第33話 魔の森での採取
とりあえずこなすべき用件はすべて済んだので、後は気楽に行動できる。あまり魔の森を探索できていないし、1度深く探索してみることにしようと思う。
『果物はどこだー!旨い肉はどこだー!」
「ブラン、うるさい」
尻尾をフリフリ、ご機嫌なブランが肩で少し鬱陶しい。ブランは何度か魔の森を探索しているはずなのに、なぜこんなにテンションが高いのだろう。
「ショウユの実も探してよ?あれ、結構万能調味料だから、今後の旅でも大活躍だと思うんだよね」
『そうだな。あれは必須だ』
すっかりショウユの味を気に入っているブランと一緒に森を歩く。歩くというより駆けると言ってもいいスピードだが、ちゃんと木や植物に目を向けて、有用なものを見逃さないようにしている。
「おっと、早速見つけた!」
『なんだ?』
「ショウユ!」
『おお、たくさんあるではないか!』
森の浅いところは冒険者がたくさん探索しているのか有用なものが見つからなかったが、半ばまで来たところで漸く見つけた。途中、魔物暴走の時にアルが担当した場所を通ったが、しっかり若木が生えてきていた。魔の森の再生スピードが少し恐ろしい。だが、それくらいのスピードで再生するなら、魔の森では採りつくす勢いで採取しても大丈夫な気がする。
「ここのは全部採っちゃおう」
『うむ』
ブランと手分けしてショウユの実を採取して袋に詰める。前回と同じくらいの量が採れそうだから、暫くはショウユ不足を心配しなくていいだろう。
「ん?」
ショウユの木の根元に、可愛らしい紫の花が見えた。パープルカラミントだ。葉はハーブティーにすると良い香りがして美味しい。
「そう言えば、お茶も少なくなってたんだった」
食後や寝る前などに飲むので、用意していたものが少なくなっている。アルは紅茶が好きなのだが、紅茶の茶葉は高い。普段飲むのはハーブを独自にブレンドしたお茶が多かった。とりあえずパープルカラミントも摘んで別の袋に詰める。街で袋を買い足した方がいいかもしれない。
「どっかにお茶の木ないかなぁ」
『茶は食っても腹に溜まらんぞ』
「そういう目的で口にするもんじゃないんだよ?こう、精神を穏やかにさせる的な」
『茶が必要なほど荒れた精神ではなかろう』
「……そうだけどさ」
ブランにはお茶の必要性は理解してもらえそうにない。アルは1人で楽しめればそれでいいから、無理に共感を得ようとは思わないが。
『ほれ、次いくぞ』
「はーい」
ショウユの実が詰め込まれた袋をアイテムバッグに仕舞って、再び森歩きを再開する。
森の半ばあたりでは、果物などは見つかりそうにない。ここまで採取に来るものも多いようで、熟した実が全て採られた木をいくつか見つけた。その度にブランががっかりして肩で項垂れる。
「あ……」
『どうした?』
「前に採ったベリー、全然食べてないね」
『っ、なぜ、忘れていたのだ?!』
「ちょ、忘れていたのはブランもでしょ!頭叩かないで!」
ふと思い出したことを呟いたら、一瞬固まったブランがアルの頭をバシバシ叩き出す。忘れていたのはブランも一緒なのに、こんなに責められるのは納得がいかない。アイテムバッグに仕舞っていると、結構存在を忘れるものがあって危険だ。
『今日の甘味はベリーだ!ベリーを使って何か作れよ!』
「分かったから、もう落ち着いて」
アルが了承したら、漸くブランの手が止まった。ブランのパンチは地味に痛いのだ。爪ではなく肉球で叩く配慮はしてくれているが、その配慮の前に叩くのはやめろと言いたい。
「とはいえ、何か他の果物も欲しいなぁ。……あ」
『ん?なんか来るな』
「来るね」
ここまで出会う魔物はすべてさっさと斬りアイテムバッグに収納してきたが、どうやらちょっと強い魔物の気配がする。森の半ばより奥に入ると至る所で強い魔物の気配がしていたが、こちらに向かって来る個体は今日初めてだ。
「何かなぁ」
『旨いもんが良いぞ!』
「選べるものじゃないけどね」
アルの方からも魔物の方に向かっていく。一応地面ではなく、木々の枝を跳んで進んだ。
「……なにあれ?」
『奇妙な魔物だな』
木々の合間から見えた魔物の姿は異様なものだった。これまでアルが出会ってきた魔物は大半が普通の獣が魔物化した姿のものが多かった。だが、アルに迫ってきたのは、クマっぽい体に鳥の頭がついている魔物である。アルの気配に気づいていても、木の上に視線がいかないのか、アルがいる木の近くで首を傾げている。
「ピギャオッ……?」
「ねぇ、あの姿、バランス悪くない?」
『ふむ。あの頭後ろまで回るようだぞ。意外と効率がいいのではないか』
「あ、そうなんだ」
『鑑定すればいいだろうに』
「……鑑定します」
忘れていたとは言いにくい。言わずともブランは気づいて呆れているが。
鑑定してみると、奇妙な魔物は
「……これさ、気づく前に狩っちゃったら、なんか可哀想だね」
『これが愚かなだけだろう。さっさと狩ってしまえ』
あくまで地上に獲物がいると想定して探している梟熊の上で、ちょっと申し訳なくなる。
「ピギャアッ!」
「あ、気づかれた」
『だから、さっさと狩れと言ったのに』
漸くアルを視界に捉えた梟熊が、激高した様子で吠えてくる。同時に風の魔力が押し寄せてくるのを感じて、木から飛び降りた。
アルがいた木がばっさり切られて倒れる。だが、その時にはアルは梟熊の後ろに回って剣を振りかぶっていた。
「ギャビーッ」
「あ」
梟熊の頭がグルっと回ったと思ったら、アルを見て存外素早い動きで跳び、剣を避けられてしまった。
「おっと……」
続けて放たれる風の刃を避けて、梟熊の隙を探るも、意外と死角がなくて攻めどころが見つからなかった。
「え、意外と厄介な魔物?」
『余裕かましてたからだろ』
風の刃を避けて激しく動くアルの肩の上でブランが呆れている。移動の遠心力で飛ばされないようにしがみつかれてちょっと邪魔だ。
「こういうときは魔力波だよね」
剣に意識的に魔力を流し、梟熊に向けて横薙ぎする。魔力は必要最小限に調節した。
「ピギャアアァアッ」
避けようとする梟熊だが、アルはそれもちゃんと想定して範囲を定めていた。梟熊がその範囲から逃れる前に、魔力波がその身を捉える。首のところが切られ、梟熊は地に倒れ伏した。
『おお、成長したではないか。今回は木を巻き込んでいないぞ!』
「でしょ?」
ブランに褒められてちょっと嬉しくなる。魔物暴走を通して、この剣の扱いに慣れてきたためか、アルの望みのために剣が必要としている魔力もなんとなく分かるようになってきた。その結果、必要以上に他を傷つけず、対象だけに力を向けるよう計算するのも楽になった。
「これは仕舞って、後で解体しようっと」
『うむ。肉はたくさんあるしな』
「そうだね」
アイテムバッグに仕舞って歩き出す。梟熊に相対するために結構深くまで来ていた。この辺になるとさすがに限られた冒険者しか来れないのか、薬草や果物が割とすぐに視界に入る。
「あ、ブラン、モンモがあるよ」
『おお、たくさんあるではないか!』
急激にテンションを上げたブランが、ビュンっとアルの肩から飛び降りモンモの木まで駆けていった。すぐさま熟れた実をとってかぶりついている。
「ちょっと、あんま食べないで、ちゃんと採取してよ?」
『うむ』
ひょいっと木の上で跳んだブランが、次から次へとモンモを採取してアルのところに投げてくる。
「ちょ、あぶないっ、モンモが傷ついたり落ちたりしたら勿体ないでしょ!」
『……そうだな』
投げられた実はちゃんと受け取ったが、さすがに柔らかいその実を傷つけずに取るのは難しい。ブランを叱ったら、すぐにそのことに気付いたブランがぴたりと止まって、今度はそろりと実をアルへと落としてきた。アルは木の上に登れるし、そこまでしてブランが採取する必要はないのだが、熟れた実を探すのが楽しそうなブランを見て何も言わないことにした。
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