第26話 レイの話

 レイが選んだメニューは野菜炒めや森猪フォレストボアの角煮、角兎のホワイトシチューなど肉多めだったがとても美味しいものだった。特に角煮はショウユを使っているものらしく、アルも真似して作ってみようと思いながら食べた。ブランもこのメニューを気に入った様子で一心不乱にバクバク食べていた。


「それで、話って何ですか?」

「ああ……それなんだがなぁ」


 お腹が満たされてきた頃に漸く問うと、レイは微妙な反応をする。レイの方から話があると言ってきたのに、あまり乗り気じゃなさそうだ。

 食後のお茶を飲みつつ首を傾げてレイを見ていると、僅かに視線を逸らしつつ、重い口を開いた。


「実はな、ノース国からアルに勧誘の話がある」

「勧誘?」


 思いがけない言葉にきょとんと瞬きすると、レイがガシガシと頭を掻きつつため息をついた。


「アルも知っているだろうが、ノース国は魔の森の脅威に常に曝されている。だから、常に優秀な冒険者を必要としているわけだ」

「それは分かりますが、国からの勧誘とはどういう意味ですか?」

「ノース国は優秀な冒険者を雇って、各町に偏り無く高位の冒険者が常にいるよう調整しているんだ」

「つまり、勧誘とは、国の指示に従って居住地を定めて、魔の森から町を守って欲しいということですか」

「そうだな。後、優秀な冒険者が他国に移らないよう囲うという意味もある。当然、普段の冒険者としての収入に加算して毎月国からの報酬が支払われる。この国のBランク以上の冒険者の大半が国に雇われているんだ。冒険者が望むなら、町の騎士団への雇い入れも可能だが、それを望むものはあまりいないのが現状だな」

「へぇ」


 冒険者は基本的に自由を好む。国から居住地を決められるのは許容できても、騎士になるというのは難しいだろう。


「まあ、お前、旅してて、ここに長期滞在するつもりないだろ?だから、無理だとは伝えてあるんだが、打診だけでもと言い募られてなぁ」

「……まあ、旅の途中なのは確かですが、それをレイさんに言いましたっけ?」

「……聞いた、ぞ?え、聞いたよな?」

「言った記憶は無いですね」

「……」

「……」


 思わず無言で顔を見合わせた。まあ、ノルドから来たことは話してあるし、予想はできるだろうが、確定はしていなかったはずだ。


「あぁ、そうだよな……、俺だけ色々知っているってのも、卑怯だよなぁ」

「どういう意味です?」


 苦々しくぼやくレイに首を傾げる。


「……悪い。正直に話すわ。俺、お前がグリンデル国の公爵子息だったって知ってんだよな」

「……」


 思いがけない言葉に一気に警戒心が高まった。その強ばった表情を見てレイが申し訳なさそうに眉を下げる。


「知ったのは、お前と会って武器屋に連れていって別れた後な。声をかけたのは本当に偶然だ。これは信じて欲しい」

「……それで、なぜ僕のことを?」

「あー、俺実はこの国の王の息子なんだけどよ」

「は?」

『……王子、か?……見えんな』


 あまりに意外な言葉に、レイの言葉を遮って驚きの声を上げてしまった。静かに事態を見守っていたブランも目を丸くしてまじまじとレイを見つめている。


「見えねぇだろ?それはいいんだよ。どうせ庶子でほとんど王族として暮らしてねぇし。王位継承権もほとんど関係なくて、冒険者として暮らすと決めたときに、平民の身分を作る代わりに国から条件をつけられたんだ。国の暗部の一部として働けってな」

「暗部……」

「暗部って言っても、暗殺とかの物騒なもんじゃねぇぞ?民にまじって下から情報を集める諜報的な役目な」

「へぇ」


 これまた、諜報という仕事とレイのイメージは乖離している。しかし、それくらいイメージが違う方が怪しまれなくていいのかもしれない。


「その関係で、多少他の暗部からの情報も入ってくんだよな。そこで聞いた情報の1つがお前」

「僕?」

「そう。グリンデル国からの入国者でアルフォンスという者がいなかったかという問い合わせが、グリンデル国王女からノース国にあったんだ」


 グリンデル国王女。アルの婚約者だった女性である。国境の関所でも騎士団を動かして何やらしようとしていたが、ノース国にまでアルの行方を問い合わせていたとは思わなかった。


「黒髪紫目で中性的な容姿。姿絵まで添えられててな。その情報を知ってた暗部の奴が偶然、俺がお前を案内している姿を目撃してな。慌てて俺に教えてくれたんだ」

「……なるほど」

「だから、知ってた。悪いな黙ってて」

「まあ、そんなことを話す時間もありませんでしたしね」


 まだ出会ってから日が経っていない。暗部から得た情報をアルに話す義務もレイにはないのだから、知っていて黙っていたとしても咎めることは出来ない。


「お前がグリンデル国から逃げるように出てきて、この国に入国したなら、一所に滞在し続けねぇだろうなとは勝手に思ってたんだよ。この国はグリンデル国と仲が良い訳じゃないが、それなりに交易なんかもあって、グリンデル国の人間がこの国を彷徨いてても不思議じゃないし、逃げてるなら留まるなんて危険冒さないだろ?」

『お前逃げていたのか?』

「……いや、あまり逃げるっていう意識はなくて、ただ面倒だからグリンデル国にはもう関わりたくないと思ってるだけなんだけど」

『だよな』

「え?そうだったのか?てっきり、王女から逃げてるもんだと思ってたんだがな」


 レイが驚いて目を見開く。まじまじと見つめられるので困ってしまい苦笑した。


「まあ、似たようなものかもしれないですけど。そもそも、何故王女が僕のことを追っているのかも分からないんですよね」

「……ああ、そうか。知らねぇんなら、逃げる意識はないかもな。それで逃げられてんだから、知る必要もないことなのかもしれねぇが」


 単純な疑問を口にすると、レイが思いっきり顔を顰めた。どうやら理由を知っているらしい。


「王女が僕を追っている理由を知っているんですか?」

「まあ、な。そもそもその理由を知ったから、うちの国はお前の情報を掴んでも、向こうに伝えなかったんだが」

「あ、伝えないでくれているんですね。ありがとうございます」

「うちはグリンデル国の属国じゃねぇんだ。明確な納得できる理由がなきゃ、情報の受け渡しはしねぇよ。お前は正式な冒険者ギルドの身分証で【アル】として入国してるわけで、密入国じゃねぇし。正規の出国手順は踏んでなくても、それはうちには関係ねぇ」


 レイが当然のように言って笑う。だが、ノース国が情報を渡さなかったというのはアルにとって十分朗報である。何故か追ってきている王女を躱すのも面倒なので。


「お前、冒険者としても優秀だったからさ。まあ、俺がそう報告しちまったからだけど、ノース国もお前が欲しくて堪らないみたいでなぁ。俺国王から勅書まで貰っちまったのよ。勧誘しろって。伝書魔鳥フル稼働だよ。1日に何往復もさせられて可哀想に」

「……それは、お疲れ様です?」


 伝書魔鳥とは、魔鳥という調教した鳥の魔物に文をくくりつけて送るという、現状で最も速い連絡手段だ。アルが作った転移箱は例外として。

 カントの町と王都はそれほど離れていないようだが、何往復もさせられた伝書魔鳥は少し可哀想だ。


「それで、王女が僕を追っている理由って何なんですか?」

「あぁ、それなぁ……。お前、魔砲弾兵器って知ってるか?」

「魔砲弾兵器?初めて聞きましたが、何か穏やかな響きじゃないですね」


 兵器という言葉に良いイメージは持てない。思わず顔を顰めた。レイも同様かそれ以上に苦々しい表情をしている。


「マギ国が作った魔道具の一種だよ。魔力を大きな塊にして撃ち出すらしい。着弾した瞬間に爆ぜて、広範囲を更地に変えるとか聞いた」

「……随分物騒なものなんですね」

「ああ。その更地に変えられた土地は、空気中の魔力が消失するらしい。実験が行われた土地は、どれだけ経っても草木が生えず、生き物も近寄らない。奴隷をそこに向かわせたら一瞬で息絶えたらしいから、永続的に何かしらの害が生じているんだろう」

「……マギ国は恐ろしいものを作りましたね。それは人が手を出していい領域のものではないでしよう」

「俺もそう思う。それに、更に非道な事実もある」


 レイの重々しい口調に、アルの中で嫌な予感が募る。


「それほどの魔道具を動かすのにどれ程の魔力がいると思う?」

「……少なくとも、ドラゴンの魔石くらいは必要では」

「そうだな。だが、ドラゴンは容易に狩れるものではない」

「そうですね。後は、魔石をたくさん集めてまとめて燃料にしたとか?」

「それだと途方もない数が必要だぞ?」

「ですよね」


 レイがため息をつく。アルは何を使ったのか全く分からなくてその答えを待った。


「マギ国が燃料にしたのはもっと簡単に集められて、力で押さえつけやすいものだ。……人間だよ。マギ国はたくさんの人間の生命力や魔力を集めて使うと、ドラゴンの魔石にも匹敵する燃料になることを発見して、それを技術として確立させたんだ」

「なっ?!」

『なんと……愚かな……』


 アルはあまりの非道さに絶句し、ブランも苦々しげに呻いた。


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