第34話 忘れていたベリー

 魔の森では様々な果物や薬草などが採れたので拠点に戻って整理することにした。そろそろ目的地に向けての旅を再開したいし、その準備をするのも必要だ。


『甘味だ、甘味!』

「……散々モンモを食べたのに」


 尻尾を振りつつ甘いものを要求するブランには毎度のことながら呆れてしまう。だが、ベリーの存在を忘れていた代償として甘いものを作ることを約束していたので、とりあえず作っておくことにする。まだ夕食には早いが、その準備をしてから荷物を整理すればいいだろう。


「ベリーか……。タルト食べたいかも」

『タルトとはなんだ』

「ケーキの亜種みたいな」


 相応しい説明が思い浮かばなくて首を傾げると、ブランも首を傾げてしまった。


「クッキーの上にクリームとかのってる感じかな」

『うむ。旨いならばそれでいいぞ』


 なんとなく想像がついたのか、ブランがこくりと頷いた。了承を得られたようなので早速作り始めた。

 まずはタルト生地から作る。パン焼き窯を作っていたので、それを使えばいいだろう。小麦粉などの材料を混ぜ合わせ、金型に詰めて成型する。火を入れて温めておいた窯にその金型ごと入れてじっくり焼いた。

 生地が焼きあがるのを待つ間に、その上にのせるものを作る。ベリーを鍋で熱し、砂糖と少量のレモン汁を入れ、ベリーの形が崩れるまでよく加熱した。これは焦げ付かないように混ぜ続けなければならない。横でブランが興味津々で鍋を見ていたので、手伝ってもらうことにした。


「ブラン、この鍋混ぜておいて。底が焦げないようにね」

『なに?!』


 驚いて固まるブランを無視して、ブランの毛を覆うように、実は用意していたエプロンを装着した。頭から胴体を覆うフード付きのコートみたいなものだ。手の部分と顔は出ているが、まあいいだろう。


『……これはなんだ』

「エプロン。毛が入らないようにね」

『むぅ』


 ちょっと嫌そうだが文句を言うわけではないので気にしない。ブランが立つ台を用意して、ジャムを混ぜる用の木べらを渡す。


『……仕方ないな』


 不承不承といった言葉だが、その言葉の意に反して尻尾がご機嫌に振られている。なんとなくブランが考えていることが分かって釘を刺しておくことにした。


「ブラン、盗み食い厳禁ね。もししたら、ブランの分のタルトの分け前少なくなるからね」

『なに?!我を働かせておきながら、分け前まで減らすつもりか!』

「いや、ブランが盗み食いしなければいいんだよ?」

『む……。分かった』


 途端にシュンとして、静かに丁寧に木べらでかき回し始める。それを見てからアルは作業を再開した。

 クリームチーズに砂糖などを混ぜ合わせて練り合わせる。そのあと、アイテムバッグから取り出した作り置きの卵蒸しパンを小さくちぎっておいた。

 いい匂いがしてタルト生地が焼きあがったので、窯から取り出して粗熱をとる。金型から取り出したら、ちぎった蒸しパンをタルト生地に敷き詰め、その上にクリームチーズを厚めに重ねた。


「ブラン、ジャムはできた?」

『うむ。形は崩れて、トロッとしておるぞ。……旨そうだ』


 涎を垂らしそうなブランの脇に腕を入れて抱えた。ブランの涎入りジャムとか食べたくない。もう一方の手で鍋を火から離し、濡れた布の上に置いた。ここで粗熱をとってから使おうと思う。


「ブラン、ありがとね」

『むふっ、我ぐらいになれば、これしきのこと簡単だ!』


 そう言いつつ誇らしげなのが可愛らしい。たまには手伝いを頼んでみたらいいかもしれない。おだてれば、意外と色々やってくれそうだ。


「夕飯は何食べる?」

『我は久しぶりにがっつり肉を食いたいぞ!』

「……毎日肉食べてるでしょ?」


 この狐は何を言っているのか。普段食べているものは肉ではないとでも言いたいのだろうか。


『普段の飯も旨いが、たまにはシンプルに焼いた肉を食いたい!たくさんの種類の肉があるのだろう?今日は焼肉パーティーだ!』

「ああ、確かにシンプルに焼いたお肉って最近食べてないかも?」


 ブランに言われて思い出したが、最近は煮込み物が多かった。拠点の温度は快適に保っているが、結界外は寒いから自然と温かいものを作りがちになっていたのだ。焼いた肉をシンプルに塩で食べるのもいいだろう。


「じゃあ、肉を焼きやすいように切っておけばいいんだね」

『うむ』


 ギルドから引き取ってきた様々な肉を少しずつ、種類を多く食べれるように切っていく。薄切りしたり、サイコロ状にしたりと食感を楽しめるように切り方を工夫した。ついでに、ブランは食べたがらないだろうが、野菜も切っておく。アルは肉ばかりじゃ飽きるので。

 肉を切り終わったころにはジャムも冷えてきていたので、クリームチーズの上に塗った。あまり多すぎても少なすぎてもダメなので、塗る厚さは慎重に決める。


『旨そうだ』

「まだだよ。これは夕食後のデザートなの」


 今にもかぶりつきそうなブランの前からタルトを持ち上げ、アイテムバッグから取り出した冷箱にいれる。この冷箱は、常に箱内が設定温度に冷えていて、入れたものを冷やして保存できるようにつくった魔道具だ。


『早く、夕飯にするぞ!』

「まだちょっと早いよ。夜中にお腹空いても何も作らないよ?」

『むぅ。……腹が減った』


 キュンキュン鳴いて擦りついてくる頭を撫でて、アイテムバッグの整理を始める。ブランを甘やかしてばかりいたら、際限なく飯を作ることになってしまう。ブランにはアルの都合を覚えてもらうようにしないと。


「うーん、やっぱり調味料類は買い足しておくべきかな。料理すると結構減るんだよね。ハーブ類は今日採ってきたから、これは明日乾燥させよう。後は旅途中でパンを焼くのは面倒だから、ここでたくさん作り置きしていた方がいいか」

『……我は小屋で寝ておくぞ』


 ブランはアルが要求に頷かないと諦めたのか、尻尾をだらんと垂らしてトボトボと小屋に向かっていった。夕食までベッドで寝るつもりなのだろう。


「あ、ベッドとかも旅用のものがあるといいよね」


 ちゃんとした環境で寝るのは大切だと実感したので、色々と旅を快適にするグッズも必要だろう。ベッドやテーブルセット、ベッドが入るテントなど欲しいものはたくさんある。


「それを収納するには、やっぱりアイテムバッグも作り足さなきゃな」


 大腐蛇の胃袋で、今の物より大容量のアイテムバッグを作れるはずである。最優先すべきなのは、アイテムバッグを作ることだろう。


「材料は……うん、全部あるね」


 必要な材料で最も希少なのは大腐蛇の胃袋だ。それ以外のものは、アルが以前から使っていた魔道具製作キットで十分足りる。大腐蛇の胃袋がないと、他に希少な素材がたくさん必要なので、魔物暴走時に大腐蛇に出会えたのは幸運だった。


「旅のために買い足すのは布類とか調味料、後は野菜類も買い足したいな。洋服も一応何着か買っておこうかな。あ、魔軽銀の在庫も少なくなってきたから、これも仕入れよう。ノース国は鉱物資源が豊かだから安く手に入るはず」


 旅に必要なものをまとめた後は、そろそろ夕食の時間だった。ブランに声をかける前に火を起こした上に網を載せ、厚めの肉から並べる。次第に良い匂いがしてくると、小屋の方からブランが駆けてきた。


『焼き始めたのか!我を呼ばずに1人で食うつもりだったのか?!』

「いや、ブランに声かけなくても、匂いがすれば勝手に来るかなって思って」

『むぅ……』


 アルの思惑通りにやってきたブランは何も言えず、拗ねてテーブルセットの椅子に座った。顎を机にのせ、じっと肉が焼かれている方を見ている。


「そんなに見てたら焼きにくいでしょ。ほら、最初の焼けたから食べな」

『おお、旨いぞ!』


 ブラン用に焼けた肉を出したら、すぐさま食いついて食べだす。アルも食べながら肉を焼き続けた。大部分はブラン用の肉だ。


『旨かった!』

「美味しかったね」


 初めて食べた肉も多かったが、さすがランクの高い魔物の肉。その肉は塩をふっただけでも美味しかった。肉自体の旨味が凄い。たまにはシンプルに食べるのもいいなと思いながら、食後のデザートを取り出す。


『むふふ、旨そうだな』

「そうだね」


 切り分けた一口を食べたブランがぴたりと固まる。アルも食べてみると、ベリーの甘いジャムとクリームチーズの甘酸っぱい感じ、そしてタルト生地のさっくりした食感と柔らかいパンにチーズが染みてしっとりした感じが合わさり、正直想像以上に美味しかった。


『……旨かった』

「美味しかったね……」


 何ものっていない皿を切なげに見つめるブランの頭をそっと撫でておく。また作ってあげよう。次は違う果物で作ってもいいかもしれない。


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