第30話 転移箱と解体用魔法陣
ベッドから起き上がると、いつもより体の疲れが取れている気がした。やっぱりちゃんとした環境で睡眠を取るのって大事だ。
「よし、今日は転移箱作りだ」
『ふむ。我は散歩してくるぞ』
「あ、そうなの?いってらっしゃい」
朝食後散歩に出るというブランを見送って、作業机に座る。アイテムバッグから転移箱に必要な材料を取り出した。レイに昨晩確認したところ、とりあえず10組欲しいということだったので、その数の分だけ必要だ。
転移箱作りに必要なのは、いつもの魔軽銀の箱と魔軽銀プレート、ペン、インク、燃料用の魔石だ。魔石は森蛇や角兎のものでいい。一度転移箱を使うと新たな魔石を補充する必要があるかもしれないが、それが面倒なら質の良い魔石を使ってもらえば良い。そこまでアルが準備する必要はないだろう。
「魔軽銀プレートに魔法陣を描いて―――」
描く魔法陣は既に完成形があるから描き写すだけだ。だが、対になっているものを指定する必要があるので、10組それぞれに印をつけた。これで1対になったプレートが10組できた。
「プレートを魔軽銀箱の底に設置して、魔石を設置する、と―――」
転移箱が出来上がったので、1つを使って試してみる。上手く対応した箱に転移されたが、魔石は1回で消えた。
「やっぱり、森蛇の魔石じゃ1回が限界か。説明書も作っとかないとな」
とりあえず、対になったものを色分けして、一目で対応しているものが分かるようにした。そして、レイやその上にいるノース国の人間に向けての注意事項を紙に書いていく。
「Gランクの魔石では転移1回が限界。質が高い魔石を使うほど、転移可能回数は増える。あとは―――」
何を書けば良いだろうかと首を傾げて、紙をペン端でトントンと叩いた。
「転移できるのは500グラム以内でこの箱の蓋が閉まる大きさまでのもの」
こんなものだろうか。
「あ、対になっている箱同士じゃないと転移できないってのも必要かな」
おそらくレイが説明しているだろうが、一応書いておく必要があるだろう。
「あと、なんかあったっけ?……転移する箱同士の距離は関係ないってのも書いておこうかな」
転移箱は、中身を飛ばしているわけじゃなくて、異なる位置にある点をくっつけるようなものだ。その点の間に本来ある距離は関係しない。だから、箱同士が離れていても消費する魔力は常に一定だ。詳しい原理は分からない。なんとなくそういう概念で魔法陣を考えたらできたからそれでいいのだ。
「よし、出来上がり!」
10組の転移箱を纏めて布に包んでアイテムバッグに放り込む。ついでにレイに出来上がりを報告しておいた。レイが気付いたころに受け取りの日時を伝えてくるだろう。
「何しようかな……」
転移箱は出来上がったが、まだ昼だ。ブランが帰ってくる様子はないので、恐らく自分で魔物を狩って食べているのだろう。アルも1人で食べるために作るのは面倒だったため、アイテムバッグに作り置きして入れておいたもので済ませてしまった。
「……解体用の魔法を考えよう」
ブランの帰りが遅いということは、また魔物を狩って帰ってくるかもしれない。いちいち冒険者ギルドに持ち込んで解体してもらうのも手間だし、旅を再開したらそれもできなくなるので、解体用の魔法は必須だ。食事の度に魔物を解体するのは面倒だ。
「解体ってなにが必要かな」
単純に風の魔法で切り刻めば良いというものではない。そんなんじゃ、皮はボロボロになって、内臓も飛び散り不衛生だ。
「……部位を指定するには鑑定が必要か」
アルの鑑定眼は先天的なもので、厳密には魔法と分類されない。だが、それは瞳に特殊な魔法陣を持っているからだというのは分かっている。つまり、瞳にある魔法陣を読み取り分析すれば、魔道具にも応用できる可能性があるということだ。
とりあえず、アイテムバッグから軽銀プレートを取り出す。その表面を綺麗に磨いて軽銀鏡にした。気泡がなく歪みがないガラスを使った鏡というのは、貴族でも持っているものがほとんどいない貴重品だ。これで我慢するしかないだろう。
軽銀鏡にアルの目がしっかり映っているのを確認して、鑑定眼を発動させる。頭に浮かぶ軽銀鏡の鑑定情報を無視して、軽銀鏡に映った瞳の中に浮かんだ魔法陣を注視した。すると、暫くして鑑定結果が切り替わり、鑑定眼の魔法陣に対する鑑定結果が出てきて驚いた。
「え、こういうのも教えてくれるんだ」
単純な物体にしか鑑定をかけてこなかったので、軽銀鏡ではなくそこに映った魔法陣まで鑑定出来て色々分かるとは予想外だった。
しかし、おかげで鑑定についてはよく分かったので、それを応用する魔法陣を考える。
「解体に必要な情報は、魔物の種類と大きさ、どこが価値がある素材か分別することだよね」
ならば、鑑定で読み取るのは対象の魔物の種類や大きさの基本情報と冒険者ギルドなどが指定している魔物それぞれの利用部位。あとはブランが絶対に必要としているだろう肉に関する判別だ。そもそも食用不可な魔物は素材としてだけ解体し、食用可能な魔物は、その肉を部位まで鑑定して分ける。
とりあえず思いつく限りの条件を組み込んで鑑定の魔法陣を改変させて紙に描いた。特殊インクで描いたものを床に広げる。
「試しに森蛇を鑑定させてみよう」
魔法陣の上に森蛇を載せ、魔法陣に魔力を流した。すると即座に頭に森蛇の情報が流れ込んでくる。
「おお、ちゃんと出来てる!このぐらいの情報があれば、後は風の魔法で切るだけかな。水でも切れそうだけど、大量の水が出てきても嫌だしね」
再び机に向かって、鑑定の改良魔法陣と接続するように、風の魔法陣を描いていく。鑑定結果に沿って、必要最小限の風の刃で魔物を切るように魔法陣を作っていった。
「あ、不要部位はどう処理しようかな」
これまでのアルは不要な内臓などの部位は地面に埋めるか焼却処分してきた。この魔法陣で大量の血肉がポイっと出てきたらなんか嫌だ。
「自動焼却機能も付けよう」
ちょっと魔法陣がごちゃついて、多くの魔力を必要としてしまうが、発動させるのがアルの魔力であれば、その消費量は気にするほどのものでもないだろう。不要部位だけを限定して焼却し土に還すよう魔法陣を組み込む。
追加で思いついたので、魔法陣が十分量の魔力を保持したら光を放つように設定した。魔法陣に魔力を注ぎ終わったら離れることで、万が一にでもアル自身が魔法陣の対象にならないようにする。そもそも魔法陣に触れている死んだ魔物だけを対象にして発動する魔法陣だが、念には念をで付け足した。
「お、いいんじゃないかな」
出来上がった魔法陣は複雑に絡み合い、作ったアル本人でないと容易く読み解けないだろう。だがこれを一般に流布するつもりはないのだから別にいい。
「よし、これを特殊インクで描いて使ってみよう」
特殊インクで新しい紙に描き写し、それを床に広げる。その上に再び森蛇を載せた。
「ここから魔力を注いで―――」
アルが設定した通り、一瞬魔法陣が光を放った。それを見て数歩離れる。暫く変化がなかったが、一瞬森蛇が動いたと思ったら、部位ごとに解体されて残されていた。
「おお、ちょっと発動が遅かった気がするけど、ちゃんとできたね」
森蛇を確認すると、きちんとこれまでアルがしてきたように解体されている。いらない部分も焼却されているようだ。
「……でも、紙じゃだめだな」
解体した結果汚れた紙を見て呟く。そもそも紙に書いた魔法陣は使い切りなのだ。解体の度に魔法陣を描くのも面倒だ。
「よし、魔軽銀プレートに描いておこう」
魔法陣からはみ出ても解体できるようにしているので、普段の魔軽銀プレートに描けば使えるはずだ。
早速魔軽銀プレートに描いて、再び森蛇で実証した。
「完成!凄い、ちゃんと出来た!」
これまでの苦労を解決してくれる魔法陣の完成に、思わず1人で歓声を上げてしまった。
―――――
*修正
4/24解体用魔法陣について、死んだ魔物だけに作用すると表現を付け足しました。
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