第43話 未知の穀物
黄金色の植物まで筏で水面を進む。その際にブランがずっと水中を覗き込んでいたが、魚の姿は見つからなかったようだ。気落ちした様子でゴロゴロと転がりつつ、近づいてきた黄金色の植物をちらりと見ていた。
アルは目的の植物に手で触れられる距離まで近づくと、バッグから取り出した湾曲したナイフで一束刈ってみた。コメは腕一本分ほどの長さの植物で、先端の方で垂れ下がる穂の部分を食べるらしい。その辺は麦に似ている。
「これは脱穀とかも考えないといけないな」
『ふ~ん』
「ブラン、別にお昼寝していていいんだよ?」
眠そうにくしくしと目元を擦るブランを見て、その頭をポンポンと撫でた。襲って来る魔物も今のところいないので、ブランが寝ていてもなんの問題もない。くるりと丸まったブランにブランケットを掛けて、アルは収穫に専念した。
「たくさんあるなぁ。でもほとんど可食部じゃない。この茎とか葉っぱ部分は干したらベッドに敷くのに良さそうかも?」
利用法を考えながらサクサクと収穫してアイテムバッグに詰めていく。今日は早めに野営にして、このコメを利用したい。ショウユと相性が良さそうだなと思いながら収穫を終えて、岸に戻った。
「ブラン、収穫終わったよ~。今日はここで野営にする?」
『む~……そうだな』
寝ぼけ眼のブランを抱き上げて、水場近くに敷いたブランケットの上に転がした。水で洗われた後日差しを浴びたブランの毛はいつも以上にもふもふしていて触り心地がいい。再び眠りに落ちたブランを暫く撫でてから、アルは作業を再開した。まずはテントと結界を設置する。
「コメ~、脱穀~。……これを使うか」
アイテムバッグから取り出した細い鉄針を木切れにたくさん刺して、麻布の上に置いた。
収穫したコメは魔法で乾燥させ、持ちやすい太さの束にする。その束をたくさんの鉄針で削るように動かすと、並んだ鉄針の間隔より太いコメ粒だけが麻布の上に落ちる。その作業を延々と繰り返し、麻布の上には大量のコメ粒が残った。
「――疲れた……。調子に乗ってたくさん採りすぎたかも」
地道な作業は疲れる。コメを気に入ってまた収穫する必要があるなら、魔道具を作ってからにした方が良さそうだ。
コメ粒は殻を被ったままなので、これも取り除かなくてはならない。まずは混ざった葉っぱなどを取り除くために、麻布の上で軽く混ぜながら、魔法で風を送った。
ゴミが除かれたところで、臼を使って殻を除く。本当に面倒な作業だ。アルはこうした作業自体の知識はあったが、こんなに面倒だとは思わなかった。全自動の魔道具を作ったら小麦にも流用できるかもと思いながら作業を終えた。
「できた!これがコメなんだね~」
苦労した分だけその達成感は大きく、機嫌よく若干茶色みがかった白い穀物を手で掬ってみる。大量にできたので、今日使わない分は麻袋に入れてバッグに仕舞った。
「さて、これはどうやって食べよう? やっぱおかゆ?」
一応鑑定してみると、いつものようにおすすめレシピなるものが示された。これは誰が誰に向けておすすめしているのか不思議だ。一度他の鑑定能力を持っている人にも同じ鑑定結果なのか聞いてみたい。
「――初心者は炊き込みごはん……? え、結構味付けして食べるものなの? ああ、そのままだとほのかな甘みはあるけど物足りない可能性……? そのままも気になるよ」
首を傾げつつ考えて、そのまま炊くのと炊き込みご飯というものと2種類作ってみることにした。
まずは鍋を2つおけるように石を組んで竈をつくる。その後、コメを水で洗って、鍋2つに分けて入れた。一方にはコメと等量の水を入れ、もう一方には刻んだ森蛇の肉とニンジン、調味料としてショウユと白ワイン、塩、蜂蜜を入れて水を加える。この鍋2つに蓋をした後竈にセットして、火をおこして炊いた。
「初めての作業でよく分からないけど、これでいいんだよね?」
ちょっと不安になりながらも、コメが炊けるのを待つ間に肉料理を作る。といっても、肉を焼くだけだが。昨日使って美味しかった魔猪のあばら骨部分の肉を取り出して適度な大きさに切って焼く。タレはショウユの甘めのものにした。蜂蜜がたくさんあるので砂糖の代わりに使い、いつもとは一味違うタレになったはずだ。
『旨そうな匂いだな』
匂いにつられて起きてきたブランが、尻尾をブンブンと振りながら肉が焼けるのを眺めていた。
「そうだね。コメの方も、甘い匂いがしてきたよ」
『ふむ。確かに甘い匂いだ』
適度なところでコメの鍋を火からおろしておく。暫く蒸らすのがいいらしい。テーブルの上に焼けた肉をならべ、作り置きのスープも置いておく。すかさず肉に食らいつこうとしたブランを止めて、アルはコメを2人分ついだ。ブランは食べないかもしれないから少なめにしておくのは忘れない。
「よし、じゃあ食べよう」
『……うむ』
ブランも未知の穀物が気になってはいたらしく、コメを恐る恐る口にした。アルもまずは味付けのないコメから食べてみる。
「――ほのかに甘い。ちょっと粘りがある? ……美味しいかも」
『味が薄いな。だが、パンよりは好きかもしれん』
「あ、そうなんだ?」
ブランが首を傾げつつ、コメを食べ進めている。途中肉の方にかぶりついてからコメを口にしたら、ぶんぶんと尻尾が振られた。
『肉と一緒に食うと旨いぞ!』
「ほんと?」
アルも食べてみたが、肉の濃いタレの味とコメの淡白な甘さが合わさり中和される感じで確かに美味しい。
「じゃあ、炊き込みご飯?っていうのも美味しいかも」
炊き込みご飯の方を具材と一緒に食べてみると、ほのかなショウユと肉の旨味がコメに絡んでいて、驚くほど美味しかった。どの味も主張しすぎることもなく、いくらでも食べれそうな味だ。
「鑑定さんのおすすめに間違いはなかった、な」
『うむ。これも旨い!』
ブランもご機嫌にコメを完食する。そればかりか、鍋に残っていたコメも平らげてしまった。
「美味しいから、コメを炊く用の設備をちゃんと作っておこうかな。鍋ももうちょっと工夫した方が美味しくなりそう。味付けとかも色々アレンジできそうだし、なんだか面白いね」
『そうだな。我はパンよりコメがいいぞ!』
「そっか。収穫ってここ以外でもできるのかなぁ」
今日収穫した分は全て食べやすいように処理してしまった。継続して得るには、どこかで育てることも考えた方がいいかもしれない。その時は加工のための魔道具も作らないといけないし、なかなか考えることが多そうだ。
「ま、とりあえずはたくさん収穫してある分を味わえばいいっか」
『今日は蜂蜜を使った甘味はないのか?』
「ないよ」
『……なぜ作らん』
しゅんと項垂れるブランを放って、アルは食事の片づけをした。
この森には見たことも聞いたこともないものがあり、興味深い。今日はもう日も落ちているから探索はここまでだが、明日からの探索がますます楽しみになった。
『甘味を食いたいー!』
「うるさいなぁ」
『最近食ってないぞ!』
「今日たくさん蜂蜜を食べていたでしょ」
『それとこれとは別なのだ!』
いつまでもブランがうるさいので、アルはアイテムバッグから作り置きの固焼きクッキーを取り出して、蜂蜜とクリームチーズを混ぜたものを塗った。その上に、魔の森で採取したモンモのドライフルーツをのせて、ブランに渡す。これぐらい手軽なものならすぐに出せるが、毎回ブランの言うことを聞いていたらきりがない。今日はアルも甘いものを食べたくなったから特別だ。
『旨い!!』
「美味しいね」
淹れたての温かいハーブティとともにお手軽甘味を2人で味わった。
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