第39話 奇妙な対峙
「やっぱりいるよね……」
『うむ』
洞窟に入ってから2日目。アルが起きて目にしたのは、結界近くで固まっているスライムたちだった。昨日餌付けしたせいか、ここから離れる様子がなかったのだ。
「ま、いっか。なるようになる」
『我は食事を横取りされるのは嫌だぞ』
「そうだね~。獲物を横取りされないよう躾ける必要はあるかもしれないけど、この子たち結構賢そうだし、なんとかなるんじゃない?」
『うむ……』
挨拶するように跳ねるスライムを見たブランは、渋い顔をしつつも頷いた。現時点でなんの支障もないので、アルはスライムたちを追い払う必要性を感じていない。むしろ、使わない魔物の死骸を処理してくれるので助かっているくらいだ。
「さて、今日はさくさく進もう。ちょっとこの景色に飽きてきたよ」
『そうだな』
どこまでも続く岩の壁を見続けるのはさすがに嫌だ。
朝食を食べて結界の魔道具を仕舞う。スライムたちは一定の距離を開けてアルたちの様子を窺っているようだった。
「今日もゴブリンばっかりかなぁ」
『さぁな』
ブランを肩にのせて道なりに進む。右の道を選んで以来新たな分かれ道はなかったが、これで行き止まりになったらどうしようと考えながら歩を進めていると、前方から物音が聞こえた。
「来たね」
『これはゴブリンだな。だが、違う魔力もある気がする』
「うん」
アルが警戒して足を止めると、後ろをついて来ていたスライムたちが壁際によって固まったのが見えた。相変わらず戦うことは考えていないようだ。
「あ、ゴブリンと……蝙蝠かな」
『洞窟によくいる奴だな』
「でも、この洞窟明るいけど、支障はないのかな」
『魔物だからな』
蝙蝠といえば、明かりのない洞窟に生息する生き物だ。洞窟とは言え、松明で明るいこの洞窟で出会うのはちょっと不自然に感じる。魔物だからと言われてしまえばなにも反論できないのだが。
「ケイブバットか。ここは弱い魔物しかいないのかな」
『そうだな。どれもこの洞窟の壁から生み出されたものだろう』
「ふーん。まあいっか」
襲い掛かってきたケイブバットとゴブリンを斬り捨てて、ケイブバットだけ拾ってアイテムバッグに入れる。これは素材としての用途があるのだ。壁際で固まっていたスライムたちはゴブリンの死骸に飛びついていた。その捕食が終わるのを見届けずに先に進む。スライムたちについてくる意思があるなら、吸収が終わった後に追って来るだろう。
「種類は増えたけど、強さは変わらないから、単調な作業だね」
『うむ』
時折襲って来るゴブリンたちを倒しつつ進む。
『――後ろを見てみろ』
「なに?……え」
ブランに言われて振り向いたアルはその先に広がっていた光景を見て目を瞬く。
「スライムが増えてる?」
『ああ』
スライムの気配に慣れきって気にしていなかったのだが、いつの間にかスライムが10体以上に増えていた。
「スライムって、どうやって増えるんだろう。また壁から出てきたのかな」
『それよりも、あれだろう。分裂』
ブランが鼻先で示したのは、みょーんと横に伸びたスライムだ。伸びきったスライムの真ん中あたりがぱちんと切れて、2体に分かれている。魔石も分かれたのか、もしくは新たに生まれたのか、2体ともがスライムとして生きているようだ。
「え、スライムって分裂して増えるの?」
『そうだぞ?それは知られていなかったのか』
「知らないよ。もしかして、食べ物が足りなさ過ぎて、人の使役下では増殖できなかったのかな」
『そうだな。スライムは物質というより魔力で育つ魔物のはずだ。魔物の体や魔石を食って増える。ごみでは育たんだろう』
「そういうことか……」
スライムの新たな情報を知ったが、それが何かに役に立つとは思えない。すでに人の生活の中にスライムは存在していないのだ。今さら必要な情報ではないだろう。
「あんまり増えすぎたら可愛くないなぁ」
次第に岩の洞窟を埋めるように増殖するスライムを見て、アルは顔を顰めた。
『さっさと行けばいいだろう。こいつらは速く移動できん』
「そうだね」
ブランの提案に頷いて、アルは洞窟を進むスピードを上げた。この先が行き止まりになっていたら、このスライムの大群を倒して戻らなけらばならないのだが、それは今は考えないことにする。
「――これは、明らかに誰かが作ったよね?」
『うむ……。少なくとも魔物が作ったものではなさそうだ』
洞窟の先に進んだアルたちは、これまで通ってきた道よりも広い空間についた。一見するとただの行き止まりである小さめな広場だ。だが、その広場の奥に、明らかに何者かの手が加わったと思われる扉があった。
「無駄に豪華なんだけど」
『これは金か?』
洞窟に紛れるような土色の扉だが、金で細かな装飾がされているので、目立つことこの上ない。一体どういう思惑でこんな装飾を施したのだろうか。
「僕らより先にこの洞窟に入った人が作ったのかな」
『わざわざこんな洞窟の奥に扉を作って、金装飾したのか?』
懐疑的なブランの様子にアルも内心で同意する。こんな人気のない洞窟で金を使った扉なんて無意味以外の何物でもないだろう。
「これ、入るしかないよね」
『ここまで他の道はなかったからな。最初の分かれ道の左に進んでもいいぞ?』
「あのスライムの大群を越えて?」
『あの程度、火で焼き払ってしまえばいい』
「……とりあえず、この扉の先を調べてから考えよう」
いくらこの扉が怪しいと言っても、ここで引き返すのは今までの労力が勿体ない。引き返すのはこの先を調べてからでも問題ないだろう。
ブランもどちらでもよさそうなので、アルは怪しい扉に触れた。軽く触れただけで、扉がすぅっと開いていく。
「これは、完全に招かれている感じ」
『そうだな』
扉の先にはまた広場が広がっていた。気にせず進むと背後で扉が閉まる音がする。振り返ると、扉自体は存在したままだから、この洞窟に入ってきたような事態ではないのだろう。ただし、扉には取っ手がないので動かしようもなく、閉じ込められたのと変わらない。
「さて、何が起きるのかな」
『――来たぞ』
ブランが言うのと時を同じくして、広場に変化が訪れた。広場の中央付近に魔力が集まったのだ。転移の際の魔力に似ている。
何が起きてもいいように剣を抜いて構えながら、その変化を見つめる。次第に魔力が形をとって姿を現した。
「――え、またゴブリン……?」
『うむ……』
現れたのはこれまでの道のりで嫌というほど戦ったゴブリンである。見慣れた姿が現れたことについ脱力してしまった。
「でも、ちょっと、違う?」
『ゴブリンの上位種だろう。食うにはまずいことには変わらんが』
「ゴブリンを食べる気なんてないからね?」
現れたゴブリンは4体。前衛にいるゴブリン3体は木の棒ではなく錆びた剣を握っていた。後衛の1体は他より体格がよく、鎧のようなもの着て、無骨だが新品に見える剣を握っている。
「あの剣って、ゴブリンたちが作ったのかな」
『冒険者から奪ったものではないか?』
「ああ、そういうこともあるか」
森にいるゴブリンも冒険者が放置した剣を持っていることがある。それと同じだろう。つまりこの洞窟に辿り着いて剣を奪われた者がいるということだ。
「彼らは転移でやって来たよね? 誰かが転移魔法持ち?」
『いや、あれらの足元を見ろ』
「あ、印……?ゴブリンが転移魔法持ちって考えにくいし、誰かが転移で送り込んできたってことかな」
『そうだな』
「つまり、この様子を見ている者がいる? 僕らがここに入ってきたことを知って、ゴブリンを送り込んできたってこと?」
『さてな。あの扉も自動で閉まったようだし、転移も自動で起こるようになっていたかもしれないぞ。この広場を調べてみたらどうだ』
「そうだね」
一応この事態に納得がいったところで、改めて疑問に思うことがあった。
「ねぇ、彼ら、現れたはいいけど、もしかして僕らの攻撃を待っているのかな?」
『……奇妙だな』
転移で現れたゴブリンたちは、アルたちの会話が終わるのを待つように静かに佇んでいた。
「ここって、なんなのさ……」
改めて今いる場所の不可思議さに思わず呟いてしまった。
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