第42話 待ち望んだ甘い蜜

 準備を整えて森に向かう。今日も日差しがあっていい天気だ。この空間の天気が変化するかは分からないが、雨になると探索が面倒なのでずっと晴れでいい。


「この草原にはなにもないね。雑草ばかり」

『そうだな』


 魔物がいる様子もない草原を通り過ぎて、森に入ったところで濃密な森の魔力を感じた。草原で感じていたよりも、森には濃い魔力が漂っていたようだ。


「さて、入ってすぐいいもの見つけた」

『なんだ?』


 アルの肩に乗っていたブランが首を傾げる。アルは木の根元に群生しているギザギザした葉を摘み取った。


「傷薬になる薬草ヨウモウギだよ」

『……アルは傷薬なんて使わんだろうが』

「えー、葉っぱとか木とかでちょっと怪我した時に使ってるんだよ。これでつくった傷薬の軟膏って便利なんだよね」

『そうだったのか』


 意外そうに呟くブランの頭を撫でて、アルはアイテムバッグから取り出した革袋にヨウモウギを詰めていった。


『お、なんか来たぞ』

「そうだね」


 採取している間に魔物が近づいてきたようだ。姿を現したのは、黄色と黒の縞々の蜂だった。アルが驚くくらい巨大である。


「あれは……ジャイアントビーだって。なんかそのままの名前だね」

『ふむ』


 興味なさげなブランの頭を撫でつつ剣を構える。


「巣を見つけたら蜂蜜をとれるらしいよ?」

『なに!? 蜂蜜探すぞ!』

「これを倒してからね」


 この蜂は毒針を持っているようなので油断できない。飛ぶスピードも速く、見極めて最小限の動きで避けた。


「速いなぁ。まあ、魔力波で攻撃すればいいっか」


 蜂の方が突進するように向かって来るのだ。タイミングを合わせて剣から魔力波を放った。

 魔力波はしっかり蜂を捉えてその体を両断する。この蜂の身は素材として使えないようなので、遠慮なく倒すことを優先した。


「さて、巣はどこにあるのかな」

『もっと奥の方じゃないか』


 蜂が現れた方角をブランが鼻先で示す。そちらに進もうとしたところで、木の陰から見覚えのある半透明の球体が見えた。ぴしりと固まって鉱物になりきっているようだが、その姿は洞窟で見たものと同じだ。


「――ここにも、スライムいたんだ」

『ちょうどいいではないか。その蜂の死骸はそれらに任せてしまえ』


 木を覗いてみると、数体のスライムが固まっていた。ブランの提案に頷いて、アルは蜂の死骸を放って奥に進むことにする。




 暫く進んだところで、再びジャイアントビーに出会った。それをさっさと倒して先に進むと、ジャイアントビーに出会う頻度が増えてくる。おそらく巣が近いのだろう。


『甘い匂いがするぞ』

「そう?」


 ブランがウキウキと尻尾を振る。アルにはまだ分からないが、この先に巣があるのは確実のようだ。

 ジャイアントビーを倒しながら先に進み、ようやく巣が見えてくる。大きな木の枝ににぶら下がるようにくっついている茶色い球体だ。巣からこぼれるように地面に黄金の雫が落ちている。


「……蜂蜜が巣から溢れてる」

『舐めてきていいか?』

「蜂がいっぱいいるよ?」


 巣から溢れる蜜とはいかがなものかと思う。普通の蜂だったら起こらない現象だ。鑑定によると、この蜂の巣は蜜を溢れさせるのが普通らしい。

 とりあえず、うずうずと蜂蜜に突進しそうなブランを押さえて、周りを飛び交っているジャイアントビーを退治するために剣を構えた。




「――疲れた……」

『我も、少しばかり疲れたな』


 次から次へと現れるジャイアントビーを退治するのは、思いの外疲れる作業だった。早く蜂蜜を食べたいブランが手伝ってくれたが、それにしても現れるジャイアントビーの数が尋常じゃなかった。森中から集まって来たのではないだろうか。

 ジャイアントビーの死骸が山になっているのを遠い目で眺めてしまう。その死骸はどこからか集まってきたスライムが早速処理しだしていた。スライムも森中にいるようだ。


「――よし、蜂蜜採取だ」

『地面に落ちてきているのは舐めていいか?』

「いいけどさ……」


 疲れていたのも忘れた様子で、尻尾を振ったブランが蜂蜜の元に駆けていく。さすがに地面に落ちたものを採取するつもりはないからいいのだが、ブランは興奮しすぎだと思う。


 アルは巣に近づいてアイテムバッグから瓶を取り出した。空の瓶はたくさん用意している。巣にナイフで傷をつけ、そこから溢れる蜜を瓶に集めた。瓶に落ちる蜜の勢いがなくなったら別の位置に傷をつけ再び蜜を集める。その繰り返しの結果、20本もの瓶に蜂蜜が集まった。


「これだけあれば、当分蜂蜜には困らないね」

『我も満足したぞ』


 口周りを蜜で汚したブランが満足そうに尻尾を振る。蜂蜜の味を気に入ったらしい。アルはアイテムバッグから取り出した布を水で濡らし、ブランの口元を拭った。もうちょっと気を付けて食べてもらいたいものだ。蜂蜜の汚れって結構落としにくいのだから。


「――今日はブラン丸洗いね」

『なに!? 我は洗われるのは好かんぞ!』

「だっていろんなところに蜜がついて、布で拭いてもベタベタしてるよ? ほら頭の上からも蜜がかかって、耳までベトベトだよ」

『むぅ』


 ブランも漸く自分の汚れ具合に気付いたのか、前足でくしくしと毛づくろいをする。だがそのせいで蜜汚れに砂がついてさらに汚く見えた。


「今日はもう触らないでね。野営の時に丸洗いするから」

『……うむ』


 しぶしぶ頷いたブランを再び布で拭いてから肩にのせた。


「さて、今日はどこまで行けるかな?」

『この森は採取できるものが多そうだぞ。時間をかけて探すぞ』

「そうだね~。あまり知られていないものも多そうだから、鑑定しながら探そう」


 周りには木や草が数えきれないほど生えている。それを鑑定眼で流し見ながら探索を再開した。


「あ、水場だ」

『湖……か?』


 のんびり歩いていたら、背の高い草の向こうに広い水場が広がっているのを見つけた。水は透明度が高いが、水場のほぼ半分が黄金色の背の高い草で覆われている。


「魚いないかな~」

『魚か。久しぶりに魚もいいな』


 ウキウキしながら水場を鑑定眼で見ていたら、予想外のものが鑑定で食用と示された。


「――え、あれ、穀物なの?」

『穀物?』


 首を傾げるブランに黄金色の草を指さして示す。


「あれ、コメっていう穀物らしいよ。僕は聞いたことないんだけど、麦がゆみたいに炊いて食べるらしい」

『……我はそういう食い物には興味がない』

「えー、僕はちょっと気になるな~」


 食べたことのない穀物だ。これは採取してみるしかないだろう。


『生えているのは水の中だぞ? どうやって採取するつもりだ』

「う~ん、水自体は結構浅く見えるけど、濡れるのも面倒だよね。ちょっと木を束ねて筏を作ろうかな」

『そんなに手間をかけてまで欲しいのか?』


 呆れるブランの頭をポンポン叩いてアルは笑った。


「未知の食材ってワクワクしない? 1回食べてみたいよ」

『……ふん、好きにしたらいい』

「なんならブランこの水場で泳いだら、体がきれいになるかもよ?」

『ふむ』


 今日は日差しもあり、冬とは思えないほど暖かい。水浴びしても問題ないくらいの気温だ。ブランもそれに気づいたのか、ぺたりとした毛を前足で撫でて思案気にしている。


「とりあえず、僕は木を切ってくるね」

『分かった』


 水場を眺めているブランを置いて、アルは再び森に戻って手ごろな木を探した。加工しやすそうな細めの木をいくつか伐採し、魔法で乾燥させて適度な長さに切りそろえる。森に生えていた蔦を使って木同士を結び付け、簡易の筏をつくった。


「よし。これを浮かべるよ~」

『ほう。早かったな』


 水場を犬かきで泳いでいたブランが、アルの作った筏を見て目を丸くしていた。ブランはふわふわの毛が水分を含んでぺしゃりとしていて、まるで別魔物になったようにほっそりして見える。その様に隠れて笑いながら、アルは水上に筏を浮かべた。一緒に用意していた長めの棒で水底を押して筏を進めると、流れが一切ない水場だったのでスイスイ進める。


『おお、安定感あるな!』


 ひょっこり筏に乗り込んできたブランが、筏の出来を褒めつつ、体をブルブル震わせて水気を飛ばした。


「ちょっと! ブラン、僕まで濡れるでしょ!」

『ふふん、我を笑った罰だ』


 アルがブランを笑ったのはしっかりバレてしまっていたらしい。アルはそれ以上ブランを責められず、沈黙を選ぶ。ただし、取り出した布でブランの体を強めに拭ってやった。


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