第41話 ひと休み
松明が等間隔に灯される変化のない階段を下り続け、アルたちが若干飽きてきたころに、ようやく階段の先に変化が訪れた。洞窟が途切れ自然な明かりが差しこんでいるのが見えたのである。
「自然な明かり?」
下っている洞窟の先に日が差し込んでいるというのも奇妙に感じられたが、ないことではないだろう。
最後の段差を下りて、小さな広場になっているところに開いた穴から外をそっと窺った。
「――森だ」
『森だな』
洞窟の外は少し開けた草原になっていたが、その先には鬱蒼と木が茂り、アルたちがよく見てきたのと同じような森が広がっていた。
「とりあえず危険はなさそうだね」
『うむ。森にはたくさん魔物がいるようだが、この草原には近づいてこないようだな』
草原に出てみると、久しぶりに感じる日差しが、アルたちを温かく照らした。空を見上げると、ちゃんと太陽がある。
「これは、不思議な空間から出て、魔の森に帰ってきた感じかな」
『洞窟の外に置いた印を探ってみてはどうだ』
ブランが周囲を見渡してから首を傾げる。なにか納得できないものを感じているようだ。アルもなんとなく違和感を覚えていた。
「印は、と――」
洞窟の外に置いた印を探してみると、何かに阻まれる感覚があった。だが、ちゃんと印は感知できたので、転移するのは可能だろうと思う。
「魔の森と同じ空間じゃないみたいだね」
『だろうな。森の魔力がちょっと違う気がする』
「あ、言われてみれば、そうだね」
ブランの言葉でアルが抱いていた違和感が解消される。魔の森の魔力よりも、この森から放たれている魔力は雑多な雰囲気に感じられ、違和感を生じさせていたのだ。
「僕らが出てきたのは岩山に開いた穴みたいだね」
振り返ると魔の森で目にしたような岩山があって、その下部に穴が開いている。既視感を感じるくらいそっくりだ。だが、あの長い階段が存在する余地はない気がする。階段自体も別空間になっていたのだろう。
「さて、先に進むか、今日はここで休むか」
『飯を食おう!』
アルがぽつりと呟くと、ブランがブンブンと尻尾を振って主張した。確かに今日は昼ごはんを食べていない。この空間にある太陽がどこまで信用できるか分からないが、日は傾いていて夕刻に近いだろう。早めの夕飯にしてもいいかもしれない。
「よし、今日はここで野営しよう。ここに魔物が近づいてくるかは分からないけど、一応結界も張っておこう」
『うむ。肉食うぞ、肉』
「はいはい」
興奮するブランを適当に宥めながら野営の準備を始めた。
結界を張ってテントやベッドなどを設置する。テーブルセットも出してから、その上に今日使う食材をのせていった。ブランの主張がうるさいので今日も肉がメイン食材だ。アルはそろそろ魚を食べたくなってきた。どこかに川がないかと明日からの探索に期待する。
「今日は
『うむ? 旨いならばそれでいいぞ』
魔猪は魔物暴走の時に狩った魔物で、肉が絶品という鑑定結果だったので確保していた。それを今日はショウユの鑑定で出てきていたタレに漬け込んで食べてみようと思う。
まずは、首を傾げながらも尻尾を振ってアルの周りをうろちょろ動き回るブランを捕まえて、テーブルセットの椅子に座らせた。ブランは前足をテーブルにのせて、爛々と光らせた目を肉の塊に向けているが、周りを歩き回られるよりは邪魔にならない。
「魔猪の背中部分の肉を今日は使うよ」
『そこの脂身部分も旨そうだぞ』
「これはまた別の日に食べよう」
『そうか』
ブランと話しながら今日使う部分だけ残して他はアイテムバッグにしまった。そして、肉の塊を若干厚めにスライスしていく。
『我はもっと厚い肉がいいぞ』
「このぐらいの厚さの方が、タレの味が染みると思うよ?」
『……うむ』
肉を切り終わったらタレの準備だ。丸太をくり抜いて作った大きな深皿にショウユと白ワインを入れる。そこにすりおろしたジンジャーとアプルを入れて、砂糖で味を整えた。
タレに大量の肉を入れて、全部にタレが絡まるように混ぜ合わせる。
「ブラン、これ時々かき混ぜておいて」
『ふむ。我の出番だな!』
ショウユの香りに興奮しているらしいブランにエプロンを着せ、椅子の座面の高さをクッションで調整した。ブランの手に櫛状の突起がついた木べらを渡す。
「さて、僕はスープの準備をしておくね」
火を起こして網をセットする。その上に鍋をのせ作り置きのスープの素を水と白ワインで溶いて熱した。具材にはイモとニンジンとベーコンを入れる。ハーブと塩を足して味を調整した。
『この肉はもう焼いてもいいのではないか?』
「そうだね」
ブランがしっかり混ぜてくれたおかげで、肉にはよくタレが絡んでいるようだ。スープの鍋を脇に寄せ、あいたところで平たい鉄鍋を熱し肉を焼いた。途端にショウユが焼ける香ばしい香りが漂い出す。
『いい匂いだ』
うっとりと呟くブランはぺたりと机に上体を伏せて目を閉じていた。
肉が焼けるのを待つ間、アルは作り置きのパンを薄切りし、網に並べる。この肉のタレはパンにもよく合うと思うのだ。
「よーし、焼けたよー」
『早くもってこい!』
いつの間にか椅子にきちんと座っていたブランがパシパシと机を叩いて催促する。せっかちな催促に呆れながら肉がのった皿をブランの前に置くと、間髪入れずに食いついていた。
『旨い!』
「そう」
『お前も早く食え!』
「分かってるよ」
スープを2人分注いでテーブルに置き、アルの方には肉の皿にパンを添えておいた。椅子に座って肉を口に入れると、甘めのショウユにジンジャーの辛味が合わさったタレの味が口に広がり、肉を嚙むごとに甘みのある肉の旨味が広がってくる。想像以上に美味しい肉だった。
「美味しいな……」
濃い目のタレの絡んだ肉をパンにのせて一緒に食べると、さらに美味しくて満腹感がある。時々スープを食べつつ、あっという間に夕飯を完食していた。
『旨かった!!』
「美味しかったね」
皿に残ったタレを舐めとる勢いのブランから皿を取り上げ、さっさと片づける。さすがにこのタレを舐めとるのは体に悪そうだと思う。
「オニオンの薄切りも混ぜたらよかったかも。味が染みて美味しくなりそう」
『我は肉だけでいいぞ?』
「えー、絶対、炒めたオニオンが甘くなって、ブランも好きだと思うんだけどなぁ」
『むぅ。そう言うならば、また今度作れ。我は何度でもこのショウユダレの肉を食いたいぞ!』
「そうだね。また作ろう」
新たに気に入りのレシピができて楽しくなった。これを味わうのが2人だけだというのがちょっと勿体なくも感じてしまう。
食事が終わったころには辺りは暗くなってきていた。明かりの魔道具を灯して椅子に座り、今は闇に覆われている森を眺めた。
「森にはどんなものがあるのかな」
『さてな。魔の森の奥ほど強い魔物はいなさそうだが』
「だよね。川とかあるかな。魚食べたい」
『ここの魔物が飲み水を必要としているならどこかにあるんじゃないか』
ここはアルがいた場所とは違う空間だと思われるが、風景を見ると無限に森が広がっているように感じられる。太陽もあるし、月も昇ってきていた。完全に閉ざされた空間ではなく、一つの世界になっているように思える。
「この空間には端があるのかな」
『ふむ……』
ブランが空気の匂いを嗅ぐように鼻先を上に向けた。
『森はどこかで途切れている。その先に何があるかは分からんが、ここは有限の世界だと思うぞ。上手く風や魔力を循環させているようだがな』
「そうなんだ? じゃあ、端を探してみるのもいいかもね」
『その前に、また階段に出会うかもしれんぞ』
「また奇妙な魔物を倒した後で?」
『うむ』
想像はいくらでも広がっていく。この空間については分からないことばかりだ。だが未知の探索は楽しい気がする。
この先がどうなっているかをブランと話して、夜も更けてきたところで明日に備えてベッドに潜り込んだ。
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