第32話 不憫な人

  翌朝、冒険者ギルドに預けた魔物の解体が終わっているはずなので、朝一で向かった。朝はギルド掲示板に新着の依頼が載るので冒険者がたくさんいる。ごった返している掲示板前を通過して、魔物素材買取(解体依頼)カウンターの係員に声をかけた。


「おはようございます。こちらで解体依頼をしていたんですが、リストはできていますか?」

「あぁ、アルさんですね。暫しお待ちください」


 アルのギルド証を確認した係員がカウンター脇にあるボックスから書類を探した。


「全部解体が終わっていますよ。こちらがリストになります。アルさんが引き取る分にチェックを付けてください」

「分かりました」


 渡されたリストは魔物の種類と素材名が書かれたもので、その左端にチェック欄があった。ギルドとして普段からこういった作業があるのか、しっかり書式が設定されているようだ。


『多いな』

「そうだね」


 カウンターに新たに並ぶものもいないようだったので、そのままカウンターに置かれていたペンを手に取ってリストの素材を1つずつ確認する。


「大腐蛇の胃袋は絶対いるし、あ、こっちの魔石もいるな。というか、魔石は全部引き取りでいいか」

『肉もいるぞ!』

「はいはい。言われなくても分かってるよ」


 ブランの言うとおりに、食用可能な肉にはすべてチェックを付けた。大腐蛇で新たにアイテムバッグを作れば、今よりもずっと多くのものを持てるようになる。ブランがたくさん食べるので、肉はいくらあっても困らない。


「こっちの皮も使いやすいし、これも引き取りにして―――」


 リスト全てに目を通して、引き取るものが決まったので、リストを係員に提出した。それにざっと目を通した係員が頷き、倉庫係にリストを渡す。その控えを手元に残して、何やら計算していた。


「今からチェックがつけられたものを持って参ります。それ以外の魔物素材の査定額はこちらになりますが、よろしいですか?」

「あ、はい。それでお願いします」


 既に素材1つずつを査定してあったらしく、チェックされなかった素材の査定額を足してアルに提示してきた。ざっと見て妥当な査定だったので頷いておく。


「こちらはギルド口座に入金しますか?」

「いえ、金貨10枚は貨幣でください」

「かしこまりました」


 今後旅を再開するなら、その準備にもお金がかかる。途中で村や町に立ち寄らない可能性を考えたら、小麦などの農作物や調味料の類を買い込んでおく必要があるからだ。旅の間の食事に妥協したくないし。

 差し出された金貨を一部銀貨に両替してもらっていたら、引き取る素材が倉庫から運ばれてきた。車輪付きの大きな箱に入れられて運ばれてくる。その中の素材をリストと見比べながらアイテムバッグに収納した。


「全部そろっていますね。ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ、魔物暴走でのご活躍に感謝致します」


 にこやかな笑みが返ってきたのでアルも微笑んでギルドを後にした。




『森に行くのか?』

「いや、まずはレイさんのとこ。転移箱の引き渡しだから早く済むと思うけど」

『そうか。……我はあれを食いたい』


 果物店の前を通りかかったら、ブランがアルの髪に嚙みついて引っ張ってくる。


「痛っ、髪を引っ張るのはダメ!」

『……あれを食いたい』


 怒られたブランが今度はすりすりと頭にすり寄ってくる。頬に柔らかい毛が触れてくすぐったい。


「分かったから!もうやめて」

『ふふん』


 そこでどや顔する意味が分からない。なんとなく釈然としない気持ちで、ブランが食べたがった果物を2人分買った。……アルも食べたかったので。


「これ、モンモだね。レイさんのとこで食べたケーキに入っていたやつ」

『旨いな!あれはドライフルーツだったが、これは瑞々しい』

「……肩に果汁こぼさないでよ?」


 確かに美味しいのだが、肩の上で食べさせるのは危険なやつだった。一応撥水効果のあるコートだが、万が一果汁の染みと匂いがついたら嫌だ。


『うむ。こぼすなんて勿体ないことはしないぞ』


 宣言通り、ブランは器用に一切果汁をこぼさず食べきった。それが勿体ないからという理由でなければ褒めるのだが。


「あ、宿屋着いた」

『今日も何か食うか?』

「……朝食は食べたし、さっきモンモも食べたよね?」

『昼食前のおやつだな』

「ブラン、食べすぎ!まん丸毛玉め」

『なに?!我のこれは冬毛だぞ!太ったわけではない!』


 最近ちょっと膨らんできたと思っていたら、太ったわけではなく冬毛に変わっただけだったらしい。確かに肩にかかる重さは変わっていなかったけど。

 ブランと言い合いしながら宿屋に入ると、宿屋の受付に微笑まし気に見られてしまった。ちょっと恥ずかしい。


「……レイさんの部屋に直接行けばいいみたいだから、行くよ。食堂も今は閉まっているみたいだし」

『そうか……』


 食堂の閑散とした様子が目に入ったブランがシュンと肩に伏せた。本気で食べるつもりだったらしい。昼前の仕込みで食堂が閉まっていてくれて良かった。


「よお、おはよう……って時間でもないか」

「そうですね、こんにちは?」


 レイの部屋を訪ねると、曖昧に挨拶された。確かに微妙な時間帯である。


「もう転移箱できたんだろう?無理をさせたんじゃないか?」


 前回と同じようにテーブルセットに向かいながら、レイから気遣いの言葉がかけられた。だが、アルは一切無理なんてしていない。強いて言うなら、依頼を先延ばしするのが嫌でさっさと片づけただけだ。


「全然無理はしてないですねぇ」

「……そうか」


 アルの様子を見て言っていることが本当だと伝わったようで、レイが若干呆れていた。魔道具をこんなに短期間で仕上げるのは普通じゃないらしい。


「こちらが依頼の転移箱です」

「おう。ありがとよ」


 10対の転移箱を机に並べる。色分けしているから、どれが対になっているか分からなくなることもないだろう。


「一応入れてある魔石は森蛇のものですので、魔石の交換をあまりしたくないようでしたら、そちらで質の良い魔石を入れてください。色々注意事項はこっちの紙に書いてあります」

「お、わざわざ書いてくれたのか」


 注意事項を読んだレイが頷き、自分のバッグから革袋を取り出した。それと一緒に紙も渡される。


「国に査定を頼んだら、これくらいが妥当だろうと言われたぞ。これでいいか?」

「……え、こんなに貰っていいんですか」

「これの利便性と、今のところお前しか作れないという特別性を考えたら妥当だと思うぞ?」


 予想の10倍の価値だった。それほど国が転移箱を評価しているということなのだろうが、それにしてももう少し値切ってくると思っていた。


「まあ、くれるというなら有難く貰いますが」

「受け取っとけ。どうせお前との契約を今回限りにしたくないって思惑込みの金額だろうからな」

「……いいんですけどね、お金が入るなら。無理な要求とかされなければ」

「お前との交渉は俺が一括して引き受けることになったから、そういう要求はさせねぇよ」


 どうやら、ノース国との取引は全面的にレイを介すことに決まったらしい。他の面子は知らないので今さら他の人になっても困るし、それはアル的には有難いのだが。


「……レイさんって、貧乏くじひくタイプですよね?」

「……やめろ」

「僕が言うのもなんですが、もっと気楽に生きた方がいいですよ?せっかく平民になったんですから」

「……簡単にそう言えないくらい、国の仕事に関わっちまってるんだよなぁ」


 疲れたように呟くレイに少し同情した。アルのように面倒なことを避けて生きることは考えられないタイプらしい。そのレイの性格に助けられている身としては、あまり強く何かを言えないが、ちょっと不憫だ。


「何か魔道具をご希望なら、可能な限り協力しますね」

「……助かる」


 切実な返事だった。



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