
「草って……、これギルドで売ったら結構な値段になるよ?」
『金なんていくらでも持っているだろう』
「それはそうだけどさ。最近調薬作業ってしてなかったから、ちょっと勘を取り戻すために練習するのにもちょうどいいしね」
周囲の果樹から熟した実を採りきったブランが、アルの採取したものを見て顔を顰める。ブランからしたら、アルが採っているものはその辺に生えている雑草と変わらないのだろう。
『お前はどこで調薬の勉強をしたのだ?』
「え、今さらそんなこと気になるの?」
『……気にしたら悪いのか』
憮然とするブランの頭を撫でて、アルも採取の手を止めて袋を閉めバッグに放り込んだ。ついでに大量の果物の袋もバッグに仕舞う。
「グリンデルにいた時にも冒険者としての依頼を受けていたんだけど、低位の頃って街中での作業依頼が多いんだよね。その時に調薬助手の依頼があって、色々教えてもらったの」
『……お前、貴族として生活しながらよくそんな時間があったな』
なぜか呆れているブランにアルは首を傾げた。そんなに呆れられるようなことはしていないのだが。
貴族時代は、早朝から剣稽古や体術訓練をして、その後家庭教師による勉強だったり、学園での勉強だったりをこなしていた。もちろん合間には多種多様な書物を読んで知識を蓄えた。
貴族が通う学園だったので、丸一日授業が詰め込まれることはない。ほとんどの生徒が学園入学までに家庭教師により基礎的な学習を終了させているからだ。
では、学園では何をするかというと、理解不足の点だけを学びなおしたり、剣術の実技を行ったりするだけである。最初に試験があって、それの合格点に満たないものだけが座学を受けるのだ。
学園の本義は貴族子息らの交流会のようなものであった。アルは適度にその交流会に参加しつつ、冒険者としての仕事を熟す時間を捻出していた。学園に行った振りで冒険者の仕事をしていても公爵らに気付かれることもなかったから、学園は良い口実になった。
「――まあ、色々あったけど、そんなに無理なことはしてないよ」
ブランから向けられる疑わし気な眼差しを受け流して、アルはバッグを背負いなおした。
「この辺のものはほとんど採取したし、先に進もう」
『うむ』
ブランがひょいと肩に跳び乗ってきたのを機に、採取を切り上げてこの森の探索を再開する。そろそろこの森の出口を見つけたい。まさか行き止まりということもないだろう。
「――って思った矢先にこれか」
『鬱陶しいな』
森を進みだした途端、大量の鳥の魔物が襲ってくるようになった。採取の時には一切襲ってこなかったのだから、空気を読んでくれていたと感謝するべきだろうか。だが、一気にたくさん襲って来るのは鬱陶しい。
この魔物は
「面倒だから広範囲に魔力波を放っているけど、すぐ追加がやって来るね」
『お前、何かあ奴らを引き寄せる匂いでも放っているのではないか?』
「嫌なこと言わないでよ」
ブランの揶揄うような言い方に、アルの言葉に苦い感情が混ざる。アルも実は同じことを思っていたのだ。
「――あ、三首鷹って、強い魔力に寄せられるんだ」
『あほう』
鑑定しなおして気づいたことを呟けば、心底呆れたようにため息をつかれてしまった。なんだかむかつく狐である。
ただ、アルの今の討伐法はさらに三首鷹を誘き出すようなものであるので、なんの反論もできない。かと言って、地道に剣で倒していくのも面倒である。
「結局撃退方法ってひたすら魔力波放つだけしかなくない?」
『――本気で鬱陶しいな』
ぼそりと呟いたブランが、飛び交う三首鷹へと空を駆けた。目にも止まらぬスピードで、三首鷹が地面に叩き落されていく。
それを見てアルは魔力波を放つのをやめて、自身の魔力の放出を最小限まで抑えた。
『ふん。雑魚が集いよって』
「ありがとう、ブラン」
空を埋め尽くす勢いだった三首鷹は瞬く間に地に伏した。アルは落ちた三首鷹の中から状態がいいものだけを選んでアイテムバッグに収納していく。帰ってきたブランの頭を撫でて労をねぎらい、今日の夕ご飯には甘いものをつけることを決めた。珍しく仕事をしたブランにご褒美をあげれば、今後もしっかり働いてくれるかもという下心はもちろんある。
『さっさと先に行くぞ』
「そうだね」
三首鷹の収納もあらかた済んで、スライムたちが死骸に群がるのを横目に見ながら、再び探索を再開した。時々襲って来る鳥の魔物はすかさずブランが叩き落してくれるので、本当に散歩気分の探索だ。なぜ今日のブランがこんなに働き者なのかちょっと疑問に思うが、とりあえず今は気にしないでおく。
「――またあったね」
『これが確実に出口だな。新たな入口かもしれんが』
森を突き進んだアルたちの前に現れたのは、もう見慣れた気がしてくる岩山である。ただ下部は洞窟ではなく、煌びやかな扉がついている。その扉も見覚えがあった。
「これ、上位種ゴブリンたちの現れた広場に通じる扉と同じだよね」
『そうだな。無駄な装飾だ』
森の中にある岩山に扉がくっついているのは奇妙以外の何物でもない。その扉が金装飾で華美なものならなおさらだ。
「これはやっぱり入った途端に閉じ込められるやつだよね」
『だろうな』
「また魔物が現れてね」
『そうだな』
アルはブランと顔を見合わせてから、空を見上げて日の傾きを見た。
「――よし、今日はここで野営にしよう」
『ふむふむ。今日は大量の果物があるだろう? 我は特別な甘味を所望する!』
尻尾をブンブン振りながらにやりと笑うブランの頭を強めに撫でた。
「ブラン、それを狙って今日は珍しく仕事していたんだね?」
『何のことだ?』
しらっと顔を背けて下手なリズムの鼻歌を歌うブランに笑ってしまった。ブランが要望しなくとも、今日は甘いものを作ると決めていたのだ。もちろんブランの働きに報いるためのものでもあるけれど、アル自身が今日は甘いものを食べたい気分であったので。
「ブランって鼻歌知っていたんだね。リズムがなんかおかしいけど」
『む? 森を探索していた冒険者が昔していたのだ。おかしいのなら、その冒険者のせいだな』
「え~、ブランが音痴なだけじゃない?」
『音痴?』
音痴というのが何か分からないらしいブランに笑いつつ、アイテムバッグから野営道具を取り出して設置した。
「今日はちょっと時間かけて調理するけど、ブランはどうする?」
『……うむ、我は寝るぞ』
ここにいればまた手伝いに駆り出される可能性に思い至ったのか、ブランはいそいそと寝床に向かった。今日はよく働いてくれたし、手伝いをさせるつもりはなかったのだが、居ても居なくても変わらないし、アルはそのことを告げることはしなかった。
「さて、とびきり美味しいのを作ってあげようっと」
頭の中のレシピを検索して、ブランが好きそうなものを作るために準備を始めた。
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