第31話 ショウユの可能性

『何を騒いでいるのだ』

「あ、……おかえり、ブラン」


 散策から帰ってきたブランに思いっきり怪訝そうに聞かれてしまった。ちょっと気まずい。自分がはしゃぎすぎていた自覚があるから。


「解体用の魔法陣を考えたんだよ」

『ほう。そんなものできたのか』


 報告したら驚いたように言われた。前からアルは作りたいと言っていたはずだが、本気で作れるとは思っていなかったらしい。アル自身もこんなに上手くいくとは思っていなかったのでその驚きは当然だと思う。


「見てみて!」

『……見たところで分からん』


 たくさんの魔法陣が繋がり重なっているのを見て、ブランは憮然としてそっぽを向いた。理解できなかったのがちょっと悔しかったらしい。


「じゃあ、試して見せるね」

『待て、外に肉を狩ってきてある。それを解体しろ!』


 予想通りブランは何か魔物を狩ってきたらしい。小屋に開けた窓から見ると黒く大きなものが見えた。どこか見覚えがある気がする。


「あれって……」

『うむ。まだ馬を食べていなかったから、また狩ってきたぞ』

「……明日になったら、ギルドから引き取る予定だったのに」


 ブランが狩ってきたのは黒魔馬だった。魔物暴走前にも狩ってきていたが、解体はギルドに任せたのでまだ手元に肉はない。それでも、明日にはギルドから受け取れるはずだったのだが、それも待てなかったらしい。


「まあ、いっか。まだ大きな魔物で試してなかったし。失敗しても気持ち的に楽かも」

『失敗?!その可能性があるのか?!ならんぞ!今日の飯は馬肉なのだ!』

「はいはい」


 足元でキャンキャン喚くブランを適当に宥めて、解体用プレートを持って外に向かう。黒魔馬を撥水加工した布の上に載せ、それに触れるようにプレートを置いた。


「ブラン、離れてないと解体されちゃうよ?」

『なに?!』


 ブランが思いっきり飛び退いた。勢いが良すぎて迷いの魔道具の範囲からも遠ざかっている。ちょっと脅しで言っただけで、プレートに触れていない限り解体されることはないし、そもそも生きているものには作用しないのだが。まあ、ちょっと煩かったからちょうどいいか。


「ここから魔力を流して―――」


 プレートに魔力を流して、一瞬光を放ったのを確認して離れる。暫しの間の後、一瞬黒魔馬の姿がぶれたと思ったら、布の上に素材が分けられていた。


「成功!」

『……む、なんだか複雑な魔力を感じたぞ』

「たくさんの属性の魔法を組み込んでいるからね」

『そうか』


 いつの間にか近づいてきていたブランがひょいっとアルの肩に乗る。地面にいるより安全だと判断したようだ。もう解体用の魔法陣は作動していないのだが、理解できない魔法を少し警戒しているらしい。


「もうこれ動いてないよ?」

『分かっている。便利になっていいが、我がいるときに使うなら予め伝えるようにしろ』

「……分かった」


 相当嫌だったようだ。若干逆立っている毛を撫でてから、解体された黒魔馬をアイテムバッグに収納する。解体用のプレートも仕舞ったところで漸くブランも落ち着いてきた。


「今日は馬肉祭りだね」

『祭り!いい響きだな!』


 ご飯のことになると急にテンションを上げるブランは通常通りで少しだけ安心した。


「馬肉ってどう調理するのかなぁ」


 バッグから肉の塊を取り出して鑑定してみる。どうやら新鮮なものは生で食べるのがおすすめのようだ。というか、なぜ鑑定はおすすめの調理法まで紹介してくるのだろう。この鑑定結果って誰が作成しているのか少し疑問に思う。


「生か……生肉って食べたことないな」

『生肉も旨いぞ』

「そりゃブランは魔物だからね。僕は人間だけど、ちゃんと美味しく感じるかなぁ」


 生の肉を食べるのはちょっと忌避感がある。だが、ブランが乗り気なので一応作ろうとは思う。


「まぁ、一口食べてみてダメだったら全部ブランにあげればいいっか。加熱した料理も作るし」

『うむ。我がすべて食らうてやるぞ!』

「まあ、僕が食べれなかったらだよ?」


 既にすべて食べようと意気込んでいるブランに釘を刺す。まだ生の馬肉を食べれないとは決まっていない。もしかしたら凄く美味しいかもしれないのだ。


『お前は食えなくてもいいのだが……』


 ぼやいているブランを無視して調理に取り掛かった。

 まずは時間のかかるものから。鍋を取り出して水を沸騰させる。その間に馬肉を火の通りやすい大きさに切って、沸騰した鍋に投入した。暫くすると灰汁が出てきたのでそれを掬いとる。


『なんだ?煮るのか?またブラウンシチューか?あれは旨いからそれでいいぞ?』

「今日は違うよ。使うのはこれ」


 アルが取り出したのはショウユの入った瓶だ。それに気づいたブランが首を傾げる。


『煮てから焼くのか?』

「……ショウユは串焼きにだけ使うものじゃないからね?」

『なに?!別の食い方があるのか!』

「レイさんのとこでも食べたでしょ」

『お?……あれは旨かったな!』


 興奮してぶんぶん尻尾を振るブランを宥めるのも面倒なので、テーブルセットの方に放り投げた。


『何をするっ?!』


 すたっと地面に着地したブランが抗議してくる。


「そんなに尻尾振ってたら、料理に毛が入るでしょ。そっちで待ってて」

『……うむ』


 アルの言い分に納得したらしいブランだが、雑な扱われ方には少し不満が残ったらしい。拗ねた様子でブラン用の椅子に座り、テーブルに顎を載せてアルをジト目で見つめた。その細目がなんだか可愛く見えて少し笑ってしまう。


「これは湯切りして―――」


 火が通った馬肉の湯を捨てる。ニンジンやオニオンなどを大きめに切って、加圧式時短鍋に入れた。そこに下茹でした馬肉も入れ、水とショウユ、砂糖、塩、白ワインなどの調味料を加えて蓋を閉め、魔力を流して加圧しつつ加熱した。


「よし、これで煮込みは待つだけだね」


 次に生馬肉のカットをする。食べやすい薄さに切り、二人分の皿に盛りつける。皿には生で食べられるオニオンを薄切りして敷いておいた。ちょっと盛り付けを凝ってみたけど、どこからどう見てもただの生肉だ。これを食べるのか。


「……付けダレはどうしようかな」


 肉に癖があったら食べにくいので、タレをどうするかは真剣に考えた。ショウユの鑑定結果に使えそうなタレレシピもあったのでとりあえず作ってみることにする。

 作ったのはショウユと砂糖を混ぜた甘目のショウユ。それに足せる薬味として、すりおろしジンジャーやネギのみじん切りも用意した。これらがあれば癖があっても食べやすくなるだろう。

 もう少し種類が欲しいなと思ったので、数種類のオイルを取り出した。オレンジオイルやセサミオイルなどをそれぞれ小皿に垂らし少量の塩を加える。シンプルだが味変にはちょうどいい手軽さだ。


「できた」

『早く食べるぞ!』


 テーブルを前足で叩いて催促するブランに急かされつつ、出来上がっていた馬肉の煮込みと生馬肉のスライス、タレをテーブルに並べる。


「生馬肉はこのタレにつけて食べてね。そのままでもいいけど」

『うむ』

「ショウユは甘めにしてるけど、こっちの薬味で好きなもの使って」


 ブランはとりあえずそのまま食べることにしたようだ。一口食べて口を動かす。アルはその様子を黙って見守った。決して毒見をさせているわけではない。絶対に。


『……ふむ、馬肉とはすこし淡白な肉なのだな』

「え、そうなんだ?」


 意外な感想で驚く。見た目と違ってあっさりした肉らしい。

 ブランは続いて甘口ショウユにつけて食べている。その反応は分かりやすかった。盛大に尻尾が振られている。


『旨いぞ!この甘いんだかしょっぱいんだか分からんタレをつけると旨い!』

「……言い方はちょっと嫌だな」


 感想に納得できないものを感じたが、アルも食べてみることにした。馬肉を一切れショウユタレにつけて恐る恐る口に運ぶ。


「……えっ、美味しい」

『だろう?』


 なぜかブランがどや顔をしているが、それが気にならないくらい美味しかった。淡白でしっとりした肉とショウユタレのとろみのある甘さが合わさり、シンプルに美味しい。ジンジャーやネギを足しても少し味が変わって美味しく食べられた。


「オイルの方はどうだろう」


 数種類のオイルにつけてみたが、アルの好みはセサミオイルと塩の組み合わせだった。セサミオイルの少し香ばしい風味としっとり淡白な馬肉がよく合う。


「……あ、もうなくなっちゃった」


 気づいた時には皿に出していた肉はなくなっていた。


『この煮込みも旨いぞ!』

「ほんと?」


 ガツガツと食べ進めているブランに促されるように馬肉の煮込みを食べる。しっかり灰汁抜きしたからか変な臭みもなく、生とは違ったホロホロの肉の旨味がショウユ味のシンプルなスープと合わさり美味しい。あっさりしていていくらでも食べられそうだ。


『旨かった!』

「……美味しかったね」


 アルもブランもいつの間にか完食していた。それぐらい美味しかったのだ。


「……馬肉は美味しいし、なんだかショウユの可能性を感じたな。もっと色々試してみよう」


 そのためにはショウユの実をもっと集めないといけない。明日からの予定としてショウユの実採取を入れておいた。


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