第25話 魔物暴走の後処理

 魔物暴走の騒動の翌日、アルは冒険者ギルド2階の会議室にいた。前線で戦った冒険者達が集められたのだ。ブランはアルが座った椅子の前にある机の上で暇そうにうたた寝をしている。暇なので、丸まったその体をワシャワシャと撫で回したら、とても迷惑そうな顔で睨まれ手を甘噛みされた。


 昨日はレイに自分の宿を一緒に使うかと提案されたが、気を遣うのも面倒だったので魔の森の拠点に転移で帰った。一応、レイに緊急の際の連絡手段として、転移箱を渡しておいたので問題はなかった筈だ。

 転移箱は対になった箱同士、中に入れた物を送れる魔道具だ。アルが転移の魔法陣を考えた時に、最初に試して成功したもので、使う魔力の量の関係であまり大きなものは送れないが、紙くらいなら箱に入れて蓋を閉めた一瞬で送れる。物が送られてきたら音を鳴らして知らせてくれるので気づかないという心配もない。

 レイはその説明を聞いてまじまじと転移箱を見つめていた。くれぐれも、対になった箱同士でなければ送れないと説明をいれたのだが、ちゃんと耳に入っていただろうか。今回の会議室集合の連絡がちゃんと来たから大丈夫だと思うが。


「みんな揃ったな。昨日はご苦労だった。お陰で町に被害が出ることはなく、他の冒険者達の消耗も最小限に出来た。感謝する」


 デュオンが頭を下げる。


「今日の午前に森に散らばっていた魔物を回収して、大まかに査定を出した。アイテムバッグに魔物をしまっている場合はこれから申告してくれ。それぞれの担当場所ごとの魔物の種類と数を鑑みて、報酬の加算額を計算する。高位の魔物をたくさん倒している者ほど報酬額が大きくなる筈だ。報酬は自動的にギルドの口座に入金するから後日確認してくれ」


 各自頷いたのを確認してデュオンが話を続ける。


「今回の魔物暴走は鎮圧されたと考えているが、暫くは森の浅いところを高位の魔物が彷徨く可能性がある。君たちには出来る限りそれを討伐して貰いたい。もちろん義務ではないが、きちんと報酬は支払われると約束しよう」


 これは魔物暴走後には当たり前の依頼のようで、皆軽く頷いただけだった。


「今回は本当に助かった。ありがとう」


 デュオンの再びの感謝で話は終わった。

 ……え?これだけのために呼び出されたの?


 なんとなく無駄足を踏んだような釈然としない気分で、とりあえずアイテムバッグに入れた魔物の申告に行った。隠してもバレないし問題はないだろうが、ついでに解体依頼をするつもりだ。大腐蛇とか自分で解体したくないし。


「おお、大腐蛇ですか。こいつも魔物暴走に混じっていたとは……町に影響が出なかったのは奇跡かもしれません。もちろん、あなた方の力あって、町の防衛が達成されたわけですが。レイさんが推薦しただけあって、素晴らしい実力ですね」

「まあ、ありがとうございます?」


 会議室に控えていた担当のギルド員に申告するとニコニコしながら書類に書き込んでいた。


「アイテムバッグに入れている分の買い取りはどうしますか?」

「大腐蛇の胃袋とか他の魔物の魔石とかは手もとに置きたいんですが」

「そうですか。では1度ギルドの方で解体して、素材をリストアップしますね。森に残されていた分は全て買い取りで宜しいですか」

「はい。それはそのように」

「では、1階の解体依頼カウンターで魔物を係員に渡してください」


 なにやら書き付けた紙を渡される。解体後に素材をリストアップし、冒険者が一部引き取る旨が書かれていた。


「分かりました。ありがとうございます」


 言われた通り1階に行ってカウンターで魔物を出した。紙も渡すと頷いて2日後までのリストアップを約束してくれる。それ以後3日以内に引き取りに来ればいいようだ。ついでにブランが狩っていた黒魔馬とアルが狩った黒魔虎も出しておいた。魔物暴走の最中に倒したものではないが、バレることはないだろうし、バレたところで問題があるわけではない。

 用件が一段落したのでギルドを出たところでブランと相談する。


「あー、お昼何食べる?」

『む?町中で食うのか?』

「これから拠点に帰ってご飯作ったら確実に昼過ぎるよ?」

『……飯屋を探そう』


 アル達はまだこの町をあまり散策できていない。行ったのは宿屋と武器屋、屋台くらいだ。

 町でご飯を食べることに決まったので、とりあえずぶらりと歩いてみることにした。


「お、待て、アル!」

「え?……レイさん、こんにちは」


 ギルドから出てきたレイに声をかけられて立ち止まる。さっきの会議室でも見かけていたが、知り合いらしき冒険者達と話していたので挨拶は控えていたのだ。

 昼ごはんが遠退く気配に、ブランが少し苛立った。その頭をポンポン撫でて宥めると、プイッとそっぽを向いて拗ねる。


「おう。昨日預かったこれ、便利だな」

「ああ、転移箱ですね。大きいものや重いものは無理ですが、連絡には便利ですよね」

「それで、ちょっと話があるんだが、今からいいか?」

「今から?」


 ブランが尻尾でアルの背を叩いて何やら主張している。飯優先と言いたいのだろう。


「ああ、俺のおすすめの店で飯食いがてら、どうだ?」


 レイのおすすめの店と聞いた時点でブランの尻尾が止まった。レイが勧めた森蛇のタレ串焼きが美味しかったので、おすすめという言葉に期待が高まったようだ。


『レイのおすすめ……。行こう!』

「……まあ、ブランがそれがいいならいいけど。じゃあ、行きます」

「おう」

『一体何を食わせてくれるんだ?』

「なに食べれるんだろうね」

「ん?狐君は飯に興味津々か?ちゃんと従魔も食事できるところだから安心しろよ」


 ニカッと笑ったレイについていくと、木造のこじんまりとした建物についた。


「宿屋?」

「俺が泊まってる宿屋だ。宿泊者以外も飯食えるんだよ」

「ああ、なんかそんなこと言ってましたね」

「食堂は混んでるみたいだから、俺の部屋で食おう」

「そうですね、分かりました」

「アルと狐君は食えないもんとかあるか?」

「多分ないと思います」


 レイがカウンターで料理を部屋に持ってきてもらうよう頼んでいる間、期待で尻尾を振りまくっているブランを腕に抱いて宥めた。


「ブラン、ちょっと尻尾が煩いよ」

『……むう』

「毛が舞うでしょ」

『……我の毛、そんなに抜けないぞ』

「嘘だぁ、この間ブラシかけたときすごく抜けたよ?」

『あれは、ちょうど換毛期だったのだ』

「そうだったかなぁ」

「おい、行くぞ?」


 いつの間にかレイが苦笑してアル達を見ていた。既に料理の注文は終わっていたらしい。


「あ、はい」

『飯だ飯~』

「だから、毛が舞うってば」

『むう。……尻尾が勝手に動くのだ』


 ブランと話しながら階段を上り、1番奥にあったレイの部屋に入る。テーブルセットが置かれたシンプルだが手入れの行き届いた部屋だった。


「ここ、宿の一等室でな、寝室と居間が分かれてるんだ。人を招くのに便利で、この宿離れられないんだよなぁ」

「さすがAランクですね」


 1泊の値段はそれなりにするだろうなと思いながら、勧められた椅子に座る。ブランはレイの許可をもらってテーブルの上におろした。


「悪いな、従魔用の椅子はないんだ」

「いえ、レイさんが気にしないなら、この方がブランも楽ですし」


 テーブルにちょこんと座るブランを見て、レイが顔を緩める。


「従魔って可愛いよなぁ。俺もなんか手に入れるかな」

「ああ、まあ、そう、ですね?」


 確かに見た目は可愛いが、ブランは飯の催促のしすぎで時々煩わしい。全面的にレイに同意はできないなと思って苦笑する。

 ノック音の後に料理を持った従業員が来た。ブランを見て微笑み、大量の料理をテーブルに並べる。あれほど注意したのにブランは尻尾を振って目をキラキラさせていた。


「じゃあ、まずは食うか」

「はい、頂きます」

『肉だ、肉寄越せ!』


 前足でテーブルを叩いて催促するブランに、ため息をつきながら取り皿に大量の肉をのせてやった。




 

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