第40話 相次ぐ変化

 ゴブリンたちが攻撃してくる様子を見せないので、彼らを中心に半円を描くように移動してみた。


「おお、ちゃんと僕らを認識しているんだね?」

『そうだな』


 アルたちの動きに合わせて、ゴブリンたちも体の向きを変え、陣形を保っていた。体格がいいゴブリンを守るように前にいる3体のゴブリンがちょこちょこ動くので、ちょっとだけ面白い。


「この距離だと警戒はしても、敵意にはならないってこと?」

『うむ』

「ますます普通の魔物の反応じゃないよね」

『――明らかに、何者かの意思に操られているように思えるな』

「何者かの意思ねぇ」


 そもそもこの洞窟自体が自然発生的ではなく、何者かに作られた空間のはずだ。アルが元々いた場所とは空間自体がずれているように感じられるから、それは間違いないはずである。

 そこにいる魔物が誰かの意思に従っていると聞いてもなんら驚きはない。


「とりあえず、そろそろ倒すか」

『そうだな。調べるのは倒してからでもできる』


 アルたちを警戒し続けているゴブリンたちが可哀想に思えてきて、アルは彼らの方に近づいた。


「ギャッ」

「この距離で反応するんだね」


 ゴブリンたちが剣を構えたのは、アルとの距離がおよそ10mをきった時だった。ますます、何らかの指令を受けていたように感じられる。

 戦い自体はあっさり終わった。いくら剣を持っていたり鎧を着ていたりしても、所詮はゴブリンである。アルの敵としては弱い。

 ゴブリンが振った剣を薙ぎ払って、首を斬っていく。錆びた剣で傷を負ったら治りが悪いので、そこだけを気を付けてゴブリンたちと戦った。


「う~ん、別に変なことは起こらなかったね」

『そうだな』


 この空間を作り出したものがなんらかの介入をしてくるかと思ったが、すんなり戦闘が終わってしまった。ちょっとだけ警戒していたのだが、なんの意味もなかったようだ。


「さて、これからどうするか」


 広場を見渡しても、アルが入ってきた扉以外に道はないようだ。その扉は閉まったままなので、アルたちが閉じ込められている状況は変わらない。


『――待て。また何か送られてくるようだぞ』

「え?」


 ブランが見ているものにアルもすぐに気づいた。転移の魔力がゴブリンが現れたところよりも奥に集まってきている。


「今度はなに?」


 一応剣を構えて待つアルの前で魔力が収束していった。


「――なんか、豪華な箱?」

『うむ……。趣味が悪い』


 魔物であるブランにまでけなされるぐらい、転移されてきたと思われる箱は無駄に煌びやかだった。

 ベルベット風の赤い布が張られた箱は金で装飾され、目が痛くなるくらい輝いている。


「これは、どうするべき?」

『開ければ良いのではないか……?』


 アルが首を傾げると、ブランも戸惑ったように首を傾げる。

 ブランがアルの肩から下りて、箱の元に歩いて行った。


「え、大丈夫?」

『うむ。これはなんの魔力反応がない。ただの箱だ。……無駄に煌びやかだが』

「そう?」


 ブランの言葉を聞いて、アルもその箱に近づいた。

 箱には鍵もかかっていないようで、さあ開けてくれと言っているように感じる。だが、それで油断したくはない。剣先で箱をつついてから、箱を倒すようにして蓋を開けた。


『――回復薬だな』

「回復薬だね」


 思わずアルとブランが顔を見合わせる。まさかこんな豪華な箱に入っているのが、その辺の町で簡単に手に入る回復薬だとは思わなかったのだ。ちょっとだけお宝を期待した気持ちをどう処理したらよいのか分からない。


「これは、もらっていいってことかな? いや別にいらないんだけど」

『まあ、邪魔にはならんし、もらっておけばいいんじゃないか』

「これで窃盗だって怒られたりしない?」

『こうやって送ってくるくらいだ。そんなことはなかろうよ』


 よく分からないが、転がった回復薬を手に取ってアイテムバッグに収納した。


「さて、この印を調べてみるか」


 ゴブリンが出現した場所と箱が出現した場所にはそれぞれ転移の印と思しきものが埋まっている。この広場全体を調べる前に、手近な印から調べてみることにした。


「――ふ~ん。僕が使っているものと似ているかな。転移箱に近い?」

『この空間自体が転移箱の中、みたいなものか』

「そうだね。印があるところにものを送り込んでいるみたい」

『ふむ。……アルみたいなことを考えて実行できるものが他にもいたのだな』


 印は十分調べられたので、広場を眺める。だが、この印以外に興味を引かれるものが見つからない。扉を調べてみるべきだろうかと首を傾げた。


『アル。ここを見ろ』

「なに?」


 広場を駆けて見て回っていたブランに呼ばれて、扉近くの壁に向かう。


『ここに魔法陣があるぞ』

「あ、ほんとだ」


 ブランが前足で指したのは、壁の地面近くにある魔法陣だった。小さすぎて気づかなかった。


「これは……なに?」

『分からんのか?』

「そういうブランは分かるの?」

『……分からん』


 2人して首を傾げるしかない。この位置にあるということは、扉の開閉にかかわる魔法陣な気がするが、さすがに確証のない状態で未知の魔法陣を試したくはない。


「――もうちょっと、調べてみるか」


 魔法陣は複雑に絡み合っていて読み取りにくい。そもそも魔法陣というのは描かれた順序に従って魔力が流れることで効果を示す。つまり、描かれる順序で魔法陣の効果が変わるということだ。魔法陣が描かれる現場を見ていない限り、その効果を正確に読み解くのは困難だと言われている。

 しかし、その効果について推測することはできる。魔法陣が描かれた始点を見つけ、魔法陣の魔力の流れを推測しながら自分でも描いてみるのだ。そうすると魔法陣を理解しやすくなる。


『鑑定でも分からんのか?』

「――え?」


 気合を入れて魔法陣の解析に取り組もうとしたところで、ブランから思いもよらなかった言葉を聞かされた。


「あ……、確かに前に魔法陣の解析を鑑定でしたことあったな」

『阿呆』

「……」


 ブランの呆れた表情にアルはなんの反論もできなかった。落ち込みつつ鑑定で魔法陣を見る。最初は壁の鑑定結果が示された。


「――壁の構成成分不明ってなってるんだけど」

『なに? もともとこの空間自体が奇妙だが……』

「僕らがいるところが不明な物質の中ってちょっと嫌だよね……」


 壁の鑑定結果に顔を引きつらせつつ、魔法陣の鑑定に集中した。やがて、魔法陣の全容が理解できる。


「これは、さらに別空間に繋ぐ魔法陣みたい。転移とはちょっと違って、僕らが転移するんじゃなくて、別空間が近づいてきてここに結び付く感じかな」

『ほう。……分からん』


 憮然とした様子のブランの頭をくしくしと撫でる。転移などの空間に作用する魔法は理解が難しい。そうした魔法を使うことのないブランが理解できないのも無理はないのだ。アルは自分で転移の魔法陣を生み出せるくらいの理解力を持っているので、なんとかこの鑑定結果を理解できた。


「とりあえず、作動させてみても僕らに害はなさそうだし、魔力を流してみるね」

『うむ』


 ブランがひょいとアルの肩に乗る。万が一にも転移魔法が生じて離れ離れになるのを回避するためにも、くっついているのが安全だと判断したのだろう。

 もふもふの尻尾が頬をくすぐるのを感じながら、アルは魔法陣に魔力を流し込んだ。


「さて、どうなるかな」


 変化は徐々に訪れた。

 魔力を注いでから魔法陣から少し離れたアルの前で、壁の下部からぼろぼろと壁が崩れていく。かといって、砂が溜まることもない。崩れた途端に壁だったものは空気に溶け込むように消えていったのだ。

 1分ほど待つと、壁にはぽっかりと穴が開いていた。その穴の先には松明が灯され明るくなっている。


「また洞窟の続きかな?」

『階段があるぞ』

「……下るのか」


 穴の中は小さな空間だった。その中央の地面に穴が開き階段がある。その階段にも松明が灯っていて明るいのだが、ゆるくカーブしていて階段の先は見えない。


「行く?」

『ここまで来たら、進むしかあるまい』


 今のところ戻る道は確認できていないのだ。ここは進むしかないのだろう。アルはブランと顔を見合わせてから、階段の先に進んだ。



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