第35話 旅の準備

 翌日から早速、次の旅に向けての準備を始めた。まずするのはアイテムバッグ作りだ。


「大腐蛇の胃袋を綺麗にしないとね」


 ギルドで解体された際にある程度綺麗にされているようだが、気になるのでアルの方でも特殊な洗浄液に漬け込む。1時間ほど漬け込むと、綺麗に洗浄されるだけでなく、表面も滑らかになりバッグとして加工しやすくなるのだ。


「その間に外側を作ろう」


 バッグの外側には、黒魔馬の革を使うことにした。胃袋の形に合わせて、背負える形に革を切り、縫い合わせる。背負うベルト部分は特にしっかり縫製し、壊れにくいようにした。

 胃袋の洗浄が終わったので、水洗いして日陰干しする。魔法でも乾かせるが、多少その性質が変わる可能性があるので、ここは丁寧に作業することにした。


『む、もう作業していたのか』


 起き出してきたブランがアルの隣にちょこんと座る。


「あ、おはよう。朝ごはんはそっちに用意しているからね」


 昨日の夕食時に朝食用の肉も切っておいたのだ。ショウユダレに漬け込んだ鳥肉を弱火でじっくり焼いたものをパンで挟んである。あまり野菜を食べたがらないブランだが、少しは野菜を食べさせようとキャベツの千切りも一緒に入れている。


『おお、これはショウユか!』


 テーブルセットに駆け寄って食事をとるブランをちらりと見てから作業に戻った。大腐蛇の胃袋はそれだけではアイテムバッグとして作用しない。他の魔道具と同様に魔法陣を描く必要があるのだ。だが、一度魔力を流し込んでしまえば半永久的にアイテムバッグとして使える。

 魔法陣を描くのはいつものようなペンとインクではダメだ。魔力が通る糸で直接魔法陣を縫い付けるのだ。

 魔道具用の糸を取り出し、必要な分より長めに切って特殊な染料につける。この染料に漬けることで魔力を通しやすくし、また保持しやすくするのだ。よく染みた後は軽く絞って、これも干しておく。あまり魔道具作りの下準備で魔法を使うことは推奨されない。


『これでアイテムバッグを作るのか』

「うん。乾くまで待たなきゃいけないけどね」


 夕方には縫い合わせられるだろうと判断して、次の作業に取り掛かった。旅の間も魔の森を通るので、この拠点と同じくらいの強さの結界が必要だと思い出したのだ。すでに拠点作りで要領は分かっているから、新たな結界の魔道具を作るのは早く終わる。

 後はベッドなどの大物。魔法を使って作るものではないので、単純に木を切ったり組み合わせたりしてつくる。といっても、ベッドやテーブル、テントを作るのは地味に疲れる。早朝から続けた作業は昼頃になって完成した。


「ふぅ、疲れた~」

『ふむ、すべてここの物より小さめに作ったのだな』

「そうだね。こういう広い平地ばかりじゃないし、どこでも使えるように小さめにしたよ」


 テントを大きくしてしまえば、結界もそれに合わせて大きくしなければならない。そうなると結界の魔力消費量も大きくなり、魔力補充が面倒になる。旅に適したサイズに全て作り変えていた。


『なかなか良いではないか』

「そう?まあ、テントは寝る用だから、狭くてもいっか」


 テントはベッドを入れたらぎゅうぎゅうだ。だが、寝るために使うのだから支障はない。ベッドには草を敷き詰めた上に、黒魔虎の毛皮を載せている。黒魔虎はふわりと柔らかい毛皮だったので、ベッドに最適だと確保しておいたのだ。上からかぶるのは、魔物暴走時に狩った鳥型の魔物の羽毛を詰めた掛布団だ。これが予想以上に温かく、夜は温度調整の魔道具も必要としないかもしれない。


『後は何を作るのだ?』

「うーん、もうないと思うけど。午後からは買い出しかな。色々揃えたら、いつでも出発できるよ」

『ふむ。もうすぐ本格的な冬になるようだからな』


 空を見上げるブランにつられてアルも空を見上げる。だからと言ってアルにはその違いがよく分からないのだけれど、長く自然とともに生きてきたブランにはなんとなく冬の訪れが分かるらしい。


「そっか、じゃあそろそろ出発だね」

『うむ』


 旅の準備を整えるために街に買い物に行くことにした。






 魔の森を出たところで、町では既に雪がちらついているのが分かった。明確に森との境目から天候が違っている。


「……何度も思うけど、おかしいよね。魔の森だけ別空間にでもなってるのかな」

『気温自体は同じようだがな』


 確かに今朝ぐらいからグッと気温が冷え込んでいる。アルは火焔猪のコートがあるからある程度は平気だが、なければ相当困っただろう。行きかう冒険者や町人も分厚いコートやマントを羽織り、手袋や襟巻をつけている者もいる。町人はともかく、冒険者があんなに厚着しては動きにくそうだ。寒さで強張る方が駄目なのだろうけど。


「さて、買い物しよっと」

『何を買うのだ?』

「調味料とか布類とか、色々だね」

『ふむ』


 あまり興味なさげなブランを肩にのせて歩き出す。この間も買った調味料店で、塩や砂糖を買い足した。ついでに料理酒も少なくなっていることを思い出し、店員におすすめ店を聞いて買いに行く。白ワインや赤ワインなど、基本的に酒類を口にしないアルだが、料理にはよく使うのである程度の量が必要だった。


「さて、次は布類かな」


 目についた店で革袋を大量に買う。アイテムバッグに入れるにしても、革袋にひとまとめにして入れておいた方が出し入れしやすいのでよく使うのだ。特に果物とか薬草の採取などのときに。

 洋服は中古店でサイズが合うものを適当に見繕った。今までは3着をローテーションで着ていたがさすがにちょっと草臥れてきていたので、思い切ってたくさん買っておく。さすがにもう身長が伸びることはないだろう。低くはないが高くもなく、平均的な身長で止まったが、それに何を思うこともない。父親はだいぶ背が高くて体格が良かったが、アルは完全に母親似だということだろう。


「後は、野菜と小麦粉を買ってから、ラトルさんのところに行こう」

『ラトル?』

「この剣を作った人だよ」

『ああ、あいつか』


 市場でちょっとお高い野菜や小麦類を買い足してラトルの店を訪ねた。


「こんにちは」

「ん?おお、レイ坊がつれてきた、アルだったか」

「はい。今日はちょっとお願いがあってきたんですけど」

「なんだ。剣に不具合でもあったか?」

「いえ、そうではなくて、よかったら魔軽銀を分けてもらえないかと思いまして」


 鉱物を手に入れるのは基本的に伝手がないと難しい。たいていの鉱物取扱業者は個人を相手に商売しないのだ。武器職人や金物職人のギルドに卸して、そこからギルド員が購入する形になる。つまり、外部の人間は欲しい鉱物を手に入れるにはギルドと交渉しなくてはならないが、職人のギルドというのはよそ者を嫌う傾向がある。


「魔軽銀か。在庫はあるが、どのくらい必要だ?」

「できればこのプレートの形にして、500枚ほど欲しいんですけど」


 見本となるプレートを差し出すと、ラトルがふむと頷いて、在庫の量を確認した。500枚もあればそうそう使い切ることはないだろうから、ここで確保しておきたい。転移魔法陣で簡単に帰ってこれるとはいえ、そう頻繁に旅を中断するつもりもないし。


「よかろう。俺が作っておいてやる。金額はこれくらいになるがいいか?」

「はい。お願いします。あ、ついでに、こういう箱も作れますか?」


 箱にも魔軽銀を使っている。これもなければないでやりようがあるが、できればあった方が便利だ。


「箱か。ふむ、魔軽銀だからな、このくらいの加工も簡単だろう。これも同じ数か?」

「はい、できれば」

「では、ギルドから仕入れてきておこう。プレートと箱代を合わせたら、このくらいだな」


 提示された額は妥当なものだったので軽く頷く。


「はい。それでよろしくお願いします。それで、どのくらいかかりますか?」

「2日もあればできるだろう。明々後日以降に取りに来い」

「わかりました。ありがとうございます」


 上手い事交渉が進んだので幸運だった。


『アル、いつまでかかるのだ。夕飯はこっちで食っていくのか』

「あ……ほんとだね」


 気づいたら空が夕暮れになっていた。ラトルに別れを告げて外に出て暫し考える。


「……レイさんが泊っている宿でご飯食べる?」


 ブランはあそこでの食事を気に入っていたようだったので提案すると、ブランの尻尾がブンブンと振られる。言われずとも答えが分かり、アルは笑って宿の方へと歩いていった。





 夕食を終えて拠点に帰ってきたアルは、寝る前にアイテムバッグを仕上げてしまうことにした。作業を翌日に持ち越すのはなんとなく気分が落ち着かない。


「よし、ちゃんと乾いてるね」

『我はもう寝るぞ』

「はーい、おやすみ」


 作っておいた黒魔馬のバッグの内側に乾いた大腐蛇の胃袋を入れて縫い合わせる。そして、内側に魔法陣を縫っていった。この時注意するのは魔力の流れを途切れさせず、決まった順序で流れさせ、最終的に始点に戻ること。これにより魔力の循環が出来上がり、アイテムバッグとして能力を発揮できるのだ。

 後は出来上がった魔法陣に魔力を流して完成である。バッグの容量を確認してみると、今まで使っていたものの数十倍の容量だった。これが満杯になることはそうそうないだろう。


「よし、今日はもう寝よう。明日からはパンの作り置きと、あとはスープとかも作り置きしていたら楽かな……ふあぁ、ねむ」


 既に時間はいつもの入眠時刻を超えている。ブランが大の字で寝ているベッドにアルももぐりこんですぐに眠りに落ちた。

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